七十歳代黄金期への誘い(その12)…危険極まりない金先物取引
「金」先物取引への傾倒
前回のブログ(その12)で、1985年(昭60)~1990年(平2)にかけて株式投資をやっていた話はしました。1990年暮頃には、株売買も数年間経験し、投資資金も500万円レベルに達していました。利回りは10%~20%の辺りで、自分の中では、現物で取引きしている限り、これが限界かなと感じていました。これ以上の利回りを得ようとすれば、レバレッジの効いた信用取引とか、商品先物取引かなとただぼんやりと感じ始めていました。
友人が三菱マテリアル㈱という会社に勤めていたこともあって、すでに1975年頃には私の叔父を誘って「銅」の現物買いをした経験がありました。それも関係して何とはなしに「金」の先物取引をやってみようか、ということが頭に浮かびました。
そして、少し「金」取引についての情報を得ておく位のつもりで、商品先物を扱っているO商事㈱へ電話を入れました。応対してくれた人が、「電話では十分説明できませんので一度会社の方へ伺います」ということになり、後日、会社の方で面会しました。
「金」の商品先物取引がどの様なもので、どの様に売買をするのか、といった知識はほとんどありませんでした。ただ、「金」の先物取引はリスキーではあるが上手く行けば大きく儲けることができることは漠然と知っていた、というレベルです。結局、殺し文句は、「最低80万円程度投入するだけで、やり方は簡単です。少しずつ勉強して行けば、その内に十分儲けることができます。」という一言でした。これまで、株式投資の現物売買で情報分析は結構やったので、同じ様にやればいいのかなという位に考え、やることにしました。
商品先物取引
商品先物取引は、株の信用取引やFX(外国為替証拠金取引)と同じ様に、証拠金取引制度を採用しているため、少額の資金を担保(証拠金)に、大きな金額が取引できます。この証拠金のことを「委託者証拠金」といい、東京商品取引所(TOCDM)の子会社の(株)日本商品精算機構が銘柄ごとに決めています。
東京金の委託者証拠金は、1枚(1kg)当り9万6000円です。金の取扱い業者は、投資家保護の観点から委託者証拠金の約1.5倍に相当する必要証拠金を独自に定めており、その額は14万4000円としています。仮に東京金の価格が、1g当り4,300円とします。このとき、ぎりぎりの14万4000円を預けて、1枚取引きしたとしますと、レバレッジは下記の様に約29倍になります。
1枚の代金(1g当り4,300円×1,000g)÷預託証拠金 14万4000円=29.8倍
金先物取引は、金現物取引よりも高い資金効率が魅力ですが、どの程度高いのか見てみましょう。仮に、1g=4,000円で1kg(1枚)を、金現物取引と金先物取引でそれぞれ購入し、その後、4,100円(差益100円)で売ったとします。(売買手数料、消費税、利益に対する税金等は考慮しません)。投資額は、金現物取引の400万円に対し、金先物取引は証拠金の14万4000円となります。
この場合の利益は、どちらも100円×1,000g=10万円ですが、投資利益は図の様に金現物取引が2.5%(10万円÷400万円)なのに対し、金先物取引はなんと69.4%(10万円÷14.4万円)です。金先物取引がいかにハイリターンを狙える商品か分かります。
このケースで、100円値下がりして3,900円で売った場合は、どちらも10万円の損失になります。金先物取引の場合、元手の14万4000円のうち、10万円を失う訳ですから、ダメージは大きいです。また、ここで注意したいのは、建て玉(保有ポジション)の評価損が一定以上膨らむと、不足金(追加の証拠金)が発生することです。これが恐ろしいのです。
ちなみに、金の価格変動については、教科書的には次の様に説明されています。
1.ドルと金価格の関係
世界の基軸通貨はドルであり、また世界経済活動の大きな部分は、ドルそのものと資産に依存しています。一般的にドル安になれば、その資産価値は減り、投機マネーはヘッジ先として他の通貨や資産を探すことになります。そのひとつのヘッジ先として従来金があります。
2.米国経済の影響
米国経済の好調を示す数値が出ると、金が売られドルが買われます。米国経済下落を示す数値が出ると、逆にドルが売られ金が買われます。
3.原油価格とインフレの懸念
原油価格が上昇している局面やインフレ懸念がある場合には、ヘッジのために金を購入しますので、それに伴い金価格も上昇します。「金はインフレヘッジ」ともよく言われる所以です。
4.オイルマネーやインド・中国の経済成長との関係
