投資家ソロスの足跡(その2)-ソロスが多用したロング・ショート戦略を理解する

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 ジョージ・ソロスは、1992年9月16日の「ブラック・ウェンズデイ」が起こった際に、「イングランド銀行を破産させた男」と呼ばれています。ソロスは自らのヘッジファンド会社「クォンタム・ファンド」を23年前の1969年に設立し、ブラック・ウェンズディに際しては100億ドル(約1兆円)の軍資金で仕掛け、自らはこの攻防で20億ドル(2,000億円)を稼ぎました。

 ソロスのヘッジファンドは、「グローバル・マクロ」とよばれ、世界視野でのグローバル展開される大掛かりなタイプです。各国政府の政策と経済の現実の状況との間に生じた破綻に狙いをつけ、通貨や利率のずれを標的にしています。

 ソロスはこの「グローバル・マクロ」展開を、ロング・ショートという運用手法で進めています。その勝利の方程式をこれから追い駆けますが、それを理解するためには、ロング・ショート戦略をきっちりと理解しておく必要がありますので、今回はその詳細についてまず説明します。

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 ロング・ショート戦略については、アトム・キャピタル・マネジメントの土屋敦子代表取締役の著書「本当にわかる株式相場」を参照して行きます。
  
 ロング・ショート戦略とは、その名のとおり、ロング(買い持ち)とショート(売り持ち)を組み合わせてポートフォリオを構築する運用手法のことです。ロング・ショートのポジションともに株、先物、オプションなどに投資しますが、この銘柄選択とヘッジの組合せが利益の源になっています。


 ヘッジファンドなどのロング・ショート戦略は、株式相場が下がりそうだと思えば、ショートをロングよりも多目に持ち、ネットショート(図・上)に持って行くことをします。ロングを300万円(30%)、ショートを400万円(40%)の場合はネットショート10%となりますが、同じ70%のグロスのため、取っているリスクはネットロング(図・下)と同じで、株式市場の下落に備えたポジション取りをしているといえます。ネットショートかネットロングかのいずれにするかをどう決めるかですが、これは基本的にマクロ経済分析で決定します。そのために、様々な経済指標やイベントなどを常に把握するようにしているのです。ロング・ショート戦略にレバレッジをかけると、もっと思い切ったポジションの傾け方ができます。

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 ヘッジファンドは、ハイリスクと言われることがありますが、下げ局面で買い持ちの下げを信用売り株や先物・オプションのヘッジを上手く活用することで損失を相殺し、相場環境に大きく影響を受けることがない様に設計されています。ロング・ショート戦略は、上がったり下がったりを繰り返す日本株には最も適した戦略と考えられています。

 ヘッジファンドの取るパフォーマンスとして、(1) ロングオンリー戦略、(2) ロング株&先物・オプション(ヘッジ)、(3) ロング・ショート戦略、の3通りが考えられます。その各々の戦略を以下詳細に説明します。

(1) ロングオンリー戦略

 ロングオンリー戦略は相場が下落すると買い持ち株の価格下落のリスクにさらされます。それを相殺するものがありませんので、裸のロングということになります。なぜこれでも問題がないかというと、多くのロングオンリーファンドは、ベンチマークの指数に対して利益が上回れば良いという考え方であり、損をしても指数より損失が小さければ問題ないとしているからです。ベンチマークとは、資産運用や株式投資における指標銘柄など、比較のために用いる指標のことです。ロングオンリー戦略は3つのパフォーマンスの中で一番リスクが大きいのですが、儲けも大きくイチかバチかの博打に近い戦略となります。

 ロングオンリーは買いのみですので、ポートフォリオは組めません。

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 利益イメージ図では、ロングオンリーは株A、Bに投資して両方とも利益を上げていますが、Bはベンチマークを下回っているため、負けです。損失イメージ図では、株C、Dに投資して両方とも損失となっていますが、Cはベンチマークよりも小さい損失に抑えられているため、勝ちという考え方です。つまり、ロングオンリーでベンチマークに対して勝つということは、指数が下がるときに下落リスクを指数の下落より抑えられるポジションをとり、指数が上がるときにはそれを上回る利益を出さないとなりません。

