中小企業経営と向き合う(その3)…小が大を負かす戦略MBO

 大きな会社が特色ある小さな会社を買収したり、ほぼ同レベルの会社同志が統合したりするのをM&Aと言います。このM&Aに比べ、会社経営者や従業員が、会社所有者に対抗して、会社を買収することをMBOと言いますが、どうしてかMBOの認知度は低いと感じます。なぜなのでしょうか。話としてはMBO(マネジメント・バイ・アウト)の方がはるかに面白いものがありますので今回はMBOを中心に紹介します。なお、バイアウトとは、金融業界での専門用語で、株の買い占めによる企業買収を指します。

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 牛島信の「MBO」という小説が2,000年に刊行されました。MBOの考え方について非常に面白いヒントを与えてくれていますので、再度読み直してみました。以下、この物語を追って「MBO」の戦略ポイントを見て行きたいと思います。


 物語の全体構図をまとめたものを下に示しますので、これを参考にして下さい。

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 ギャラクシー百貨店は、東証1部に上場している百貨店で、江戸時代以来の暖簾を誇って来ました。つい何年か前まではギャラクシーなどという横文字ではなく、他の多くの百貨店と同じように、大文字屋という江戸時代からの由緒正しい名前を誇りにしてきました。ところが、5年ほど前、以前からくすぶっていた、江戸時代からのオーナーの家系の会長と経営を任されていた番頭格の社長の確執が内紛に発展し、バブル崩壊後の経営不振の責任を巡って、とうとう金融機関などの大株主を巻き込んでの大爆発になったのでした。そして、その内紛を利用して、巨大企業グループであるギャラクシー・グループの総帥である成海紘次郎が、あっという間に大文字屋を乗っ取り、店の名前まで自分のグループの名前に変えてしまったのです。

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 ギャラクシー・デパートには取締役が17人います。そのうち12人が常勤の取締役で、5人の役付取締役以外の7人は、使用人兼務の役員だから、取締役とは名ばかりと言えます。5人の役付の取締役の内訳は、社長の小野寺英一、副社長の真鍋広介、それに専務1人と常務2人です。非常勤の5人は社外取締役で占められています。

 17人のうち5人と社外の取締役の数が他の多くの会社に比べて多いのは、ギャラクシー・グループの中核会社である株式会社ナルミ・インターナショナルからギャラクシー・デパートへ派遣された取締役が5名いるからです。そのうちの1人は岸辺庄太郎といって、成海紘次郎の右腕と言われている経営コンサルタントです。取締役の他に非常勤の監査役として、やはり成海を支える弁護士の姉大路公一が入っています。

 ギャラクシー・グループの成海紘次郎は大文字屋の買収をした際には、流通業界の再編
を夢見ていました。しかし、いまでは日本の百貨店に未来はない、と結論を出しています。成海はギャラクシー・デパートをグループから切り離すつもりで、ある外国の流通資本と売却の交渉を進めていたのです。その条件として仕事の出来る小野里英一をギャラクシー・デパートの社長から外すこと、また彼を同業他社には移さないことが条件として挙がっていました。

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 主人公の小野里英一は、ギャラクシー・デパートの社長です。ただし、オーナー社長ではなく、いわゆるサラリーマン社長です。ある時小野里は、オーナーであるギャラクシー・グループの総師、成海紘次郎に呼びつけられます。そこで告げられるのは、「君、君にはこれからグループのもっと上を見てもらう。もう現場で汗出しするのはおしまいだ。」という言葉です。小野里に提示されたのは、ギャラクシー・デパートの持ち株会社の取締役というポストでした。

 小野里は、この提案を体のいい馘首宣告(カクシュ)だと受け取ります。なにしろ自分がこれまで長年力を注いできたギャラクシー・デパートの社長職を解任されたのです。彼はコネを頼りに転職を試みますが、そこで思わぬ障壁が待っています。一定期間は業界で競合する他社への転職を禁じる契約書の存在です。非転業条項です。退路を断たれて、ここから小野里の戦いが始まります。ここで、小野里に知恵を授けてくれる者が現れます。大木弁護士です。その指示に従い、取締役会と外資系ファンドを巧みに使って、小野里はオーナーである成海との戦いに挑みます。

