学習教室講師の世界(その2)…箱ものビジネスとしての学習塾経営

1.「箱ものビジネス」の定義

 席数、部屋数、定員等が決められている「箱」という空間が存在し、その空間そのもの、またはその空間内でソフトやサービスを提供するビジネスを「箱ものビジネス」といいます。この場合の箱とは形状を指すのではなく、定員が決まっているという意味であって、箱型であるということではありません。この箱ものビジネスには、ゴルフ場、私立大学、学習塾、英会話学校などが挙げられます。

 私共は学習塾を経営していますが、まさにこの「箱ものビジネス」に該当します。

2. 箱ものビジネスの分類

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 箱の特性で分類しますと、単なる箱の提供型か、箱の中でソフトを提供することを目的とするかにより、ハード型とソフト型に分類できます。ハード型では、ハードそのものが商品であり、ハードの価値が競争力を大きく左右します。例えばゴルフ場ではコースの良し悪しもありますが、不便な立地では価値が大きく下がります。

 学習塾では、箱自体にはそれほど価値がなく、ソフトが存在して初めて価値を生むと考えられます。この場合の事業性は、継続的に価値の高いソフトを提供できるかどうかにかかってきます。

3. 箱ものビジネスの特徴とリスク

 箱ものビジネスの特徴としては、①客数に上限があること、②今日の席を明日売ることができないこと、③固定費率が高いこと、が挙げられます。

 私共が営む学習塾では、箱というハードへの投資が結構大きくなるため、減価償却率費が高くなると同時に、維持コストとしての公租公課、水道光熱費、メンテナンスフィーが高くなります。さらに、ソフト調達費用、人件費等の費用がプラスされます。従って、一旦事業計画の利益を大きく割り込んだ場合には、永遠に取返しができません。赤字が雪だるま式に増加し、最終的に破綻してしまいます。

 私共が営む学習塾では、2005年に3階建てのマンションを建設して、その1階部分に学習塾の教室を置き、2階、3階部分の部屋は、賃貸しをして運営しています。これによって、上記の問題は若干なりとも薄められています。

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4. 箱ものビジネスの戦略策定の基本原則

1) マーケティングオリエンテッドの原則を守ること

 箱ものビジネスの失敗例の多くは、まず「箱ありき」から開発された場合が多いと言えます。マーケティングを十分にしないで事業計画を組みますと、すべてが絵に描いた餅となります。徹底したマーケティングをし、収支が合わないと判断した場合は、過去の経緯等に縛られることなく早期に撤退しなくてはなりません。

 学習塾について言えば、最近の少子化で、生徒数には上限があります。しかも、生徒が多い少ないに関らず、減価償却費などの施設費は高く、水道光熱費、メンテナンスに多くの費用が割かれます。従って、塾を開校する周辺地域にどのくらいの生徒がいるのか、近隣にどのような高校や中学校があるのか、等の事前のマーケティングは大切です。

 私共は、日頃から、日本学習塾協会の会員となって、情報収集に努めています。また、地元の中学校、高校との懇談会には必ず出掛け、情報収集に努めています。

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2) 立地戦略の重要性の原則

 箱を造ってからマーケティングしてもその効果は少なく、立地で8割は決まると言っても過言ではありません。

 私共の運営する学習塾は、四日市市内の市街地に位置しており、立地という観点では申し分ありません。

3) 保守主義の原則

 推測値を積み上げるのではなく、確実性のあるものを積み上げた上で、稼働率等の数値を下限で設定するのが良いと考えられます。経費については、思わぬ出費に備えて、予備費を十にとっておく必要があります。ミクロ的に確実な顧客を積み上げていくべきです。

私共の学習塾では、有限会社を設置して、会社方式で運営しています。そして毎年の会計処理は税理士に任せることなく、自分の手で経費の仕分けや、元帳への転記等を行い、現状学習塾はどの様な状況にあるのか、今何をなすべきであるのかを、即刻判断できる体制を取っています。経理をきっちりとして、投資タイミングを外さない様に心掛けています。

4) 投資ミニマイズの原則

 最大のリスクである箱への投資を極力ミニマイズすることが、事業リスクを低減させることになります。

 有限会社クレバープラニングという会社を設立し、その中に塾運営部門とコンサルティング部門、不動産賃貸部門に分け、バランスを取って運営しています。
  
5. 箱ものビジネスの商品戦略

1) 商品コンセプト

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 箱ものビジネスにあっては、商品コンセプトを明確にしなければなりません。

