孫正義の投資戦略(その5)…資産売却で凌ぐ孫正義の守りの戦法

決算報告書上での収支

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 SBGの決算報告では、「ビジョンファンド」やSBGの買収企業の企業価値の増減が投資損益として現れて来ます。SBGのような投資会社では、決算上の収支とキャッシュフローは別物なので十分注意して読み取る必要があります。

 まずは2020年1-3月期決算報告書での収支をみてみます。

 営業損益と最終損益の2つで表示されていますが、両者の違いは営業活動以外による損益分と臨時の損益分がカウントされているかどうかの違いです。これを見る限り、ファンド事業で収支の大枠は決まっていることがわかります。

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 決算書では、2020年1-3期は1兆円を超える大赤字になっていることが分かります。

 また、10兆円の「第1号ビジョン・ファンド」の投資損益だけを取り上げますと、2020年1~3月期は1兆円超えの大幅赤字となりましたが、次の4~6月期の予想では約3000億円の黒字となるとしています。あくまで大きく評価が下がった3月末と比べての改善度合いにすぎません。実際、2017年のファンド立ち上げ以来の累計投資損益をみてみますと20億ドル(約2100億円)のプラスにとどまります。8億ドルの損失だった3月末と比べると改善していますが、1年前の19年6月末の200億ドル超(約2兆円)に比べると10分の1の水準です。株式を売って得た実現益を除くとなお37億ドルの含み損ということになります。

 このようにファンド事業は浮き沈みの激しく、一般投資家には怖くて手も出せません。

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 右表に主だった投資分野の動向が示されています。6月末時点で第1号ビジョン・ファンドが投資する86社のうち、投資時から企業価値が上がったのは29社にとどまります。以下主だった投資先の動向を示します。

・ 「不動産」の含み損は51億ドル(560億円)に達しています。

・ 米シェアオフィス大手ウィーカンパニーはサテライトオフィス需要が増加しているといいますが、一部リース契約の終了などで売上高は横ばいという状況です。

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・ また、投資の4割を占める「交通・物流」では、新型コロナの外出制限によってライドシェア大手のウーバーテクノロジーは20年4~6月期の売上高が前年同期に比べ29%減りました。

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・ 更に、投資先の北京バイトダンスは、米トランプ政権から米国事業を売却するか、米でのアプリの利用禁止を迫られています。香港市場などへの上場観測が出ていましたが、米中摩擦により経営の先行きが不透明になっています。




 
 このように1号ファンドでは、投資先の過半数が投資時より評価を下げている状況で、外部投資家から2号ファンドの出資を取り付ける条件は整っていません。投資会社になったSBGの「最も重要な指標」とする株主価値(保有株価値から純有利子負債を引いた値)は、アリババ株の上昇や純有利子負債の削減などで11日時点で24.4兆円と、3月末比で2.7兆円増えました。それでもファンド事業の本格回復が見えなければ、新たな投資への道は見えてきていません。

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 一方の2号ファンドですが、SBGは当初、第2号ファンドを立ち上げて、人工知能(AI)分野の投資を20兆円以上拡大する予定でした。「ファンド第2号を立ち上げ、外部から資金を募る基本方針に変更はない」といいますが、資金集めが難航し、戦略は修正を余儀なくされています。「10社ほど投資していますが、引き続き自己資金で投資を続ける」状況です。ファンド事業はSBGの手元資金だけでなく、外部から巨額の資金を集めることで、投資効率を高めてきましたので、投資の本格再開には外部投資家の意向も重要になります。

 2号ファンドは組成にあたり様々な企業やファンドと覚書を交わしました。海外からは米マイクロソフトなどIT大手が、国内からは3メガバンクなどが参画を予定していました。しかし、コロナ危機への対応が優先され、実際の出資には至っていません。

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 ファンド以外で、企業価値が決算書に現れている企業としては、中国アリババ集団、TモバイルUS、ソフトバンク、アームがありますが、これらは現在株式売却対象企業として挙がっています。もちろん、これら投資先企業からは、年間配当という形でSBGに収入と言う形でお金が入ってきます。ファンドを除くと実は安定したキャッシュの源泉は、国内通信子会社ソフトバンク(SB)のみです。同社から得る年間配当は約2700億円。ほかの有力投資先である中国のアリババ集団や米国のTモバイルUSなどは成長投資などを理由に無配が続いています。ほかの大半の投資先についても配当には期待できない状況です。

キャッシュフローの状況

 投資事業会社は収入の多くは実現益ではなくて評価損益であるため、決算報告書ではお金のやり繰り実態を把握できません。会社を運営するポイントは、キャッシュをどのように動かすかになりますので以下にSBGの必要資金を見てみます。

