コーヒーブレーク…女性神の象徴である五芒星とは

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 ダン・ブラウン著の「ダ・ビンチコード」(2004年)という本があります。これはキリスト教聖杯伝説を取り上げたものです。冒頭、ルーブル美術館長ジャック・ソニエールが殺される際に、全身を使ってダ・ビンチの最も有名な人体図を模した形で横たわり、胸には五芒星の印を刻み、フィボナッチ数列とダイイングメッセージを残しました。

 小説の中ではフィボナッチ数列はダイイングメッセージを解きほどく役割をしていると同時に、ダ・ビンチとの関わりが強いという意味がありました。また、五芒星は女性の神性を示す印であり、これかダ・ビンチの描いた最後の晩餐の絵に繋がっていきます。更に、その絵からキリストの妻だと言われているマグダラのマリアに、そしてイエスの娘サラへと展開し、このサラを守護するシオン修道会、更にはテンプル騎士団へと繋がって行きます。

 今回は、死体の胸に刻まれていた五芒星の意味について考えてみます。

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 死体の胸に刻まれていた五芒星についてですが、五芒星と呼ばれる記号は、できあがる線分同士の比が黄金比と一致します。そのため、このしるしは神聖比率の表現だと言えます。だから、古代より五芒星は女神や聖なる女性と関係づけられ、美と完全性の象徴であり続けました。



 五芒星が象徴するのはヴィーナスです。原始の宗教は、自然の摂理の神聖さに基づいていましたが、女神ヴィーナスと金星(Venus)は一体だったわけです。金星は、地球より太陽に近い側にある「内惑星」で、外惑星のように夜半の空に輝くことはありませんが、夜明け前の東空や日暮れ後の西空にかなり高く、たいへん明るく見えますので、「明けの明星」「宵の明星」として、天空の星のなかでも目立つ存在です。古代より、西アジアやヨーロッパでは美しい輝きのためか女神とされてきました。

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 金星は太陽から2番目に近い惑星で地球よりも内側を周っています。これにより、金星は地球から見て太陽とかぶることがあります。これを「金星の太陽面通過」と呼びます。太陽面通過は約1.6年周期で起こり、この周期のことを会合周期と呼びます。つまり金星は8年間で5回の太陽面通過をすることになります。そして、金星が太陽面通過をしているときの地球を直線で結ぶと、美しい五芒星を描きます。

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 このように五芒星の図形そのものも金星に由来しているわけですが、驚かされるのは、古代人もこの現象に気付いたということです。それゆえ金星とその五芒星は完璧さ、美しさ、そして性愛のもたらす循環の象徴となりました。ギリシャ人は金星の魔法に敬意を表し、その8年の周期の半分を基準としてオリンピア競技会の開催時期を決めました。現代のオリンピックがなおもそれに従って、4年ごとに開催されていると知る人は少ないようです。ましてや、オリンピックの公式マークが五芒星に決まりかけていたことはほとんど知られていません。大会の精神である統合と調和のメッセージをより強く打ち出すために、土壇場になって五つの組み輪に変えられたそうです。

 五芒星の場合は、初期のローマ・カトリック教会によって意味を大きく変容されました。異教を根絶やしにして、大衆をキリスト教へ改宗させる作戦の一環として、教会は異教の神々を徹底的に冒瀆し、神聖な象徴を邪悪なものに変えたのです。混迷の時代には、新興勢力が既存の象徴を奪い、それを長期間貶めてもとの意味を消し去ろうとすることはよくあります。異教の象徴とキリスト教の象徴の戦いでは、異教が敗れました。そして、金星の五芒星は悪魔のしるしになったのです。

 アメリカ軍も五芒星の使い方を誤りました。いまでは戦争の象徴の最たるものです。どの戦闘機にも描かれていますし、どの将官の肩にもついています。愛と美の女神はどこへ行ったのでしょうか。

 さて、レオナルド・ダ・ビンチは間違いなく、古代の女神にまつわるものに心を奪われていました。彼が描いた壁画の「最後の晩餐」は、聖なる女性を賛美した驚嘆すべき作品です。

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 小説「ダ・ビンチコード」では、筆者は「最後の晩餐」の絵が持つ意味を下記の様に解釈してみせます。絵の中で、中央のイエスキリストの左隣の人物は、通常はヨハネと言われていますが、実はキリストの妻、マグダラのマリアであると解釈しています。そうなると性愛と美の女神を象徴する五芒星が意味を持ってきます。死者は五芒星を胸に刻むことにより、レオナルド・ダビンチの最後の晩餐を読者に思い出させ、さらにその絵からマグダラのマリアに行き着かせることを狙ったのです。

 絵の解釈を紹介します。イエスとその妻は、腰のあたりで接しているらしいにもかかわらず、上半身を遠ざけ合っています。あたかも2人の間に、無意味な空間を切り取りたいかのように描かれています。そこには聖杯や女性の子宮を表す記号そのものが見て取ります。

 また、イエスとマグダラのマリアを、人物というより、あるものを構成する一部として見れば、別の形がはっきりと浮かび上がってきます。絵の中央に鮮やかに現れるのは、巨大なMの字です。陰謀マニアは、このMが結婚かマグダラのマリアを表していると言います。確実なのは、聖杯を扱った数かぎりない作品に、このMの字が隠されていることです。透かし模様や、下塗りや、さりげない構図のなかに多く認められています。

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 小説の中では聖杯についても次の様な解釈がなされています。聖杯とは、忘れ去られた女神の象徴です。キリスト教が栄え続けたといっても、古代の異教がやすやすと滅びたわけではありません。失われた聖杯を探す騎士たちの伝説は、実のところ、失われた聖なる女性を追い求める、禁じられた探索の物語です。騎士が「聖杯を探す」と語るのは、隠語を用いることで教会の弾圧から身を守るためです。教会は女性を隷属させ、女神を追放し、屈しない者を火刑に処し、聖なる女性を崇める異教を弾圧してきました。

 聖杯伝説とは、王家の血の伝説です。聖杯伝説が「キリストの血を受けた杯」について語る時、それが指しているのは、マグダラのマリア、すなわちイエスの聖なる血脈を宿した子宮なのです。

 五芒星から始まって、レオナルド・ダビンチの「最後の晩餐」の絵が出てきて、その絵の中マグダラのマリアを登場させ、さらには聖杯伝説を導き出す、実に面白いストーリー展開ですが、皆さんはどう思われますか。



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