 学習塾であれば、どのような生徒に価格とサービスを提供するのかということを決め、それに基づき建物、ファシリティ、備品等を決めねばなりません。



2) 商品ライフサイクル

 プロダクトライフサイクルは、箱の償却期間より長くなければなりません。20年30年という期間になる場合が多く、長期的な視野で開発するべきであり、短期的な流行に流されてはいけません。また、箱が陳腐化する前にリニューアルを行なう必要が出て来ます。開発時には、リニューアルの時期、規模等もあらかじめ織り込んだ事業計画を立てなければなりません。

 学習塾の場合、国の教育方針の変更に際しては、敏感に対応できる体制を整えています。具体的には中学校受験、小学校における英会話講座の導入、小学校におけるパソコン授業やプログラミング授業の導入に歩調を合わせて行くように心掛けています。

3) 商品差別化

 ハードの差別化は非常に難しいと言えます。一方、ソフトの差別化は容易であり、それが生き残りの最も有効な手段であると言えます。

 私共の学習塾では、理系の専門講師を1名確保し、高校、中学、小学生に対する算数、数学、理科に対応しています。特に、中学受験への対応。学校での授業の補填に重点を置いた講義の推進を図っています。

6.箱ものビジネスの価格戦略

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 箱ものビジネスにおいては、価格戦略がマーケティング戦略の中で重要な位置を占めます。需要と供給に応じた価格の流動化により、利益の最大化を追求するということになります。



1) 売上最大化の原則

 固定費が高い箱ものビジネスにおいては、損益分岐点グラフに大きな特徴があります。すなわち、図に示す通り、箱ものビジネスですから、元々ハードにお金が掛かっています。すなわち、固定費の割合が大きく、変動費の割合が少ないと言えます。その様な状況の中で、固定費を賄えるだけの利益をあげることができれば、あるいは、利益をもたらす売上げが確保できさえすれば、その箱ものビジネスは確実に儲けが保証されるのです。一方、利益が計画より大きく落ち込んでしまうと、反対に損失が大きく膨らむので、立ち直ることが難しくなります。すなわち、箱ものビジネスでは、損益分岐点売上を死守することが重要です。

 学習塾では固定費の削減が功を奏さない良い例があります。人気のある先生を講師として雇う場合です、固定費は大きくアップしますが、人気のある講師には大勢の人が講義を受けたがります。この場合、固定費は大きくアップするものの、売上高の大幅上昇も望めます。

2) 損益分岐点分析

 私共の学習塾について損益分岐点分析を試みてみます。

 変動費は売上高に比例する費用ですが、消耗品費、塾運営費、教材研究費、等が挙げられます。

 一方、固定費は会社が事業を営むに当って、製造・販売などの操業をしていなくても、 必ず支払いが発生する費用です。例えば、事務所の家賃は毎月必ず発生しますし、設備 を使っていなくても、減価償却費は発生します。人件費も同様で、従業員を雇っている 以上は必ず支払われなければならない費用です。このように、原則として“固定”の金額 が発生する費用は固定費とされます。私共の学習塾では、固定費に該当する具体的な費 用として、地代家賃、水道光熱費、交際費、リース料、広告宣伝費、減価償却費、など があります。

 これらのデータを元に、損益分岐点分析を行なった結果が図となります。現在の売上高がどの程度減少すれば、損益分岐点になるか、言い換えればどの程度売上高が減少すると採算割れにとなるかを示すものです。

 損益分岐点分析に使用する公式として下記を用います。

    損益分岐売上高=固定費/(1-変動費/売上高)

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 計算結果では、安全余裕率は9%以下となっており、通常の視方をすれば経営は赤信号。不要資産の売却、人員整理を図り、利益の出る製品などに力を注ぎつつ縮小均衡の経営を行うべきというアドバイスを受けそうです。ただ、私共は学習塾を妻と私の2人で切り盛りしており、固定費を目一杯切り詰めているというのが現状です。従って、今必要なことは、如何にして現状の売上高を落とさないかの工夫をすることにあると考えています。

2) 価格弾力性分析の理論

 私共が学習塾を運営する上で最も重要なことは、ある商品の単位当たりの価格変動に対して、① 客数がどれだけ動くかを示す価格弾力性曲線と、② 売上高一定を示す曲線を考え、どの点で①と②が接する最大の売上が実現するかを検討することであると考えました。

価格弾力性曲線  Y=-aX+b(aの逆数が価格弾力性)      …(1)
売上高一定曲線  YX=S (Sは未知数)    …(2)
(1) を(2)に代入すると (-aX+b)X=S X2-b/aX+S/a=0    …(3)
(2) よりXの解が1つになる値を求めると、   
D= (b/a)2-4・1・S/a=0 よってS=b2/4a        …(4)
(4)を(3)に代入しXを求めると、X2-(b/a)X+(b/2a)2=0 X=b/2a   …(5)
(1)に(5)を代入してYを求めると、
Y=b/2

