中小企業診断士の経験則(その2)…社長になる人のための管理会計
1999年(平成11年)4月に工鉱業部門で中小企業診断士の資格を取得しました。私の専門分野が研究職でしたので、中小企業経営とは何かをいちから勉強しなければなりませんでした。経営に対する経験もないのに、果たし中小企業の社長に向けてアドバイスできるのかなという不安がいつもありました。どの様に自分をアピールするのか、試行錯誤の連続でした。
しかし、ある時次の様に考えるようという方針を立てました。それは、経営の基本的考え方、普遍の考え方はあるはずで、その中で自分の専門分野だけは誰にも負けないアドバイスをしようと、考えました。骨格の部分は普遍でも専門のところはオンリーワンで行くという方針です。
その結果、経営の基本骨格を作り上げました。今回紹介するのは、基本の骨格です。但し、自分の専門分野を活かせる部分を幾つか準備してあります。
順に説明して行きますが、特に有効なものは、事業企画書と設備の経済性評価、簡易財務診断です。特に、1枚企画書の作成は得意なものとなりました。何枚作成したかかなりの枚数になります。若い社長さんをその気にさせるには、具体的で簡潔な企画書が一番であることを知りました。1枚企画書は別途説明します。
1. まず原価ありき
会社はヒト、モノ、カネ、情報を使って製品やサービスを提供しています。従って、原価を計算するということは、そういうモノとか情報の流れを追いかけることを意味します。そのためには、常日頃から貸借対照表(B/S), 損益計算書(P?L), キャッシュフロー表(C/F)を駆使できるようにしなければなりません。これらの扱い方については別途解説します。
2. 収益・コストを理する
収益・コストを管理するには、損益分岐点の考えを理解する必要があります。損益分岐点とは、限界利益(売上高-変動費)で固定費が回収されて、丁度損益がゼロとなった点のことです。損益分岐点の考え方は、設備投資が大きくなり、組織が大きくなって、固定費が急激に増加した会社において、固定費吸収戦略として、経営管理の重要な道具として登場したのです。これに関しても別途解説します。
これらの問題がわかることによって、経営の戦略を描くことができるようになります。具体的には、
(1) 売上高を伸ばすには、売上数量の増加と売値の引き上げ
(2) 変動費の削減には、単位当たり原料の消費数量の減少と購入単価の削減
(3) 固定費の削減には、経費削減、仕事の見直し、アウトソーシング
が考えられます。
3. 損か得かを考える
損か得かを考えるとは、例えば赤字製品をやるかどうか、スポット輸出に応じるかどうか、どういう製品から順に売り捌いて行くのか、ピザをひとつ落とした時の損失は、などを判断する方法のことです。
(1) 赤字製品を止めるかどうかの判断の仕方…B製品は最終損益は赤字でしたが、限界利益はプラスでした。従って、固定費がそのままであれば、B製品の販売を止めると全体の赤字は増えるので、止めない方が良い。これが正解です。
(2) スポット輸出に応じるべきかどうかの判断の仕方…売値がかなり低く設定されたスポットの商談は良くある話です。限界利益がプラスであれば、余っている設備を有効活用するという観点から受けて良いと判断されます。
(3) 最適プロダクトミックスの判断の仕方…販売能力がネックの場合、限界利益の大きい製品から売って行きます。生産能力がネックの場合、単位当たりの限界利益の大きいものから順番に製造して行きます。
(4) ピザをひとつ落とした損失は…手余り状態の時は、1枚分の売上高は変動費のみとなります。手詰まり状態の時は、1枚分の売上高が損失となります。
(5) 自社製かアウトソーシングかの判断…一般には自社製の際の変動費と外注費を比べて、低い方を選びます。しかし、経営戦略が関わってくるため難しい問題です。
(6) 既に支払ったソフト代の判断は
・埋没原価…既に支払ってしまった費用、被ってしまった損で、いまとなっては取返しのつかないコスト。将来の問題を検討するときに、こだわっても仕方がにないコストのこと。
・機会損失…実際に発生したコストではなくて、もし別のやり方でやれば払わずに済んだコストのこと。
4. 事業部損失をマネージする
事業部損益を考える場合には、貢献利益を計算します。貢献利益とは、事業部の売上高から事業部で管理可能な費用のみ控除した利益をいいます。この利益は、各事業部が全体の利益にどの程度貢献したかを表しています。
5. 経営戦略を考える
ここではキャッシュフロー経営を勧めている訳で、手続きとしてはフリー・キャッシュフローを計算して、企業価値を評価することになります。この方法は、1996年にプライスウォーターハウスコンサルタント社が発表した方法です。
具体的には、借金をせずに営業キャッシュアローの範囲内で設備投資を行うということになります。
6. 設備投資の採算性を考える
ROI(Return On Investment)とは、投下資本利益率法のことです。投資が生み出す利益を投下資本で割って利益率を算出します。回収期間法は、初期投資額をキャッシュフロー(利益+減価償却費-税金)で割って求めます。これも別途解説します。
7. 経営は勘と度胸と数字です。
必要なのは、コンピュータ計算するような精密な数字ではなく、経営の基本的な構造式としての数字です。これはきちんと押さえるべきです。そういう意味では、経営にとって数字は大事なものです。
理想は、市場調査をやり、キャッシュフローを分析し、ちゃんと予算をつくることです。研究開発のような不確実なものも厳密なDCF法で投資収益率を算出します。客観性を期すために数字をふんだん使った計算書を作成します。経営は経験と勘と度胸といわれますが、これはそういう意味です。大事なことは、社長なりの経験や勘を組織的な共有財産にして行くことだと思います。そのためには、経営の中心に関係する人々は、概念化能力と分析能力を養って行く努力が大切です。それはまた管理会計の目指すものに向って行くことになります。
社長としてその役割を果たすためには、バランス感覚が必要だとよく言われます。今回紹介しました社長になる人が備えておくべき管理会計を見てみますと、その意味が理解できる気がしますが、皆さんはどう思われますか。