孫正義の投資戦略(その11)…「10兆円ビジョンファンド2号」の行末

ビジョンファンド2号の立ち上げ

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 2019年に設立準備を始めた2号ファンドも当初は1号ファンドと同じように外部投資家を募る予定でした。しかし、同年に1号ファンドにおいて、投資先の米シェアオフィス大手ウィーワークの経営難などで収益が悪化しました。さらに相場全体の下落も追い打ちとなり、2020年3月期はビジョン・ファンド事業で1兆8,000億円の投資損失を計上してしまいました。


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 このような状況下、2020年にはSBSが全額出資する形で2号ファンドの運用を始めざるを得ませんでした。

 SBGの戦略としては、1号ファンドの投資先企業の一部を売却し、2号ファンドを通じて新たな有望ベンチャー企業に投資することで、新たな循環が生まれると期待したわけです。

 2020年5月11日時点で2号ファンドの運用規模は300億ドルに増えました。ただその全額がSBGから出ており、孫正義会長兼社長は決算会見で「今はこれでいいんじゃないか。外部投資家の出資を無理してお願いはしない」と語っていました。

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 浮き沈みの激しい投資事業の比重が高まるなかで、財務規律をどう保つのかがSBGの経営上の課題になっています。同社が財務面で重視しているのは、純有利子負債をSBGが保有する中国のアリババ集団やビジョン・ファンドの投資先企業の株式価値の総額で割って算出する「負債カバー率(LTV)」です。2020年3月末時点のSBG単体の純有利子負債は3兆7,000億円なのに対して保有株の価値は29兆8,000億円で、LTVは約12%にとどまります。平時で25%未満、異常時でも35%未満に抑えるとしており、現状は財務面で「非常に健全な範囲にある」としています。ただし、保有株のうちアリババ集団が4割強を占めるなど偏りはなお残ります。仮に保有するテクノロジー株が短期間で半値になるITバブル崩壊のような危機に見舞われた場合、LTVの比率は単純計算で約25%まで上がります。SBGはビジョン・ファンドでの急ピッチの投資を続ける構えですが、事情環境次第では再び守りを強いられる可能性もありそうです。

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ソフトバンクG投資再攻勢

 2021年6月時点で、ソフトバンクグループ(SBG)は傘下の「ビジョン・ファンド」を通じた投資を加速しています。2号ファンドの投資社数は129社と、約1ケ月前から34社増えました。平均で1日に約1社の新規投資を決めたことになります。新型コロナウィルス禍で一時は投資を縮小していましたが、再び攻めに転じています。1社あたりの金額も小さく抑えるなど1号ファンドからの戦略転換もみられます。

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 投資の加速に伴い、ファンドの規模も拡大しています。2021年6月23日開示の有価証券報告書によりますと、2号ファンドの出資枠は400億ドル(約4兆4000億円)。3月末に200億ドルだったが、わずか3ケ月弱で倍増しました。2020年3月に発表した保有株の売却・資金化では当初計画を上回る約5兆6000億円を調達しています。自社株買いや債務返済などの後に残った資金をファンド投資に振り向けているとみられます。

 ビジョン・ファンドは人工知能(AI)関連のユニコーン(評価額10億ドル以上の未上場企業)やその予備軍に投資する。投資を加速しているのはファンドの業績が急回復したことが大きい。21年3月期のビジョン・ファンド事業の投資利益は約6兆3500億円。韓国の電子商取引(EC)大手クーパンなど複数の投資先が上場し、評価益が大幅に膨らみました。

 2号ファンドでは1号からの投資戦略の修正もみられます。最大の特徴は投資先1社あたりの金額が小さいことです。3月末時点での1号ファンドの1社平均の投資額は9億3100万ドルですが、一方、2号は44社に67億ドルを投じており、平均で1億5200万ドルにとどまります。

 1号ファンドでは投資先の米シェアオフィス大手ウィーワークが経営難に陥り、SBGは追加支援を迫られました。その反省から「救済投資をしない」という方針を掲げており、これまでも複数の投資先が経営破綻しました。企業が未成熟の段階で成長資金を投じるスタートアップ投資において、投資先の破綻は常につきまといます。1社あたりの金額が小さければ投資リターンは下がりますが、損失が出るリスクは分散できます。

