中小企業と向き合う(その5)…特許紛争を絡めたM&A戦略

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 私事ですが、1994年~1999年(46~51歳)にかけてD社の技術開発研究所に所属しており、担当していた研究テーマに関わる特許出願に汗を流していました。当時、企業にとって、特許出願は1つのノルマとなっており、内容に関わりなく何でもかんでも出願するという流れでした。なぜその様な事になっていたかと言いますと、日本の大企業における出願件数というのが、企業の良し悪しを示す1つのバロメータになっていたからです。特許の中身が優れているかどうかというのではなく、特許を何件出願しているかが、その業界のトップランナーであることを示す証となっていたのです。

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 当時、契約上、従業員が出願し特許化された場合、特許は全て会社に帰属するルールとなっていましたので、特許化されても報償金は雀の涙しか払って貰えませんでした。特許の出願人はあくまで会社であって、個人は発明者に名をだすだけで、特許化によるおいしい蜜にはあり付けなかった訳です。


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 ところが、2001年8月に、青色発光ダイオードの特許訴訟が起こりました。中村修二・米カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授が、青色発光ダイオードの発明時代の古巣・日亜化学工業を相手に訴訟を起こしました。2004年1月に東京地裁から社員発明の会社に対する特許権譲渡の対価について200億円というとんでもない判決が出ました。この東京地裁の判決は大手ハイテク企業に衝撃を与えました。


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 光の三原色(赤、緑、青)を発光するダイオードのうち、青色は最後の発光色としてその開発が凌ぎを削っていました。20世紀中の開発は困難とされていましたが、日亜化学時代の中村氏は他社をリードして、この実用化に目処をつけたのです。この時の多くの発明は、職務発明として会社に譲渡されることになっていましたが、当時の取扱いもあいまいであったこと、報奨金も2万円という額であり、ノーベル賞級の発明としては少なすぎることが争点になりました。

 それ以降、会社は職務発明といえども社員に大きな対価を求められることとなり、積極的な対応が必要となりました。プロジェクト内での発明者の認定方法、貢献度の評価、評価に応じた報奨金の支払、訴訟準備金の積み立てなどを考える必要に迫られました。これを契機に、個人のアイデアが会社の競争力を左右する時代に入り、この辺の取り組みが、優秀な人材の確保につながり、ナンバーワンを目指せる企業体質を構成する大きな柱になって来ました。経済の国際化のなかで、優秀な人材の流出を防ぐためにも、企業の知的財産権に対する意識改革が重要になってきた訳です。

 以上は大企業での特許出願の話ですが、それでは中小企業での特許はどのようなものでしょうか。中小企業でも、自社技術の特許化が、特許使用権や技術売りで会社経営に効果をもたらすと言えます。しかし、特許化しない場合でも、特許を出願していることで、我が社は技術力の高い会社ですよという信用を与えることができます。また、戦略的に相手に特許化させて独占させないために、対抗手段として出願する場合も考えられます。

 少し高級なテクニックとして、パテントマップを作り戦略的に特許戦略を考えることも有効です。要は、戦略的に特許出願して、漏れをなくす方法です。パテントマップの必須3要素というのがありまして、これは(1) 特許情報の収集 (2) 調査・整理・分析 (3) 視覚化・ビジュアル化です。実際の業務においても、2009~2011年にかけて関わったM大学との研究テーマ「ゼブラフィッシュを用いた遺伝子機能解析システムの開発」や2015~2017年にかけて関わったK社との研究テーマ「バチルス菌優先化によるコンポスト開発」では、パテントマップを使って特許化を進め、その有効性を確認しています。

 パテントマップの具体的な作成方法ですが、下図では、燃料ポンプの吐出部における不良個所を深掘し、「ホース締め付け不足」「ホース接合部不足」「本体接続不良」を燃料漏れが起こりうる事象として挙げています。この様に故障個所、故障原因を細分化していくことで、それらを生じさせない具体的な対策を講じた製品設計を行なえるのです。そして、その対策を特許化する訳です。この様に、あらゆる部分の特許を体系的に、かつ、人目で確認できるようにしたものが「技術系統図型のパテントマップ」です。

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 さて、中小企業にとって、特許出願に要する費用は充分に考慮しなければなりません。1件出願して維持するのに幾らかかるのか。ざつくりとみて約200万円です。詳細は下記に示す通りです。出願時に約30万円、審査請求時に約15万円、特許査定時に約25万円必要で、ここまでで70万円。さらに20年間の権利維持費が約130万円で、合計200万円です。実用新案は、全体で約50万円と、特許の約1/4で済みます。

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 特許侵害とM&Aを絡めて現場の状況を扱った小説に、池井戸潤の「下町ロケット」(2013年)、145回直木賞受賞作があります。M&Aを理解するうえで非常に参考になるストーリーですので、紹介したいと思います。

 第一幕は、主人公・佃航平が研究者の道をあきらめ、家業の町工場を継ぎます。主人公が社長を努める佃製作所が、主要取引先である京浜マシナリーの内製化方針により受注損失▲10億円を発生させられる所から始まります。



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 第二幕は、業界大手で競争相手であるナカシマ工業より、佃製作所が特許侵害訴訟を起こされます。当たり目に祟り目でこれに敗訴すれば▲90億円が損失します。ナカシマ工業の目的はM&Aで、時間を稼いで佃製作所を潰し、株式の過半数を差し出させてナカシマ工業の傘下に入れるというものでした。ナカシマ工業の陰謀を進めている三田とその部下の会話は以下のものです。

 「ウチに賠償金を払う代わり、佃は株式の過半数を差し出す。それで佃製作所はナカシマ工業の傘下に入るってわけだ。どうだこのスキーム」
「でも、そんな条件、飲みますかね、あの社長が」
ふいに西森は疑問を呈した。「なんか電話の感じでは、えらくタカビーでしたけど」
「金は人を変えるんだ」
自らの信念を、三田は口にした。「明日の米を買う金が底をついて、従業員に払う給料も心細くなってくる。仕入れ代金の支払い期日が迫り、金融機関からは借金の督促が来る。このままいけば、家族も従業員も路頭に迷うってときに、ウチの和解案は、地獄で仏の救済案に見えるだろうな。それに飛び付かない経営者がいたらそいつはバカだ」
「これがナカシマ工業の戦略だ。よく覚えておけ」

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 第三幕は、絶対絶命の佃製作所は敏腕弁護士を擁して、特許侵害訴訟では、反対に別の特許でナカシマ工業を特許侵害で逆訴訟します。これに勝利し、和解金56億円を勝ち取りました。




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 第四幕は、いよいよ大企業帝国重工がロケットエンジンバルブシステムの特許の買取り20億円を申し入れてきます。佃製作所はまずこれを拒否します。帝国重工の次の提案が特許使用許諾契約5億/年でしたが、これも蹴ります。最終は部品供給の道を選択します。

 第五幕は、部品供給では品質保証が大きな問題として立ちはだかります。この品質問題で物語りはひと波乱おきますが、最後はハッピーエンドでした。

 特許訴訟を絡めて会社を乗っ取ろうとする悪徳会社の思惑が崩れ去る物語でした。悪い企みは上手く行かないというお話ですが、みなさんどう思われますか。



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