孫正義の投資戦略(その3)…エリオットによるSBGへのLBO仕掛け

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 2020年3月日経新聞の記事として、米エリオット社がソフトバンクGを対象にLBOを検討していることが報道されました。これに関する部分の記事は下記となります。

 『「たった半日限りだったが協議があったようだ。」事情を知る関係者によると、先週末(2020.3.19)、SBG経営陣とエリオットの間でLBO(借り入れで資金量を増やした買収)によるSBGの非上場化について話し合う機会もあったという。』

 LBOとは、Leveraged Buyoutの略称であり、企業買収、つまりM&Aの手法の1つです。LBOの最大の特徴は、自己資産を抑えながら企業買収ができる点にあります。いうなれば、投資資金を少なく見せながら利益を大きくすることができるため、LBOはローリスク・ハイリターンでできるM&Aの手法だと言われています。LBOは少ない投資で大きなリターンを得る手法で、てこの原理になぞらえて表現しているLBOはかなり大掛かりなスキームを組むものであり、そのプロセスは複雑なものとなります。

 基本的にLBOは投資のために使用されることが多いのですが、中には新しい事業の分野に進出するために使用されたケースがあります。日本でLBOが使用されたケースとして代表的なものは、2005年に起ったライブドアのニッポン放送買収が、2006年のソフトバンクのボーダフォン買収といったものがあります。このLBOは、1960年代にKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)の創立者の1人であるコールバーグによって開発されたと言われています。1980年代に入ってしだいに普及し、1988年のKKRによる同手法を使ったRJRナビスコの買収によって世界的に注目を浴びるようになりました。

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-LBOの仕組み

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 LBOの仕組みの特徴は、「買収対象の企業のキャッシュフローや生産を担保にして借入を行なう」という点にあります。LBOは買取を行う企業ではなく、買収の対象となっている企業が自身のキャッシュや資産を担保にした上で、金融機関から資金を借り入れ、それを元手に買収を行なうことになっています。

 通常M&Aは、買収する企業が銀行から借り入れを行うものですが、LBOはその逆で買収される企業が銀行から借入ることになります。そのため、LBOであれば資本が少ない企業でも、自分より大きな企業の買収も可能になるわけです。小さい力で大きなものを動かせるという点が、まさにてこの原理のように見えます。もちろん買収対象となる企業が借り入れを行なうため、その返済は買収対象の企業が請負うことになります。

 そんなLBOですが、一見すると非効率な企業買収のように見えるかも知れません。企業買収を伴うなら自己資本のみで行うことがベターであるからです。しかし、LBOはあえて資金を借り入れた上でより大きなリターンを望める企業を買収するため、借入の返済を考慮してもプラスのリターンになることが多くなっています。そのため自己資本の少ない企業にとってLBOは有効的な手段になるというわけです。

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-LBOのスキーム

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➀ SPCの設立
② 借入などの資本作り
③ 買収の実行
④ SPCと買収対象の企業の合併
⑤ 借入の返済

以下、1つずつ順番に見て行きます。



-SPCの設立

 LBOを行なう際は、買収を行なう企業の受け皿となるSPC(特別目的会社)を設立することから始まります。SPCの目的は、買収対象となっている企業の株式の買い取りです。買収対象となつている企業は、SPCから対価として現金を受け取り、株式を売却し、SPCに株主を移して行くわけです。

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-借入などの資金作り

 さらに買収のための資金作りのための借入を行なって行きます。買収対象となっている企業のキャッシュフローや資産を調査した後、それらを担保にして銀行から資金を借り入れます。この調査は入念に行っておくことが重要です。そもそも金融機関は融資を行う際に、企業の返済能力を何よりも注目しています。この段階で将来的なキャッシュフローや資産に不安があるような企業は、LBOができなくなる可能性が高いため、なるべくキャッシュフローや資産に高い価値が見出せる企業を買収対象にした方がいいでしょう。他にも借入を行うだけでなく、社債を発行したり、自己資金を投入するなどして資金を作ることもあります。この資金作りは買収対象企業のキャッシュフローや資産価値が高ければ高い程順調に進みます。この際、なるべく借入する金額を増やし、自己資金を減らしておくことが好ましいと言えます。

-買収の実行

 資金が集まり次第買収を実行していきます。LBOにおいては集めた資金を使って株式を取得して行くことになりますが、この際株式の100%まで取得する必要があります。LBOで最大のリターンを得るには、経営権を完全に掌握できるように株式の保有率を100%にしておくことが重要だからです。

-SPCと買収対象の企業の合併

 買収対象企業の買収が完了次第、SPCと株式対象企業の合併を行ないます。この目的は、買収対象企業を非上場企業に変えることです。買収対象企業を非上場企業に変える目的は、他の会社がM&Aに参入して来ることを防ぐためです。合併が完了すれば、その後は買収した企業が自由に経営改善などを行い、リターンを獲得して行きます。

-借入の返済

 LBOは買収対象となった企業が借入を行なうため、買収が終了次第、返済を行なって行きます。返済は買収した後に得られたキャッシュや不要な資産を売却することを行なって行きますが、買収後に経営改善などを行うことで、経営状態を良化させて行けば、返済は滞りなく進めることができるでしょう。

-LBOのメリットとデメリット

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(1) LBOのメリット
① 投資額を抑えて大きなリターンを得られる可能性がある

 LBOの最大のメリットは投資額を抑えつつ、大きなリターンを得られる可能性があるという点です。LBOは買収対象となる企業に借入を行なってもらうため、返済は買収対象となる企業が負うことになります。M&Aを行なう際にかかる負担を軽減できる上、資本が小さい企業でも大規模なM&Aが行えるようになります。加えて買収後に事業を展開する場合、経営改善などが順調に進めばキャッシュフローが高まり、リターンが大きくなります。たとえ融資の利息分の返済を考慮した上でも、借入をしてLBOを行なった方がリターンが高くなるケースもあります。ローリスク・ハイリターンを求めるならLBOはうってつけだと言えるでしょう。

