投資家ソロスの足跡(その4)…哲学者としてのジョージ・ソロスの顔
今自分が語っていることが哲学と言えるかどうかは、自分が何か信念を持って行動する際に、その根拠とするものを他人に説得力を持って説明ができるかどうかで決まります。従って、他人を説得する自信があれば誰でも哲学を語ることはできます。
哲学者とは、様々な学問領域を網羅して、誰に対してでも説得力を持って説明できる人のことをいう訳です。当然、科学を束ね総合する立場に位置する自然科学者には哲学者と言える人が多くいます。
ソロスは哲学者の顔を持つと言われています。今回は、ソロスの哲学者としてどのような理論を展開したのかを追いかけます。
ソロスは、「再帰性理論」を経済はもとより全般的な世界認識の方法論へと拡大しようとしては、特に経済学者の反発を招いてきました。
「再帰性理論」とは、文字通り「再び帰って来る性質」のことです。再帰性理論の特徴は次の様なものです。
「私は嘘つきだ」と宣言したとすると、哲学的には次の様に解釈されます。
「私は嘘つきだ」と言う人が嘘つきならば、本当のことを言っているので正直者となる。正直者が「私は嘘つきだ」というのは、嘘をついているので嘘つきになる。----- (文頭に戻る)。「自己言及のパラドックス」と呼ばれる現象で、この命題は図の様に永久にループします。
別の命題「卵が先か? 鶏が先か?」においても同じような自己参照による永久ループが発生します。
ループ1 (鶏が先) ⇒ 命題 ⇒ 卵 現実が鶏なのでその前は卵と結論づける。
ループ2 (卵が先) ⇒ 命題 ⇒ 鶏 現実は卵なのでその前は鶏と結論づける。
以下永久ループとなります。
世の中は、黒か白かを明確に判定できるものばかりではなく、このように永久ループに陥るものもあります。なぜ永久ループになるかというと、定義している命題に「自己参照」が含まれるからです。自己参照するものは、いつまで経っても答えが出ずに永久ループとなります。
社会的現象は、人間がその社会の中に入っているため、「自己参照」になっていることをソロスは発見しました。「私は嘘つきだ」という命題の様に、命題の中に自分自身を定義してしまうと、「永久ループ」が生じますが、それと同じことが社会的現象にも生じるというのです。
人間が持つ2つの機能として、「認知機能」と「操作機能」があります。
・ 認知機能…人間が世界を認知して理解しようとする機能
・ 操作機能…人間が世界に影響を与えようとし、改造しようとする機能
ソロスは、この2つの機能が相互に作用しあって永久ループするため、現実が歪められることを見抜きました。人間は、現実を認知して、現実とはこういうものなんだと認識します。その認識のもとに、操作(行動)を取って、新しい現実を生み出します。
ここで注目すべきは、「操作機能によってアウトプットされた現実が、認知機能のインプットになっているという点です。
人間が参加する社会的現象では、認知機能と操作機能は相互に干渉しあってしまうために、永久にクルクルと回り始めてしまいます。一方、自然現象には人間が参加していないため、この様な再帰性は生じません。再帰性の全体像をまとめた図解を下記に示します。
社会の参加者である人間は、社会のすべての情報を知っているわけではなく、常に一部の情報をもとに判断しています。そのため、「社会的事象」には、人間の誤解や間違いがもともと入っているのです。
反対に「自然現象」には、人間が参加者として加わっておらず、人がいなくても、雨が降ったり、風が吹いたり、気温が上がったりします。
この可謬性(=人は誤解しうる)」が、ソロスの「再帰性理論」の基礎になっています。
もう少し具体的にソロスの再帰性理論の拡大を見てみます。
株価はランダムに動いているわけでも、ファンダメンタルズを完璧に反映しているわけでもありません。効率的市場仮説が間違っていて、社会的事象に再帰性があるからこそ、逆に私たちにもチャンスがあるとソロスは主張します。
効率的市場仮説とは、1960~1970年代に米国で提唱されたもので、市場は効率的であり、どの様な情報を利用しても、市場よりも高いパフォーマンスを一貫して挙げることは不可能であるという説です。
ソロスの再帰性理論では、ことごとくこの効率的市場仮説を否定しています。
ジョージ・ソロスの有名な言葉に「市場は常に間違っている」というものがあります。この言葉は次の2つの原則から導かれています。
<金融市場の2大原則>
第1の原則…「市場価格は、その根本にあるファンダメンタルズを常に歪めるものである。」
第2の原則…「金融市場は、根底にある現実を反映するだけの受け身の存在ではなくて、積極的な役割をも果たしている。
この2大原則に基づいて、ソロスは「再帰的な株価モデル」の8段階を提案しています。
<第1段階>
第1幕で、つまり初期段階ではこのトレンドはまだ理解されていない。
<第2段階>
続いて訪れるのが、加速段階である。その時にトレンドは理解され、バイアスによって強化される。この時点で、すでに株価は均衡水準からかけ離れてしまっている。バイアスとは先入観とか偏見のこと。トレンドとは傾向とか潮流のこと。
<第3段階>
その後、試練の段階がやって来て、株価は一時的に下落する。
<第4段階>
確立期である。もしもバイアスもトレンドもこの試練を克服すれば、どちらもかつてない程強くなり、結果的に均衡からかけ離れているはずの株価が、しっかりと確立してしまう。
<第5段階>
だがいずれは、誇張された期待を現実が支えきれない正念場がやって来る。
<第6段階>
次が「黄昏の期間」で、ゲームに参加し続けている者たちも、自分たちのやっていることの危うさに気付いている。
<第7段階>
とうとう転換点に到達し、トレンドは一気に下向きになり、バイアスも減少する。
<第8段階>
その後に発生するが、「暴落(クラッシュ)」として知られる。破局的な下向きの加速。
ソロスはこのモデルが左右対称でないことに注目して欲しいと言っています。株価の天井は時間軸の中心よりも後ろにあり、株価が上昇する速度よりも、下降する速度の方が速くなっています。少し相場の経験のある人なら、このモデルは正しいと直感的に感じるはずです。
ソロスの言う「再帰性」は、「株価は客観的ではあり得ず、投資家の主観によって変動し、その変動に投資家が煽られ、更に株価が変動する。」ということの繰り返しで、無限連鎖反応に最も顕著に見られます。
これは「客観的な認識などは存在しない」とする彼の基本的な立脚点となっています。政治・経済・文化、そして歴史と未来への予知、あらゆる人間活動への認識は、すべてバイアスがかかっていると考えます。さて、皆さんどう思われますか。