コーヒーブレイク…日本天皇は神の末裔か

 日本の古い歴史書として、古事記(712年)や日本書紀(720年)が良く知られています。これらは共に、天武天皇の命によって編纂された書物です。古事記は、神の出現や人と神との出会いや天皇が国を治める理由や経緯が「物語り風」に書かれています。一方、日本書記は、歴代の天皇が世を統治する根拠を正式文書として、代々天皇家で伝えられてきたもので、「教科書的」なものです。古事記は、後の1798年(江戸時代)に本居宣長が「古事記伝」という解り易い本として出しました。

 古事記によれば、初代神武天皇は、アメノオシホミミノ命(アマテラス大御神の息子=ニニギノ命の父親)の四代後の子孫となっています。従って、初代神武天皇はアマテラス大御神の子孫となります。今回はその歴史を振り返ります。由良弥生著「眠れないほど面白い古事記」を参照しています。

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1. 「神々の誕生」

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 日本の場合、八百万の神々が登場します。「神々の誕生」について、次の様に記されています。最初は、天と地は分かれておらず、混じり合っている状態が無限に広がっていました。やがて、天と地が分かれた時、天のとても高い処に高天原と呼ばれる天上界に、次々と神が立ち現れました。これらは三柱の神として特別扱いされています。最初に立ち現れた神は、天の中央にあって天地を主宰する天之御中主神(アメノミナカヌシノ神)。次に立ち現れたのは、天上界の創造神である高御産巣日神(タカミムスヒノ神)と地上界の創造神である神産巣日神(カムムスヒノ神)です。この三柱の神々は、性別のない単独の神(独り神)で、姿を見せることはありませんでした。

2. 「日本の国の誕生」

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 また、「日本の国の誕生」については、次の様に書かれています。三柱の神々の後に二柱の神々が現れ、以上五柱の神々は独り神でした。やがて、男女一対の神々が五組現われ、そして最後に立ち現れた一組が、男神のイザナキノ神と女神のイザナミノ神です。この2人が神聖な矛を持って、天と地を結ぶ天の浮橋(アメノウキハシ)という架け橋の上に立ち、天つ神から授けられた矛を刺し下ろして、脂の様にドロドロと漂っている地上を掻き回しました。矛を引き上げると、矛の先から滴るドロドロとした塩が積り、それが見る間に凝り固まって島となりました。この島が自凝島(オノゴロ島)で、この島を拠点にイザナキ、イザナミの2人は国造りを開始します。まず、淡路島、次に四国、次に隠岐島、次に九州、次に壱岐島、次に対馬、次に佐渡島、そして最後に本州、数えて八つです。このため日本の国を大八島と呼びます。

 この後もイザナミは、様々な神、八百万(ヤオヨロズ)の神々を生み始めますが、火の神を生んだ時に大火傷をし、遂に黄泉の国(ヨミノ国)へ旅たちます。イザナキノ神は、絶望的な悲しみのあまり、イザナミをこの世に連れ戻したいと考え、死者の棲む黄泉の国へ降りて行きます。

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 イザナキは黄泉の国でイザナミの恐ろしい姿を見ます。それは、体の腐れはてたイザナミで腐臭を放っていました。体中に無数の蛆がたかり、ごろごろと薄気味悪い音を立てています。よく見ると、頭や胸、腹や手足、それに陰部などに都合八匹もの魔物(雷神)がへばりついていました。このこともあり、イザナキは妻との決別を決意します。



3. 「アマテラスとスサノオ…姉と弟の確執」

 黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)の中ほどの上り口でイザナミノ神を振り切って地上に戻ったイザナキノ神は、多くの神々を創りました。最後に目と鼻を洗いましたが、左の目を洗うと、アマテラス大御神が、右の目を洗うとツクヨミノ命が、鼻を洗うとタケハヤスサノオノ命が生まれます。タケハヤとは勇猛迅速の意です。アマテラスは太陽の神であり、女神。ツクヨミは月の神で、男神。スサノオは荒々しい性格の神で、男神です。3人の役割は、アマテラスが昼の世界を治め、ツクヨミは夜の世界を、スサノオには、海原を治める様に命じました。

