孫正義の投資戦略(その10)…「10兆円ビジョンファンド1号」の明暗

ビジョン・ファンド1号設立経緯

 ソフトバンク・ビジョン・ファンド1号(SVF1)は、サウジアラビアのムハンマド皇太子の出資を受け、2017年5月に設定されました。その運用額は986億ドル(約10兆8,000億円)という空前の規模です。そのうち、サウジなどに投資元本の7%を毎年支払う「固定分配型」は約4兆円で、利払い後の利益を出資額に応じて配分する「成果分配型」はSBGの出資分も含めて約6兆円です。

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 2017年以降計92社へ投資し、4年経過した2021年3月末時点で約11社の資金回収を終えるという運用成績です。活況相場もあって足元の投資環境は良好ですが、中長期的にテクノロジー株が本格的な調整局面を迎えれば資金回収のシナリオが狂いかねない状況にあると不安視されています。また、サウジの出資の相当部分が7%もの超高率の利回りを保証されているなど、外部の資金流出も課題になっています。

 以下、2017年5月スタート以降の運用状況を少し紹介します。

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 米中などのAI関連で企業価値が高い企業を中心に投資しているビジョン・ファンド1号は、初年度(2018年5月)に45%ものリターンをあげたとスタートダッシュの好成果を報告しています。しかし、このリターンは、会計上の利益で、実際にビジョン・ファンドに大きな収入があったわけではありません。ビジョン・ファンドの投資先は、ほとんどが未上場で、その株価は確定しておらず、「仮に上場すればこのくらいの株価が見込まれる」という評価益に過ぎないとの厳しいコメントが寄せられています。要はこのような投資ファンドはリスクが大きいので表面的な数字に惑わされてはいけませんよという忠告です。


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 2021年4月22日版日経新聞でも、「投資ファンド、収穫期でSBG前期国内最高益」という言葉が躍りました。中味は、SBGの投資ファンド事業が収穫期を迎えているというものです。2021年3月期の連結決算は純利益が4兆円台半ばと、国内企業で過去最高を更新したことが21日分かりました。世界的な株高で複数の投資先が株式上場し、含み益が決算上の利益を大幅に押し上げたことによるものです。今期以降も大型上場が相次ぐ見込みですが、投資先の中国ハイテク企業の経営環境の悪化など懸念もあると、今回も後ろ向きの評価が出ています。

 この様に、その時々の表面上の成果は出ているのに、一体何がビジョン・ファンド1号を不安視させているのかを探ってみました。すると、色々な問題を抱えていることが明らかになって来ました。

ビジョン・ファンド1号への逆風

 連結決算上は一見華々しく見えますが、個別に見ていきますと表に示すような投資案件で色々な問題を抱えていることがわかります。具体的には、ウィーカンパニー(米国)、オヨ(インド)、ウーバーテクノロジーズ(米国)、バイトダンス(中国)、グラブ(シンガポール)、ゲットアラウンド(米国)等々です。

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ウィーワークの問題

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 ウィーワークは、世界の主要都市でオシャレなシェアオフィスを運営する会社です。ニューヨーク、東京、ロンドンなどの国際的な大都市で、大きな床面積のオフィスを長期で押さえます。それを改築し、細分化してベンチャー企業や小規模零細企業に賃貸し、利益を得るというビジネスモデルです。簡単に言えば「不動産転貸業」です。人から借りたものを別の人に貸すことで利ざやを稼ぐ手法です。

 一時はマンハッタンだけで100以上のシェアオフィスを、30ケ国で700のシェアオフィスを展開し、会員数は500万人を超えていました。ですが、実際のところ、ウィーワークはAI企業の衣をまとった不動産転貸会社です。その決算を見ると、年間2,000億円もの赤字を垂れ流す企業です。売り上げも年間1,900億円程度で、どう転んでも時価総額が5兆円になるとは思えない事業内容です。ビジョンファンドとSBGは、同社に巨額の資金を投じていますが、SBGを底なし沼に引きずりこむ妖怪のような存在になりかかっています。