② 節税効果が期待できる

 LBOは一定の節税効果が期待できる点もメリットの1つです。LBOは多くの借り入れを行なった上で買収をする手法であるため、買収後は利息の返済を行なうことになります。この際、利息の返済は損金として算入することができるため、所得から差し引くことで節税効果が得られるようになります。この節税効果が発生するのは、借入を債務として背負うことになる買収対象となる企業です。

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(2) LBOのデメリット
① 経営改善が失敗すればリターンを得られない

 投資ではなく事業を継続するためにLBOを行なった場合、経営改善が失敗すればリターンを得られない点がLBOのデメリットだと言えます。LBOは買収を行なった後にキャッシュフローが高まり、収益性がアップすることを前提にしているM&Aの手法です。そのため万が一経営改善が失敗するようになれば、想定していたリターンを得ることはできなくなります。もちろんそういった事態にならないように、LBOのスキームには買収対象企業の資産やキャッシュフローなどを調査するプロセスはありますが、経営改善は必ずしも思ったように上手く行かなくなる可能性は十分にあります。この点を踏まえ、売り手の会社選びには注意が必要となります。

② 借入の金利が高くなる

 LBOのために借入を行なう場合、LBOローンを使うことになりますが、このLBOローンは総じて金利が高くなっている傾向があります。LBOローンには買収資金のためのタームローンと運転資金のためのコミットメントローンの2種類がありますが、それぞれ一般的なローンよりも金利は高目に設定されています。LBOローンは金融機関も一部のリスクを背負うことになるため、その分金利を高く設定してくるものです。さらに、LBOローンを申請する際には、弁護士の協力が必要であり、その際の報酬やローン契約書の作成の費用、融資の手数料も全て負担することになります。そもそもその負担は買収する企業が背負うことになる点に注意が必要です。さらにコミットメントローンであれば、返済の過程で利息だけでなくコミットメントフィーを支払わなければなりません。コミットメントフィーは未使用枠に対して一定の料率で発生するものであり、一定金額の融資を行うことへの約束に対して発生する費用です。これも利息と一緒に支払っていかなければならないため、返済の負担はますます増えていきます。LBOは良くも悪くもコストが高くなるものであり、節税効果が期待できたとしても、負担それ自体は大きいものであることを念頭に置いておく必要があります。

③ 制約・条件が発生する

 LBOを行なうと金融機関から制約・条件が発生することもデメリットとして挙げられます。LBOは金融機関も一部のリスクを背負うことになるため、貸し付けた企業に対して経営上必要な事項の報告を求めたり、監査が完了している決算書などの重要書類を提出させることがあります。また、金融機関によってはEBITDA目標値を設定して来ることもあるため、経営の自由度が下がってしまう可能性があります。経営の自由度が下がると、思ったような経営改善ができなくなり、リターンの回収に支障をきたす恐れがあります。また、経営環境の変化や競合他社との競争フレキシブルな対応ができなくなり、業績や収益力の低下にも繋がってしまう恐れがあるので注意が必要です。

 *EBITDAとは、Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortizationの略で、税引前利益に支払利息、減価償却を加えて算出される利益をさします。国際的企業あるいは設備投資が多く減価償却負担の高い企業などの収益力を比較・分析する際に用いられます。

-LBOの成功事例・失敗事例

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(1) LBOの成功事例

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 LBOの成功事例としてやはり代表的なのは2006年のソフトバンクがLBOを用いて行ったボーダフォン日本法人の買収です。ソフトバンクは1兆7000億円という破格の金額でボーダフォン日本法人を買収しましたが、そのうちの1兆円はLBOで調達した資金でした。1兆円という大金を調達した以上、ソフトバンクが背負った有利子負債は莫大な金額になっていますが、ソフトバンクは買収したボーダフォン日本法人を足掛かりに携帯電話市場へ進出しました。ボーダフォン日本法人が持っていた設備を活用しつつ、iPhoneの発売や斬新な料金プランの設定などで市場を席巻し、ソフトバンクの更なる成長を実現しました。ソフトバンクのLBOはスケールこそ大きいですが、LBOの有用性を示す事例として参考になるものだと言えます。

(2) LBOの失敗事例

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 LBOの失敗事例として挙げられるのがダイセンホールディングと大手ゼネコンのさとうベネックのLBOです。ダイセンホールディングスはネクスト・キャピタル・パートナーズという会社を仲介にし、投資会社のSBIキャピタルから資金を得てLBOを実践しましたが、結果的に失敗し、さとうベネックは黒字倒産をしてしまいました。原因としては、さとうベネックにLBOで得た融資を返済できるだけの資金力がなく、他の金融機関から貸し渋られたことが挙げられます。この事例はLBOのリスクを象徴していると言っても過言ではありません。LBOは一定以上のキャッシュフローや資産を持つ企業が買収対象でなければ成立しない手法ですが、金融機関が融資目的で進めたり、ファンドが転売目的で実体を正確に伝えないままLBOを勧めるケースは少なくありません。確かにLBOは資金力が少なくても企業買収ができる手法ですが、経営改善に失敗すればリターンを得られなくなります。買収対象企業の内情をしっかり把握しておく必要があります。

 LBOによって巨額の借金をしても、支払った利息は会社の費用になり、その分会社が納める税金を安くすることができます。すなわち、LBOは支払利息の損金算入制度というタックス・メリットを徹底的に利用した手法であるといえますが、皆さんどう思われますか。



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