リーマンショックの真実(その5)…保険商品CDSを考案した男マイケルの話

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 2015年に製作された「マネーショート」という映画があります。これは米国で2008年に起こったリーマンショツクの裏側を描いた映画です。とても面白い映画でした。マイケル、マーク、ベン、ジャレドという4人の主人公が出て来ます。マイケルは小さなヘッジファンドのマネージャー、マークはベアスターンズ傘下のファンドマネージャー、ベンはゴールドマンサックスの元トレーダー、ジャレドはドイツ銀行の現役銀行員という設定です。

 リーマンショックの発端は、サブプライムローンと呼ばれる信用度の低い住宅ローンで、返済不能となった借り主が続出したことです。そのため、このローン債権をベースにした証券化商品(CDO:債務担保証券)が暴落し、証券を買った機関投資家の多くが大損失を被りました。
 
 この映画は、MBS(Mortgage Backed Security : 住宅ローン担保証券)市場の破綻を描いていて、この破綻を逸早く気付いたこれら4人の主人公達が不動産バブルを作り上げた張本人である投資銀行の詐欺まがいの行動に立ち向かい、空前の「空売り」を実行して大勝利を納めるという物語りです。今回から各人の戦略の詳細を追って行きます。

 ここで“投資銀行”について少し説明します。銀行となってはいますが、一般的なイメージの銀行ではありません。預金を集めたり、個人や企業向けに貸し出しや融資をしたり、といった業務はしません。どちらかというと証券会社に近いのですが、個人向けの株式の売買や投資信託の販売なども行いません。

 投資銀行業務は、主として法人に向けた専門的な金融サービスです。たとえば、会社が設備投資のための資金を必要としたとき、そのための環境をつくる。証券を発行し、一時的にそれをすべて買い取り、投資家に販売していくのも、そのひとつです。投資家はしかるべき期日になれば、利回りが受け取れる仕組み。投資銀行の存在によって、会社は証券を発行することで、資金が調達できるようになります。これを「引受業務」と呼びますが、買い取った証券に最適な値付けをし、上手に販売していくためには、知識や技術、ノウハウが必要となります。それを有しているのが、“投資銀行”なのです。日本の証券会社や銀行にも、この業務を展開しているところがたくさんあります。

 さて、映画の中での「空売り」は不動産市場ということで扱われています。元々は、公的な保証を有するMBSという「住宅ローン担保債権」でしたが、投資銀行が金儲けのために、このMBSをトランシェ構造AAA, AA, A, BBB, BB, B, …という様々なランクに分けて大量に扱い大儲けしたのです。最後には、低所得者層を対象としたサブプライムローンをも組み込んだCDOという商品にまで発展させました。

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 しかし、住宅バブルが顕在化し、サブプライムローンの債務者が破綻し始めました。当時のFRB議長のグリーンスパンも住宅市場は永遠に安定しているとまで公言しました。

 このMBS, MBSトランシェ、CDOには「空売り」の制度が備わっていなかつたので、この映画の主役たちは、CDSという保険商品を考え出したのです。要は、MBS, MBSトランシェ、CDOがある値以下に下落したら、保険金を支払ってもらうというものです。

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 さて映画のストーリーですが、始めに登場するのがマイケルです。彼は「サイオン」という小さなヘッジファンドマネージャーをやっています。2005年3月に年住宅の指数がおかしくなっていきたのを発見します。

 彼が目を付けたのはサブプライムローン債務者で、ローン資産価値比率95%(LTV) 30日遅延、60日遅延。期日返済といったデータでした。LTVローン資産価値比率とは資産価値に対する負債比率です。銀行が融資を行うときの担保比率で、レバレッジ高い低いの目安になります。LTV 110%というものまで出て来ました。すなわち、担保の価値より融資額の方が大きくなっていることを示しています。銀行は借り主が低所得者であるのを知りつつ、融資をしているのです。また信用度(FICO)にも注目しました。2006年、2007年は、この現象が顕著になってきたために、変動金利下での金利調整が行われています。

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 2005年の暮れから2006年の初めのある日、マイケルは大手投資銀行ゴールドマンサックスへ出向き、保険商品(CDS:クレジット・ディフォルト・スワップ)という保険を買いたいと申し出ます。市場の価格がある値以下に落ちれば保険金が支払われるというシステムです。不動産証券市場には、「空売り」という制度がなかったので、CDSという保険商品の提案を行なったのです。銀行側は誰も住宅市場が暴落するとは思ってもいませんので、簡単に保険は購入できました。しかし、価格が上昇する場合には、反対に月々の保険料を支払うリスクがあります。