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 ウィーワークの創業者アダム・ニューマン氏の問題行動が次々と明るみに出てきました。自分自身で保有するビルをウィーワークに貸し出して、数億円の利益を出していることが発覚しました。背任に近い行為です。また、ウィーワークのCLO(ローン担保証券)を発行して粗悪な社債を投資家に売り、数億円の利益を上げていました。こちらも背任に近く、経営者として不適切な行為です。

 SBGは次々にスキャンダルが報じられたニューマン氏を2019年9月に退社させ、SBG副社長でマルセロ・クラウレ氏を後任の会長に据え、再建を図っています。

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 そんな中、2021年10月23日の日経新聞に「ウィーワーク、苦難の上場」の記事が出ました。それによれば、「米シェアオフィス大手ウィーワークが21日、ニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場した。経営難に陥り2019年9月に新規株式公開(IPO)を断念してから2年。ソフトバンクグループ(SBG)主導で再建を進めたところに新型コロナウィルスの感染拡大が直撃し、赤字を脱却できないままの上場となった。」という内容です。マルセロ・クラウレ会長は米CNBCのインタビューに「多くの人がウィーワークは終わりだと語っていた。従業員の粘り強さはすさまじく、これまで以上強くなってここにいる」と再建の道筋を振り返っています。初日の終値は、合併したSPACの前日終値を13%上回りました。ひとまず市場の評価を得たと言えます。

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 2019年10月にウィーワークの経営支援に入ったSBGの課題は、創業者で前CEOのアダム・ニューマン氏による急拡大路線の転換とリストラでした。同年11月には当時の全従業員の2割にあたる約2400人を解雇し、シェアオフィスと関連の薄い事業の売却も進めました。

 米大手不動産で開発やリースの経験を積んだマサラニCEOの知見も活用し、まず不採算のオフィス物件契約を減らしました。20年初めから21年6月までに150のリース契約を打ち切り、350の契約を修正、年間で4億ドル(約450億円)の賃料削減につなげました。

 経営再建を進めた2年間はコロナ下でした。不特定多数が集まるシェアオフィスは敬遠され、2019年に平均52万5000人いた会員数は2020年に39万5000人に減少しました。オフィスの利用率も2019年の75%から45%に下がりました。その結果、2020年は通年で32億ドルの赤字を計上し、21年4~6月期も9億2300万ドルの赤字となりました。SBGが支援に入った当時は2021年の黒字化を目標としていましたが、2022年に遅らることになりました。

 稼働率を上げるため、2020年11月からは全米の主要都市で、1日29ドルで要求に応じて利用できる「オンデマンド」を始めました。ウィーワークは賃料を開示していませんが、法人契約向けの値下げもしているとみられます。不動産関係者によると、マンハッタン中心部のウィーワークの物件について「2018年10月には4人向けオフィスの賃料が1カ月3550ドルだったが、直近は1650ドルに下がっていた」といいます。

 米ウィーワークが上場したことで、筆頭株主のソフトバンクグループ(SBG)にとっては懸案の一つが決着した格好になりますが、SBGにとってウィーワークは本体と傘下ファンドで計約100億ドル(約1兆1000億円)を投じた主要投資先で、孫正義会長兼社長も認める失敗事例でした。2021年春からは投資ベースを再び上げていますが、危うさも漂います。

 ウィーワークは、人工知能(AI)を活用してオフィス空間を変革すると期待されていましたが、実態はオフィス転貸という以前からある事業モデルにすぎませんでした。2019年の上場延期とともに経営難が表面化し、SBG本体が追加投資して支えてきたのが実態のようです。

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 SBGがウィーワークで被った累計損失額は本体が出資した分だけでも2021年3月末時点で約63億ドルで、ファンド出資分も含めるとさらに大きなものになります。今回のウィーワーク上場後のSBGによる持ち株比率は5割強となったもようです。SBGは最終的には売却するとみられますが、マルセロ・クラウレ副社長は当面は株主として支援を続ける方針を示唆しました。SBGの累計損益をプラスに改善させるには一段のテコ入れが必要となりそうです。

 以上のように、2022年の黒字転換を目指すウィーワークの成否は、市場の評価にさらされることになりそうですが、皆さんどう思われますか。



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