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 小野里は次の様な方法で、自分を解任しようとした成海の鼻をあかし、見事に経営権乗っ取りに成功します。その手法とは、小野里に経営を任せたいという投資家を探してきて、その投資家に第三者割当増資をさせて、小野里支持派の株でギャラクシー・デパートの株の過半数を握ることでした。その投資家とは、マウンテン・ファンドという米国のファンドでした。外資系ファンドの登場です。

 マウンテン・ファンドがこの第三者割当増資に応じる理由は、小野里が5年で成海が投資した30億を10倍の300億に増やした経営の実績を買った訳です。その人間が経営する事業ですから、社長を任せれば、間違いなくお金を稼いでくれると踏んだ訳です。

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 株の過半数を握る具体的な方法は、次の通りです。ギャラクシー・デパートの社長は小野里で、取締役会を活用して第三者割当増資を行うのです。但し、ギャラクシー・デパートとして、増資を行う理由は必要です。今回は「流通倉庫」の事業計画です。

 現在、小野里を支持してくれる株主の票が基礎票としてあるから、後は今発行している数の7割くらいの数の株式を新たに発行すれば良いのです。その新株を小野里を支持してくれるところへ割り当てれば、既存の金融機関や取引先の16.7%と合わせて、全体の過半数になるということです。

 すなわち、全体の株数を7割増やして170%を分母にすれば、分子の方が旧来の株主勢の16.7%と新たな割当勢の7割を足した合計数である8割6分か7分になるので、170%分の86%か87%で過半数になります。[ (16.7%+70%)/(100%+70%)=50.***% ]
 
 弁護士大木の提案の要旨は、誰か小野里に経営を任せたいという投資家を探してきて、その投資家に第三者割当増資をして、小野里支持派の株でギャラクシー・デパートの株の過半数を握ろう、ということです。

 今のギャラクシー・デパートでも、金融機関など大文字屋当時からの株主は、小野里を支持してくれています。金融機関だけではない、その他にも取引先などが相当数のギャラクシー・デパートの株を保有していました。そうした株主の支持は、いわば大文字屋時代からの一貫した経営者支持の勢力で、17%はありました。

 こうした株主の票が基礎票としてあるのだから、後は、今発行している数の7割くらいの数の株式を新たに発行すればいい、その新株を、小野里を支持してくれるところへ割り当てれば、既存の金融機関や取引先の17%と合わせて全体の過半数となる、ということです。

 問題は、株主として小野里を支持することを前提にして、その7割もの株を引き受けてくれるところがあるかどうかです。ギャラクシー・デパートの発行済み株式の数は約4千万株だったから、7割というと2,800万株になります。1株1,500円が市場での値段だから、仮に大木の言う10%程度値引きした価格で割り当てるとしても、4百億円近い金額となります。 [ 1,500円×2,800万株=420億  420億×(1-0.1)≒400億 ]

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 ここで、マウンテンファンドというファンド会社が現れるわけです。危険分散という意味で他のファンドにも声を掛け、この増資400億円を引き受けることになりました。ただ、増資には目的が必要です。増資は激化する業界の競争を勝ち抜くのに不可欠な物流改革の推進のためであるとして、新たな物流倉庫を埼玉県の高速道路のインターチェンジ近くに設置する計画の概要が示されました。

 この後、取締役会を開いて、第三者割当増資での流通倉庫設置計画が議決されます。当然オーナーの成海は裁判所へ増資差し止めの仮処分の申立をしますが、これは却下されます。

 その後、予定どおり新しい株式がマウンテン・ファンドに割り当てられて、ギャラクシー・デパートはギャラクシー・グループから離れました。ギャラクシー・グルーがギャラクシーデパートの大株主であることに変わりはありませんが、過半数の株はマウンテン・ファンドと小野里支持の金融機関その他の大株主の手中に移りました。
 物語は、この後二転三転しますが、今回はここまでに留めます。MBOの基本的戦略がはっきりと分りました。

 身近な所にも、1つありました。それは、創業者である兄弟が、苦労して1つの会社を創設しました。兄弟は自社の株式をほぼ均等に持ち合っていました。会社は大きくなり、それなりの規模に成長しました。さて、時が進んで創業者たちの息子の代になりました。しかし、息子たちの間で争いが起こりました。片方が会社を追い出されてしまいました。追い出された方は、何とか会社を取り戻したいと考えますが、どうしたら良いのでしょうか。

 現在、MBOを使った対応策をあれこれと考えていますが、皆さんはどういう方法を取ったら良いと思われますか。



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