 答えは、客単価をb/2とした場合、客数はb/2aとなり、その時の売上高b2/4aが最大の売上高となるというものです。

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 価格弾力性曲線と売上高一定曲線の共通解を求めることがこの問題の命題ですが、この両者の曲線が接する点で最大の売上げがなぜ実現するのかについては、下記の図が判り易いでしょう。すなわち、価格弾性力曲線と売上高一定曲線が共通点を持つ様に色々と変化させることになります。そして、A曲線と交わる点の売上よりもB曲線との接点での売り上げの方が大きくなると考えることによって理解できます。


10. 価格弾力性と戦略の組合せ

1) 価格弾力性=1の場合

 図示で分り易くするために、基本線を設定します。
Y=-X+2 (X=0の時Y=2、Y=0の時X=2で図形的に対象で見やすい)
XY=1
この2曲線は(1,1)で共有点を有します。

 今、価格弾力性を1としますと、Y=-X+2が価格弾力性曲線となります。これに接する売上高曲線は、XY=1の場合で(1, 1)でY=-X+2に接し、この点が最大売上高を与えます。

 この基本線図を学習塾の場合に当てはめると、Xが生徒数、Yが客単価を示しています。その時、XY=1がそのクラス特有の売上高を示すことになります。例えば、Xすなわち生徒数は1クラス10名、Yすなわち客単価を30,000円/月とすると、XY=10×30,000=300,000円がこのクラスの売上となります。

 価格弾力性が1の場合には、現状価格維持の戦略を取るべきです。これは料金を10%下げたとき、客数が10%増加する場合であり、単位当たりの価格変動の割合が客数の変動の割合と同一で、料金を下げたメリットが全く現れないことを意味しています。すなわち、価格弾力性が1の場合には、現状価格維持の戦略を取るべきことを示しています。

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2) 価格弾力性>1の場合

 価格弾力性>1の場合は、客単価引き上げの影響が大きく生徒数の増加に繋がる場合です。具体的にはa=2の場合を考えます。
 ・価格弾力性曲線は、Y=-1/2X+3/2 (X=0の時Y=1.5、Y=0の時X=3)
 ・一方、売上高一定曲線はXY=9/8
(S=b2/4aより  売上が基準1に対して9/8に増加)

事例1
<前提条件>
・中町進学教では、現状30千円の授業料で10人/日の顧客が入るとします。
(点A)。
・今、価格を半額の15千円に下げると、客数は倍の20人を見込めると仮定します。
(点C)。

<分析>
価格を50%下げた時に客数は100%のびるから、価格弾力性力は2です。Y現状を1とした時のY軸との交点は1.5である。aの逆数が価格弾力性に相当します。
よって、価格と需要の直線は、Y=-1/2X+1.5
売上高一定の反比例線は、XY=S であり、S=b2/4aであるから、S=9/4/2=9/8です。

 現状の売上高である300千円(30,000円×10人)に9/8を乗ずると、最高の売上高は約338千円となります。その時の客単価は、Y=b/2=3/4で、現状の価格30,000円に3/4を乗ずると、答えは22,500円となります。またその時の客数は、X=b/2a=1.5で、現状の客数10人に1.5を乗ずると、答えは15人となります。これが点Bです。

 答えをまとめますと、価格を22,500円まで7,500円値下げすることにより客数は15人と5名増え、その結果売上高は約338千円と38千円増加します。

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3) 価格弾力性< 1の場合

事例2
<前提条件>
 B学習塾には、月謝30千円とすると生徒数が丁度25人と満杯になる英会話クラスがあります(点A)。この英会話クラスの先生は、ネイティブで教え方も特徴がある有名な先生であるため、今、月謝を40%(12千円)上げても、客数は10%(3人)しか減らないと仮定します(点B)。

<分析>
 価格を40%上げた時には生徒数は10%減るから、価格弾力性は0.25です。
よって、価格と需要の曲線は、Y=-4X+5 (a=4, b=5)となります。
売上高一定の反比例曲線は、XY=Sであり、S=b2/4aであるから、S=25/4・4=25/16です。現状の売上高である750千円(30千円×25人)に25/16を乗じると、最高の売上高は約1172千円となります。
 その時の客単価はY=b/2=5/2なので、現状の価格30千円に5/2を乗じると、答えは75千円となります。
 またその時の生徒数は、X=b/2a=5/8であり、現状の生徒数25人に5/8を乗じると、答えは約16人となります。これがB点です。