 スサノオは母のいる根の堅州国(ネノカタスクニ)に行きたいと訴えますが、父のイザナキ神に叱られ、スサノオの所業はこれを機に荒々しくなって行きました。

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 荒ぶる神スサノオの荒々しい仕業を見て、もはやアマテラスはどうしていいか分からなくなりました。すっかり恐ろしくなり、ついに天の岩屋戸を開くと、その中に身を隠しました。そして戸を閉ざし、決して姿を現そうとはしませんでした。日の神であるアマテラス大御神がみずからその身を隠してしまったので、高天原(天上界)も葦原の中つ国(地上界)も暗闇に包まれ、とめどなく日の光のない夜だけが続くことになりました。

 この深刻な事態に高天原の神々は、天上にある安の河の河原に参集し協議を始めます。岩屋の中からアマテラス大御神を引き出すことに成功した神々は、アマテラスを嘆き悲しませ、岩屋の中に閉じこもらせたのは、弟のスサノオノ命の非道な行いが元凶だ、処罰しようということになりました。追放されたスサノオは地上に逃れてきて、出雲の国(島根県)の肥の河の上流に降り立ちました。

4. 「スサノオとクシナダヒメ」

 高天原を追放されて地上に降りたスサノオは、まず最初にヤマタノオロチを退治して餌食を免れたクシナダヒメを娶りました。スサノオはクシナダヒメと出会ったとたん、かつての利かん気で凶暴な男から一変、ひとかどの人物となりました。姉のアマテラス大御神に太刀を献上したことで対立もなくなり、自信もつきました。夫婦の交わりに精を出し、クシナダヒメとの間に1人、別の娘との間に2人の子をもうけました。このあと、スサノオはかつての望み通り、母の国を訪ねて根の堅州国(ネノカタスク)にへ赴くのでした。

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5. 「国つ神・オオナムチの誕生」

 スサノオノ命がクシナダヒメとの間にもうけた1人、ヤシマジスミノ神の五代あとの孫として、すなわちスサノオの六代あとの孫として誕生するのがオオナムチノ神です。オオナムチは、のちに「大いなる国の主」というオオクニヌシノ神と呼ばれるようになります。

 オオムチナには大勢の異母兄弟がおり、彼らを八十神(ヤソガミ)といいました。オオムチナは末っ子でいつも兄たちにこき使われていました。

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 そんなある日、皆で因幡にいるヤカミヒメの所へ出掛けます。その途中に、気多の岬に至ったとき、海辺に一頭の兎がぐったり横たわっていました。聞けば、海に住む鰐鮫(ワニザメ)を騙したため、皮を剥がされたのでした。オオムチナは兎を助けたお礼に、予言をするのでした。

「あなたの兄弟たちは誰も因幡のヤカミヒメを手に入れるなんてことできません。荷物運びをしているあなたこそ、ヤカミヒメを娶る人です」。この兎の予言は見事に的中するのですが、事はすんなりとは運びませんでした。

 八十神(ヤソガミ)たちにねたまれて、二度も殺されかかるという悲劇に見舞われたオオナムチノ神は、ついにスサノオノ命が支配する根の堅州国(ネノカタスクニ)に逃げ込みました。その日、黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)という地上と黄泉の国との境にある坂を下っていると、スサノオの娘、スセリビメと出会い、すぐに意気投合し、夫婦の誓いを交わしました。

 スサノオは年頃の娘の心も奪ったオオナムチノ神を憎んだが、色々試すうちに見所があるとわかり、許すしかありませんでした。こうして根の堅州国から地上へ逃げ切ったオオナムチは、岳父スサノオに命じられた通りに、八十神を残らず打ち倒し、オオクニヌシノ神を名乗って国つ神、すなわち国土に土着する神として君臨することになります。