 世界のスタートアップ業界でSBGの知名度が高まっていることがハイペースな投資を可能にしています。米調査会社CBインサイツによると、21年1~3月時点でSBGは世界で2番目に多くのユニコーンに出資する投資家でした。2号のこれまでの投資先では「ヘルステック」と呼ぶ、医薬や医療関連が目立ちます。3月末時点の44社のうち、12社がこの分野です。もっとも、投資ラッシュはリスク管理が甘くなっていないかという危うさもはらみます。韓国クーパンのように4月以降に株価が低迷している投資先もあります。SBGはビジョン・ファンドでの急ピッチの投資を続ける構えですが、市場環境次第では再び守りを強いられる可能性もあります。

ビジョン・ファンドリスクの再燃

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 2021年11月8日版日経新聞に「ソフトバンクG 最終赤字3979億円」の記事が掲載されました。ソフトバンクグループ(SBG)が8日発表した2021年7~9月期の連結決算は、最終損益が3979億円の赤字となりました。

 傘下のビジョン・ファンドで主に中国の投資先企業の株価が大幅に下落したことが響きました。中国政府はIT企業への規制を強めており、業績拡大をけん引してきたファンド事業で不透明感が強まっています。

 四半期の最終損益が赤字になるのは20年1~3月期以来、6四半期ぶりです。SBGは投資先企業の価値を四半期ごとに評価し直し、含み益の増減を業績に反映しています。ちなみに7~9月期のファンド事業のみの損益は8250億円の大幅赤字でした。

 中国政府が2021年7月以降、自国のIT(情報技術)や教育産業への規制を強化した影響が赤字転落の主因です。ファンド投資先の7~9月の株価下落率は配車アプリ大手の滴滴出行(ディディ)が4割強、オンライン教育サービスの掌門教育は約8割となっています。韓国ネット通販大手クーパンの株価下落も響きました。

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 8日の決算説明会でSBGの孫正義会長兼社長は「真冬の嵐のど真ん中にある」との認識を示しています。SBGが直接保有する中国・アリババ集団の株価も3割強下落しました。最も重視する指標である、保有株主価値から単体の純有利子負債を差し引いた時価純資産(ネット・アセット・バリュー=NAV)は9月末時点で20兆9000億円と6月末に比べて2割減ったことになります。

 SBGは17年に運用開始した1号ファンドで、主に米中の有力ユニコーン(企業評価額10億ドル=1100億円以上の未上場企業)に投資しました。資金の出し手であるサウジアラビア政府などに対して投資元本の7%を毎年支払わなければならず、2号ファンドではこれを賄うために、新規株式公開(IPO)で早めに資金回収が見込める銘柄を中心に選ぶ必要あったとみられます。

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 2021年4~6月期までは中国の投資先の上場に伴い多額の含み益を計上した半面、7月以降は中国の投資先が一転して足を引っ張りました。孫氏は「中国のハイテク株は受難の時期」とも述べています。中国の投資環境悪化を受け、SBGは主に2つのリスク抑制策に動いています。

 1つは投資金額の抑制です。2019年に始動した2号ファンドは全額自己資金で運用してきました。1号ファンドの1件あたりの平均投資額が1000億円強だった半面、2号は1件あたり200億円強にとどまっています。

 1つはファンド投資先の国・地域の分散です。9月末時点の時価ベースではアジア・欧州・中南米などが46%を占め、中国は19%と中国の割合が減少して来ています。足元でも中国企業への投資は継続しているものの、少額にとどめていると言います。地域分散の一環で、10月末には国内バイオベンチャーのアキュリスファーマに投資しました。ビジョン・ファンドで初めての日本企業への投資で、2件目も近く公表するようです。

 米メディアによると、ビジョン・ファンドは幹部人材が流出している模様です。競合のベンチャーキャピタル(VC)と比べて報酬が低いことが理由とされます。孫氏は「入れ替わりは常にある」と述べ、採用を積極化する方針を示していますが、優秀な人材の流出はファンドの成長も左右するため、SBGの懸念材料となっています。

 2号ファンドは、スタート時点から投資家を集めることができず、全額自社運用となっています。全額自社運用は、投資家への義務は発生しないので、運用はどうしてもリスキーにならざるを得ません。ようやくコロナ禍は開けようとしていますが、SBGの今後はどうなるのでしょうか。皆さんはどう思われますか。



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