ゴーン容疑者を苦しめたスワップ取引の危険性

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 東京地検特捜部は2018年11月19日に、有価証券報告書に役員報酬を過少に記載したとする金融商品取引法の容疑で日産自動車のカルロス・ゴーン代表取締役会長を逮捕しました。更に2018年12月21日には、スワップ取引の個人損失18億5千万円を日産へ付け替え、日産に大きな損失を負わせた特別背任容疑で再逮捕しました。

 ゴーン容疑者が、どの様なスワップ取引の内容で18億5千万円もの損失を出したのかについてはどのニュースも詳しく報じていません。そこで、推定の域を出ませんが、今回のスワップ取引の内容をひも解いてみたいと思います。

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 舞台となるのは、従来からリスクが高いと言われているデリバティブ取引です。デリバティブ取引とは金融派生商品と呼ばれるもので、通貨や金利、債券、株式といった「原資産」と呼ばれる金融商品から派生した取引のことを指し、先物取引、オプション取引、スワップ取引があります。それぞれの取引の特徴は下記に示す通りです。

① 先物取引とは、将来売買することをあらかじめ約束する。
② オプション取引とは、将来売買する権利をあらかじめ売買する。
③ スワップ取引とは、異なる種類の金利や通貨などを一定期間交換する。

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 さらに、スワップ取引には2つあって、それらは同じ通貨で異なるタイプの利息を交換する金利スワップと、異なる通貨を交換する通貨スワップです。今回ゴーン元会長が行ったとみられているのは、通貨スワップではありますが、元本+利息からなる通貨の内、利息のみを交換して元本は交換しない通貨スワップのことで、将来にわたって異なる通貨の金利のみを交換します。これはクーポンスワップと呼ばれており、より投機性の強い取引となります。

 通常は取引開始時と満期時に交換します。金利の変更は中長期的スパンで考えた方が良いので、中長期の外貨建て債券・債務の為替リスクのヘッジなどに利用されます。スワップ取引は、将来の金利変動リスクを管理する手法として金融機関において急速に広まった取引です。

 通貨スワップ取引では、低金利の日本円を売り、高金利の米国ドルを買う取引きをするだけでお金が貰えます。開始期日に通常はドルを買って円を売り、満了時にはドルを売って円と交換します。元本+金利を扱う通貨スワップは特定の人しかできませんが、金利のみを扱うクーポンスワップは投機商品でもあるので誰でもできます。

カルロスゴーン容疑者の投機の失敗

 新聞情報によりますと、ゴーン会長は、日産から役員報酬として、毎年日本円で約10億円もらっていました。有価証券報告書の過少記載分をみてみますと、
2014年 9億9500万円
2015年 10億3500万円
2016年 10億7100万円
2017年 10億9800万円
2018年  7億3500万円
となっています。

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 ところが、ゴーン会長の生活の大半は米国であるため、この報酬である日本円をアメリカドルに交換する必要がありました。通常は、報酬を受け取った段階でドルに交換すれば良いのですが、単なる円からドルへの交換ではなくて、為替利益も得たいと考えた訳です。そこで、安くドルが買える通貨スワップに大きな関心を寄せました。

 それではカルロス・ゴーン容疑者のクーポンスワップ取引の内容と、その評価損失が18億5千万円に至った経緯を推定してみます。

 カルロス・ゴーン容疑者は、平成19年(2007年)夏頃、自身の資産管理会社名義でクーポンスワップの契約を新生銀行との間でしました。契約の内容は下記と推定します。今後円安ドル高基調になると予測してこの取引に踏み切ったと思われます。

<前提>
為替 1ドル117円 (2007年契約時)
金利(固定) 日本円1%  米国ドル5%
契約期間 5年 2007年8月~2011年8月
レバレッジ 10倍
証拠金 20億円
取扱金額 200億円 (1.7億ドル)

<クーポンスワップ組成例>
(1) 日本円の現在価値算出 
・5年後の200億円の現在価値=200億円÷(1+0.01)5=200億円÷1.051=190.3億円
200億円は日本で運用すると金利1%ですので、現在価値に直すと190.3億円となることが分ります。

(2) 米国ドルの現在価値算出
・5年後の1.7億ドルの現在価値=1.7億$÷(1+0.05) 5=1.7億$÷1.276=1.33億$
200億円(1.7億ドル)を米国で運用すると金利5%ですので、現在価値に直すと1.33億ドルとなることが分ります。これは日本円に換算すると155.6億円(117円×1.33億$)に相当します。

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(3) 調達レート
日本円の現在価値と米国ドルの現在価値が等しくなるような為替レートを計算してみますと、190.3.億円/117円=155.6億円/調達レートとおけ、調達レート=117×155.6/190.3=96円 になることがわかります。

(4) 結論
上記にあるように5年で200億円の日本での現在価値は190.3億円であり、米国での現在価値は155.6億円でした。つまり日本での運用の190.3億円と米国での運用した155.6億円は価値が等しいことになります。クーポンスワップの取引は、この価値の等しいものを交換することです。この事例でいくと現在は1ドル117円の為替水準でありながら、1ドル約96円で5年間ドルが調達できることになります。なお、上記説明は仕組みをかなり単純化したものですので、現実には銀行の手数料を勘案する必要があります。

 この様な仕組みを利用してゴーン氏は自身の役員給与を円高水準で受け取ることを狙ったのだと考えます。ゴーン氏は自身がしばらくは日産自動車での役職に留まるということを確信し、ある程度長い期間、円高水準でドルを受け取る、すなわち、ドルベースの報酬を高く受け取る契約をしていたのでしょう。そのため、2008年9月に起こったリーマンショックで急激に円高に振れた際に、大きな評価損が出たのです。

 ゴーン氏の評価損は18億5千万円といわれていますが、どうしてその様な大損になったのかを検証してみます。

為替レートの変動>
2007年8月…117円
2008年8月…110円
2009年8月…93円
2010年8月…86円  
2011年8月…77円

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 2008年9月に発生したリーマンショツクで、契約時1$=117円であった為替レートは1$=77円まで円高になりました。もともと円安になると踏んで契約していましたが、1ドル当り117円-77円=40円の損失となりました。取引金額は200億円ですので、△68億円の評価損です。実質の損失金額=為替差損-証拠金-ヘッジ分+手数料となります。これを計算しますと、△18億5千万円となりました。

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 スワップは、現在価値が等しいものの交換ですので、金利が高いものと低いものとを交換する場合、金利の低いものは現在価値が高く、金利の高いものは現在価値が低く算出されます。米国の利上げにより日米の金利差が開けば開くほど、円高水準でのスワップ取引が可能となるということです。 ゴーン氏の報道は、クーポンスワップ取引についての警鐘を鳴らすと共に、クーポンスワップについてのメリットも思い出させてくれるかも知れません。皆さんはどう思われますか。



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