6. 「出雲国の統治作戦と身内の不祥事」

 オオモノヌシノ神の出現とその協力で、地上は出雲国を中心として大いに栄え、オオクニヌシノ神は安堵します。一方、オオクニヌシによる地上界の国づくりを高天原からじっと観察していたアマテラス大御神は、はじめの頃はその発展を喜びました。オオクニヌシはアマテラスの弟スサノオノ命の娘婿でもあるからです。けれどもふと、アマテラスにこんな疑義が生じます。「そもそも、あそこは父母のイザナキ・イザナミノ神のお二人がつくったものではないか。末永く発展させるためには、国つ神より、天つ神による統治こそが望ましいのではなかろうか。豊かな水穂の実国である水穂国こそは、私の子であるアメノオシホミミノ命が治めるべきである」との考えに至ります。

 地上への四度目の派遣はタケミカヅチと決まりました。タケミカヅチノオノ神は猛々しい雷神であり、刀剣の神です。国つ神のオオクニヌシ一家は完敗、タケミカヅチは国譲りを成功させました。このときオオクニヌシの住まいとしてつくられた社が、出雲大社のよってできた源です。

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 任務を完遂したタケミカヅチノオノ神は、さっそく高天原に帰ると、葦原の中つ国を平定し帰順させた経緯を報告しました。その報告を受けたアマテラス大御神はとても喜びました。アマテラスは平定した出雲国の統治司令官に可愛い我が子、アメノオシホミミノ命を任命しました。けれども息子のアメノオシホミミはこう答えます。「じつは私が天下りの支度をしている間に子どもが生まれましたので、その子ニニギノ命を、葦原の中つ国に行かせましょう」。こうして生まれたての、生命力にあふれたニニギの降臨が決まりました。

7. 「日向の宮づくり」

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 ニニギを統治司令官とする天孫の面々は高天原から地上へと向かいました。降り立ったそこは、筑紫の東、日向の高千穂の峰でした。ニニギノ命は朝日の射す国、夕日の照る国の笠沙の岬で、1人の乙女にコノハナサクヤヒメに出会います。

 父親のオオヤマツミノ神は、コノハナサクヤビメと姉のイワナガヒメの二人をニニギに差し出しました。しかし、ニニギはイワナガヒメを送り返します。これに対し、父親のオオヤマツミノ神は、コノハナサクヤビメ1人をお留めになりましたから、天つ神の御子の寿命は木のようにはかないことでしょうと嘆きました。そして、このことで人の寿命が決まったと言われています。

 コノハナサクヤビメは3人の子をもうけますが、ホデリは、海の幸を漁る海幸彦となり、ホオリは山の幸を求める山幸彦となります。

8. 「兄弟争いと神武の誕生」

 海幸彦と山幸彦の兄弟争いが起きますが、最終的には兄の海幸彦が弟の山幸彦に許しを乞い、その配下として山幸彦を護衛する事になります。

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 山幸彦はワタツミノ神の娘トヨタマビメとの間にウガヤフキアエズノ命をもうけます。このウガヤフキアエズノ命は、長ずるに及んで自分を養育してくれた母の妹、すなわち叔母のタマヨリビメと契りを結び、彼女を妻とします。そして、タマヨリビメはウガヤフキアエズノ命との間に4人の男神をもうけました。その末っ子の四男、カムヤマトイワレビコノ命が、のちになって神武天皇と呼ばれ、初代天皇となります。

 つまり、神武天皇はアマテラス大御神の息子、ニニギノ命の父親の四代後の子孫です。

 地上には最初スサノオノ命が出雲に降臨し、その子孫のオオクニヌシノ命が地上界を支配しました、後にアマテラス大御神の四代後の子孫が日向に降臨し、地上界を支配します。神武天皇は古事記によればアマテラス大御神の子孫となるわけです。皆さんどう思われますか。



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