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(1) これまでのファンドや企業買収に注ぎ込んできた18兆円を超える銀行融資による有利子負債に対する利子があります。これは年間仮に1%の利息として1,800億円です。
(2) ビジョンファンドの優先出資に対する7%定率分配が1,500億円です。
(3) 社債に対する配当がありこれを1~3%とすると4,000億円必要です。
(4) 期限が到来した社債の償還資金が1.3兆円です。
(5) 自社株買いの要請に答えるための資金が2.5兆円です。
(6) 合計4.53兆円が当面必要となるキャッシュです。

 ビジョンファンド銘柄の上場による利益が期待できない今、毎年4.53兆円のキャッシュをどのように都合するのでしょうか。

 孫氏は矢継ぎ早に所有株式の売却を始めました。

第1弾は2020年5月18日に、中国のアリババ集団の保有株を一部売却して、1兆2500億円を調達しました。
第2弾は2020年5月22日に、子会社ソフトバンク株を一部売却して約3,300億円を調達しました。
第3弾は、2020年6月20日、米国のTモバイルUSの株売却の検討に入ると発表しました。2.5兆円程度を調達すると予想されます。
第4弾は2020年8月11日に、英半導体大手アーム株の売却を言及しています。2016年のアーム買収には3.3兆円投入しています。

 この4.5兆円は現時点で今後1年間に必要とされる現金ですが、以降毎年2兆円の現金は必要であり、これをどのように工面して行くのかは、お手並み拝見となります。

 2020年8月19日の日経新聞に掲載された孫氏との一問一答を紹介します。

質問1. 2020年3月期の業績の評価は

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 回答:19年末と比べSBGの株主価値が1.4兆円減ったことを重く受け止める。配当よりも安全運転をする。上場以来初めてだか、20年度の配当は未定でゼロもありえる。だが、ビジョン・ファンドは累計では8兆8千億円を投資し、1千億円の評価減にとどまっている。新型コロナウィルス感染の影響は小さくないが、ネットバブルの崩壊後は崩壊後は崖の外に落ちそうなのを指2本で支えているような危機だった。リーマン・ショックは腕1本だ。今回は4.5兆円の現金が確実に入る。今回は崖の下をのぞける余裕がある。

質問2, ビジョン・ファンドの投資先の見通しは

 回答:上り坂を上っていたユニコーンにコロナの谷がやってきて落ちてるような状況だ。投資先の88社のうち15社が倒産するとみているが、15社は大きく成功するとみている。中には羽が生えて空を飛ぶ本当のユニコーンが生まれると信じている。残り60社は大きな利益は出ないだろう。成功する15社が10年後、ファンドが出資した企業価値の90%を占めるようになる。投資額の大きな投資先は危機を乗り越えるだろう。例外はシェアオフィスのウィーワークだ。

質問3. 4兆5千億円分の保有株の売却の進捗は

 回答:アリババ保有株の活用で1兆2500億円を既に調達した。使い道は、2兆5千億円の自社株買いを粛々とやり、残りの大半は財務改善に使いたい。コロナショックは決して甘いものではない。だからこそ4.5兆円の現金化を決めた。

質問4. 1号、2号ファンドの現状は

 回答:1号は決して誇れるような成績ではなかった。60社は固定配当の7%をやっと支払える程度。2号は他のパートナーからの資金募集を控えSBGの手金で継続している。徐々に成績を上げる会社が出ると信じる。良くなれば2号にも他の投資家から需要が集まると楽観している。2月の会見で良い方向に潮目が変わったと言った。もう一度潮目が変わってまた悪い方向にいっている。追加の新規投資も用心深くやるが、そこまで悲観していない。過去に味わったリスクからはまだまだ軽い方かもしれない。

 ファンドを除くと実は安定したキャッシュの源泉は、国内通信子会社ソフトバンク(SB)のみとなります。同社から得る年間配当は約2700億円です。ほかの有力投資先である中国のアリババ集団や米国のTモバイルUSなどは成長投資などを理由に無配が続き、ほかの大半の投資先についても配当には期待できません。

 現金収入源が限られる以上、負債圧縮などの原資を確保するにはさらに資産を売ったり、資金調達に活用したりする必要がります。今後はアリババ株のさらなる活用や、SB株の売却などを検討するとみられます。ただ、安易な資産売却などはさら中長期の現金収入に響きますし、高配当のSB株を売れば、その分だけ安定配当が減ります。ファンドの好循環を早期に取り戻さない限り、同社の将来の選択肢は徐々に狭まると考えられます。

 この苦境をどう乗り越えるのか、今後孫さんの動向に目が離せません。みなさんはどう思われますか。



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