原油価格が上昇し、オイルマネーが増大すると、米国経済の先行き不安の下でのドル資産からの分散の結果、金にマネーがシフトします。また、インドや中国では経済成長しているので、投資のために金が買われています。
5.年金ファンドとの関係
年金基金は短期的に利ざやを上げることを目的のヘッジファンド等とは違い、長期的視野での「バイアンドホールド」となります。新規に購入された金はほとんど貯えに回るため、現下での金価格の下支えとなります。
6.地政学的リスクの影響
「有事の金」と言われており、メキシコの債務危機、フォークランド紛争など国際緊張が勃発しますと、心理的ヘッジ先としての金が買われます。
7.需給バランス
金の生産減少があると、将来のインフレに備えて金を長期保有しようという思惑で金が買われます。
金先物取引からの手仕舞に伴う損失
この様にして、1991~1992年にかけ金先物取引の世界を経験することになりました。やり始めて分った事ですが、金の価格の変動は株と違って常時は非常に小さい事、ドルと金がほぼ1:1の逆相関があること、円とドルの為替の影響を大きく受ける特徴を持つ事が少しずつ分かってきました。しかし、やり始めて暫くは何の変化もありません。何をどうするという戦略的な考えも必要ありません。暫くは担当者との連絡も途絶えがちで、放っておくという状況がしばらく続きました。
1年位経過した頃でしょうか、ドル高円安の動きが激しくなってきました。担当者から電話が頻繁にかかる様になりました。「価格が1割下がったので、追証が入れてほしい」というものです。直ぐに銀行に走り、追証72万円を振り込みます。また少し経つと、電話がきました。「また価格が1割下がったので追証をお願いします。」。「現在保有している玉は、限月が近づいているので、新しい玉を買い替えて下さい。」証券会社はこちらの都合など関係なしに電話を寄越してきます。旅行中であろうがおかまいなしに、今相場がこうなっているので、動かないと大変ですと連絡が入ります。
なぜ急に金の価格が下落し始めたのかは後で分りました。1991年英国の通貨統合反対機運の中、ドル高・ポンド安となり、1992年のブラック・ウェンズディにつながります。英国中央銀行はヘッジファンド投資家のジョージ・ソロスに負け破産する事態となりました。ドル高ですから、金価格は逆相関で下がり始め、どんどん値下がりします。1990年2,000円/gが1994年には1,400円まで低下しました。
結局、「金」の先物取引を始めて儲けさせてもらったという良い思いは一度もなく、あっという間に自分の限界である自己資金500万円に近づいてきました。金価格の値下がりで、追加証拠金が発生し、それまでに現物株の取引きで得た利益を全て吐き出してしまいました。これ以上続けると、家計にも影響が及ぶと感じ、これを機に現物株式取引も金先物取引からも完全に足を洗いました。本当に高い勉強代でした。
その際に感じたのは、サラリーマンが小遣い稼ぎでやるのであれば、現物株式で取引する程度で、信用取引、先物取引等まで手を出すのであれば、それ相応の軍資金を準備しなければならないということです。また、株式は価格変動が数か月と短周期やってくるのに対し、金商品は数年と長周期でやって来ることを基本的には認識すべきでした。
以下、その時の損失額を計算すると下表の様になります。
金価格が1割値下がりする毎に追証が発生し、また、途中で限月の乗り換えを行う必要が出たりと、損失はどんどん雪だるまの様に膨らんで行くのを実感しました。
そもそも金の先物取引とは、「金」を将来のある決まった期日に売買すると約束し、現時点でその価格を決める取引です。「金」の需要家にとっては、将来の価格変動リスクを回避(ヘッジ)できることが重要なのです。
具体的には、金細工の業者が、1年先には「金の加工品」を販売する目的で、現時点で原材料である金を大量に仕入れる必要があるとします。しかし、1年先は金価格が大きく下落する不安定要因が十分に考えられるとします。そこで、ヘッジのため、少ない手持ち金額で同じ分量の金を1年先に売る契約をします。「金」は高価格であり、現物では金額の値が張りますので、少額の手持ち金額でレバレッジの大きい先物を同額売ることにより、ヘッジをする訳です。この様に商品先物は一体何故存在するのかを理解しておかないと、間違いを犯します。元々は、「金」を扱っている事業者のヘッジとしての一環として発達してきたと考えるのが自然です。
金先物取引を手仕舞いした時に、目にするのも嫌で、保存していた月次取引報告書のファイルを全て処分してしまいました。通常は先物取引はヘッジのためにやる取引です。レバレッジが大きいという投機目的だけでやったのが、今回の「金」の先物取引の経験でした。危険にきまっています。皆さんどう思われますか。