 マイケルがゴールドマン・サックス等、投資銀行との間で取り交わした保険契約の条件は下記の内容です。

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(1) 保険契約額 合計 13億ドル(1,300億円)
・ゴールドマン・サックス…1億ドル(100億円)
・ドイツ銀行…2億ドル(200億円)
・カントリーワイド(住宅ローン大手で後日バンクオブアメリカに吸収)
・バンクオブアメリカ
・……
・保険契約額13億ドル(1,300億円)はサイオンの流動資産に相当する額です。このことは、マイケルが流動資産の大部分をCDS購入に充てていることになり、非常にリスキーな投資であることを意味しています。

(2) 空売りしたい6件のMBSが暴落した時に保険金が支払われる都度決裁の仕組みとします。但し、債券の価格が上昇する場合には毎月保険料を8,000万ドル~9,000万ドル(8千万~9千万円)を支払います。
・マイケルの運用資金は5億5,500万ドルなので、債券価格が上昇した時には保険料だけで、運用資金が6年で消える計算となります。
(5億5,500万ドル÷(8,500万ドル×12ケ月)=5.45年)

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(3) 5億5,500万ドルの資金で13億ドルのCDSを購入しているので、レバレッジは2.5倍と言えます。
・レバレッジをどのくらい掛けられるのかは、証拠金の額をすぐに準備できて、損失の際にはそれを賄う資金を持っているかどうかに掛かっています。また、マイケルのこのCDS購入は、マイケルが運営しているヘッジファンドに流動性懸念を引き起こしています。
・流動性懸念とは、資金需要が上向く中で、流動性逼迫(投資資金不足)が懸念されることです。

 マイケルがゴールドマンサックスに出掛けたのは2005年の暮れから2006年の初め頃で、リーマンショックは2008年の9月ですから、約3年程、苦しむことになりました。サブプライムローンの債務者の破綻が4%(8%で大暴落)程度に増えているのに、格付け評価はなかなかさがらず、CDOの価格も下がらなかったからです。その間、投資家から資金を返せと訴えられもしました。

 最終的には、2008年9月に金融破綻が起こる寸前のところで、13億ドル分(1,300億獲)のCDSはすべて売れました。マイケルの運用資金5億5,500万ドル(555億円)に対し、運用益は4億8,000万ドル(480億円)となりました。

 この辺の映画でのやりとりを紹介します。マイケルのポジションを理解する上で非常に役に立ちます。

G.S.銀行:「ディープです。お持ちのCDSの価値をご相談したくて。
マイケル:「つまりゴールドマンも身の保全を確保して … ようやくCDSの正当な価格を提示できると?」
G.S.銀行:「要領を得ませんが。」
マイケル:「そうかと思った。」
後日
マイケル:「金融破綻は間近だな。僕のCDSを売る。総額で13億ドルだ。ああ、待つよ。」

 マイケルのポジションをまとめてみます。マイケルは月々8,000~9,000万ドルの保険料を支払って、CDOの価格がある値以下にまで下落したら、13億ドルの保険金が支払われるという契約を投資銀行と結びました。そろそろ、実際に金融破綻が起きそうになると、マイケルのCDSを13億ドルで買いたいという投資家Aが現れます。この投資家Aは、13億ドルでこのCDSを買い、このCDSをもっと高い価格で買ってくれる別の投資家Bに、例えば20億ドルで売り捌くことになります。

 銀行としても、より高値で買ってくれる投資家が現れれば、そこへ転売した方が、より多くの手数料が入ってきます。銀行としては、金融破綻が起これば、保険金を支払う必要があるので、支払うまでにできるだけ多く転売をして、より多くの手数料を稼ぐのが良いと考えます。もちろん、保険金の引き当て処理は済ませてあります。

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 金融破綻が起こることを予想してCDOを空売り、すなわち、ここではCDSという保険商品を購入します。実際に金融破綻が起こってしまって、保険金を支払ってくれるはずの投資銀行が一緒に破産してしまったのでは、元も子もありません。金融破綻が起こる直前に、ひと儲けしたいという投資家が必ず現れるという読みと、CDSの売却価格設定の駆け引き、ここら辺の判断がマイケルの大きな掛けになります。

 今回のマイケルの運用益は運用資金とほぼ同額ですので、儲けは100%となり、その運用益は驚異的なものです。空売りの凄さが実感できますが皆さんどう思われますか。



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