 図の中で、株A、Dは高β、株B、Cは低βと書いていますが、βとは「個別株のリターン÷指数のリターン」の値です。上げ相場の時には、理論的に高βに投資すると勝ちますが、下げ相場では高βはより多く下がるため、ロングオンリーで勝つのはなかなか難しいのです。

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(2) ロング&先物・オプション戦略

 ロング株を先物・オプションでヘッジする戦略は、ロングオンリーに似ていますが、相場の下落局面をヘッジするところと、対ベンチマークで勝てば良いとはしていないところが異なります。このタイプのファンドはあまり存在しません。相場下落時にロングの買い持ち株の価格が低下しても、その損失がヘッジの利益より低ければ全体では利益、大きければ全体で損失となります。

 表にはロング&先物・オプションの場合のポートフォリオを、利益イメージ図では利益が出るパターン4つ、損失イメージ図では損失が出るパターンを4つ示しました。

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 この戦略の特徴は、ロングはすべて現物で、ショートはすべて先物にヘッジし、リスクをある程度避けた、保険を掛けた方法であるともいえます。
 図の観方として注意すべきは下記です。例えば
・上側の利益イメージ図での➀の場合は、ロングの株A現物買いは予想通り相場が上昇して利益(+)が出ました。一方、ショートの先物CDヘッジ売りも予想通り下落して利益(+)が出ました。
・下側の損益イメージ図での➀の場合は、ロングの株D現物買いは予想に反して相場が下落して損失(-)が出ました。一方、ショートの先物ABヘッジ売りも予想に反して相場が上昇して損失(-)が出ました。

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(3) ロング・ショート(L/S)戦略

 ロング・ショート(L/S)戦略は、ロングに現物、先物・オプションのいずれも採用し、ショートにも現物、先物オプションのいずれも採用し、ロングの損益がショートの損益を上回れば利益、下回れば損失となります。ロングオンリーのようにベンチマークがないため、指数に対してどうなるかという考え方はなく、絶対値で利益を上げることを目的としています。どのような相場環境でも、ポートフォリオ全体のβと投資している組合せにより、ポートフォリオ全体が利益を上げることを前提に銘柄選択がなされます。そして、先物・オプションは基本的にヘッジ、あるいは全体のポートフォリオのバランスを整えるために加えられています。利益、損失でみると、26通りの組み合わせで、13通りが利益、13通りが損失となります。この戦略は、儲けは少なくて良いから、確実に勝てる方法で、ある意味面白くないのかも知れません。ソロスはこの方法を活用してきた訳です。

 実際にはマクロ経済全体を見渡して、1年間のシナリオを描きつつ、どのタイミングでネットロングにするのか、あるいはネットショートにするのか、マクロ環境によってどういう業種に投資するべきかなどという大まかな目安をつけます。実際にその時期になったときのマクロ情勢と照らし合わせながら、ロング・ショートのポジションを調整していきます。その上で、ミクロの観点から投資先である企業を選定していきます。

 企業分析を行い、株価が企業価値に対して割安に放置されていて、今後、上昇すると思われるものを拾っていきます。また、ロング・ショート戦略なので、逆に企業価値に対して割高な水準まで買われている銘柄で、下がると思うものについてはショートにします。

 具体的には、下表に示す様に株A, B, それらの指標である先物ABを買います。また、株C, D, およびそれらの指標となる先物CDをヘッジ売りします。これらを用いてポートフォリオを組みますが、対象の選択や買い(ロング)と売り(ショート)の組み方、アクションを起こすタイミングはポートフォリオ理論を駆使して確定せざるを得ません。ポートフォリオ理論は別の機会に述べます。

 ロング・ショート戦略では、色々な投資対象でポートフォリオを組み、それらをロング(買い)とショート(売り)で転がして行く訳です。利益をどれほど生み出せるか、それは転がし方次第です。

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 ロング・ショート戦略は、人生においても十分に応用が効きそうです。我々もリスクのある事業を進めるに当って、どの様に立ち振る舞うかを理解する上では、このロングショート戦略の妙味を味わっておく必要があると思いますが、皆さんどう思われますか。



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