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 答えをまとめますと、価格を2.5倍の75千円まで値上げすることにより、客数は16人と減るものの、売上高は約1172千円と422千円増加します。この英会話クラスのように特徴あるソフトについては価格弾力性が少ないため、価格を高めに設定(この例では2.5倍)することにより売上高を最大とすることができます。

 本理論を活用するに当り重要な視点があります。それは、この理論は新たに価格を設定する案件には適用できないということです。すなわち、この理論は、すでにある価格が設定されていて、これが何年も続いてきた状況のもと、今、我々が新しい戦略を導入いなければならないという状況の下で採用される戦略であるということです。基準点(1, 1)という点が常に使用されていることは、この(1, 1)という点のこれまでの長年設定されてきた条件で、これを元に、今、我々は次の新しい点を求めているのです。

11. N学習塾の英会話料金の例(現実モデル)

 価格設定の理論を述べましたが、現実はそう単純ではありません。現実モデルでは、各価格帯で弾力性が変化しますので、すべての価格帯において需要の変動を研究し、シーズン、曜日、時間帯こどに月謝の積が最大になるように価格を設定しなければなりません。
価格戦略のポイントは次の通りです。

 シーズンごと、曜日ごと、日にちごと、時間帯ごとに売り上げが最大になる客数と客単価の組合せにて価格設定します。価格弾力性があれば、ちょうど満杯になる価格が売上最大にするわけです。

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12. 顧客戦略

1) 顧客ターゲットの設定

 誰にサービスするのかを明確にしなければ、戦略を練ることはできません。

 顧客ターゲットはメインターゲットをまず設定します。メインのターゲットだけでは常に満杯にすることはできません。その場合、メインターゲットが利用しない時間帯、日にち、シーズン等をその他のサブターゲットで産めていかなければなりません。いわゆる顧客ミックスです。この場合、お互いの顧客ターゲットが補完し相乗効果が出る様な設定が望まれます。

2) 顧客の囲い込み戦略

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 顧客ターゲットを設定しましたら、その顧客層をできるだけ多く囲い込むことにより、安定的な客数を確保することが戦略上有効です。囲い込んだらそれを維持していかなければなりません。例えば、マイレージでの特典、会員割引、会報等による情報提供、優先前売り等により常に顧客満足度を高めていくのです。それを怠れば、会員は減少し、他の施設に顧客を取られてしまうでしょう。

3) 顧客の差別化

 固定客で頻繁に利用される顧客には安くします。ファンクラブ会員は、割引特典をつけます。また、エアラインではよく利用される方には定期的に割引券を送付したり、またはマイレージで実質の値引きを実施します。同一商品同一価格はむしろ、よく利用される顧客にとっては不公平です。また、サービスにも差別化が必要です。例えばエアラインは会員ラウンジを利用でき、保険やポーターサービスをつける等が考えられます。チケットの早期優先予約も考えられます。そして、この戦略が囲い込みに有効なのです。

4) 顧客対応マーケティング

 顧客対応のマーケティングが求められます。顧客を集団として捉えるのではなく、1人1人の顧客として捉え、それぞれに満足を与えるマーケティングを行わなければなりません。顧客として対応できることが競争力優位の最も早道です。顧客を漠然と集団として捉えている企業は生き残れません。

 中町進学教室という敢えて古めかしい名前を付けましたが、これはお客様の印象に残っりました。優秀な子供というより、ある程度成績の伸びない子供を意図的に来て貰い、どちらのサイドの子供にも成績を残してもらうのです。これを積み上げると上手く行くようです。私共学習塾では、最初は英会話塾、小中学生、高校生、パソコン塾、中学受験、と順次手を広げました。

5) 戦略的データベースマーケティング

 顧客対応マーケティングを可能にするのが、顧客情報データベースです。お客様の趣味嗜好をすべてデータベース化し、1人1人の顧客が満足できるサービスを提供するのです。データベースがあれば、すぐに検索しその方のプロフィール、来場履歴、割引券等の利用状況、倶楽部に対するアンケート結果を見ることができます。ある顧客情報データベースには5000人以上のデータベースが入っていますが、これを頭で覚えることは不可能です。売上高が伸びている原因は単に価格戦略が当たっただけではなく、顧客戦略との相乗効果といっても良いと言えます。

 私共学習塾は、開講してすでに40年が経とうとしています。色々なことを経験しました。一時は外部から講師を招いて講座を持ちましたが、経営と言う面では固定費問題で失敗しました。高校生向けの講義、中学受験向けの講義は結構うまく行きました。今後は、プログラミング講座をどの様に取り入るかがポイントになりそうです。皆さんはどう思われますか。



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