孫正義の投資戦略(その8)…事業家の顔と投資家の顔を持つSBG孫会長

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 SBGの孫会長は、これまで事業家としての手腕を発揮して業容を拡大してきましたが、最近では「投資家」としての顔が前面に出てきていると言われます。この投資家としての顔では、事業で上手く行かなかった部分をファンド組成という投資活動で補う形で展開しているようで、どうもリスキーに見えて仕方がありません。そこで今回は、事業家としての戦略に何が起きているかを追ってみました。

 下図は、これまでのSBGの歴史的経緯を示したものです。

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 孫氏の事業家としての手腕に影が出てきたのは、2013年の1兆8000億円を投資してアメリカのスプリントを買収した辺りだと言われています。結局、スプリントの経営状況が上向かなかったため、アメリカ第3位の携帯電話会社Tモバイルにスプリントを売却することを決めました。一時、「スプリントを世界一の携帯電話会社にする」と公約していましたが、この公約は過去のものとなりました。

 さらに、2016年にはイギリスのアーム買収に3兆3000億円使いましたが、これも2020年にはエヌビディアへのアーム売却を決めています。スマホの半導体設計で約9割のシェアを持つアームは、孫氏が掲げる人工知能(AI)を駆使した成長戦略を担うとみられてきました。しかし、これもコロナ禍問題でもう一つ活気がなくなりました。どうも事業家としての手腕には影が差しているのが分かります。

 2020年9月15日の日経新聞に、SBGの英アーム売却の記事が載りました。概要は以下の通りです。

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 SBGはアームを巡り、2年後の新規株式公開(IPO)を検討してきました。だが目の前のエヌビディアの提案に一気に傾きました。SBGは有利な条件でのアーム売却を、会社を取り巻く閉塞感の打破につなげたいと考えたようです。これにより、2016年のアーム買収以降、進めてきた「AI革命」の構想は停滞色を強めています。

 孫氏にとって、アーム売却を巡るエヌビディアの提案は「渡りに船」でした。2020年7月から始まった交渉は円滑に進み、高値で売れただけでなく、エヌビディアに出資する形でまとまりました。エヌビディアがアームを傘下に置けば、半導体で成長余地の大きい人工知能(AI)計算向けの一大勢力になります。2社連合の大株主になることにSBGは魅力を感じたようです。最終的にエヌビディアに最大4.2兆円で売却することになり、計算上は1兆円近いキャピタルゲインになります。

 交渉が本格化する直前には、中国合弁会社アーム・チャイナの「反乱」も表面化しました。アーム・チャイナには中国系政府ファンドなどの企業連合が51%を出資しています。6月、英本社が「不適切な行為が確認された」としてアーム・チャイナのトップの解任を発表し、中国側が否定する事態が起きました。「中国側が独断で技術を開発しているのではないか」との指摘もあり、SBGも英・アーム側は制御不能とみていた節があります。投資会社に徹するSBGにとって、地政学リスクと向き合いながらアームを成長させるのは大きな負担になったはずです。

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 「私が創り出した、まったく新しい仕組み」、と孫氏がこう自画自賛したビジョン・ファンドの方ですが、世界の投資家から資金を集めて、AI関連の有望ベンチャーに投資し、成長を加速させる「AI革命」をビジョンとして掲げてきました。ところが、米シェアオフィス大手のウィーカンパニーへの投資などで損失が生じ、1年前には2兆円超あった累計投資収益は20年6月末時点で2100億円程度に減りました。当初は構想に賛同した投資家も、出資を渋りビジョン・ファンドの第2号は自己資金での投資にとどまっています。

 このようにSBGの成長戦略が見えにくくなっています。事業会社として買った英アームの売却を決め、ますます投資会社化は進んでいます。一方で、投資の世界に革命を起こすはずだった10兆円ファンド「ビジョン・ファンド」は躓いたままです。

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 SBGの保有株式価値(8月時点)は27兆円強ですが、そのうち15兆円超は中国・アリババ集団が占め、投資ポートフォリオの分散、多様化が問われています。足元では運用会社を新設し、上場株への投資で分散を試みています。米アマゾン・ドット・コムや米アルファベットなど上場株式をすでに購入しましたが、あるSBGの関係者は「あくまで、これはまだ実験している段階だ」と話しています。投資の間口は広げるにしても、その範囲や手法はなお流動的です。

 自らを革命家と位置付ける孫氏は常に新たなビジョンに挑戦してきました。90年代にはインターネットの普及をにらんで米ヤフーに出資し、06年には英ボーダフォンの日本法人を買収して携帯通信事業に進出しました。失敗も多いが「そのたび崖っ淵をくぐり抜けてきました」。今回、グループの中核と位置付けたアームの売却は、構想をいったんリセットする意味合いがあり、次の革命をどう描くかが問われます。

 市場ではMBOによるSBGの非上場化の観測も強まります。自らの理想を「革命家」と話す孫正義会長兼社長が新たな構想を描くのは間違いありませんが、生みの苦しみの時期に入り、現状は手探り段階のように見えます。あるSBG関係者は「資産売却は非上場化とは無関係」と説明しますが、資産売却は、MBOに向けた財務改善との見方が強い様です。新たな投資を模索するほど、株主の反応を気にしない「フリーハンド」が可能な非上場化の魅力は高まるばかりです。
 

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 MBO(Management Buy Out)はM&Aの一種です。経営者や従業員が、所属する企業や部門を買収することを言います。経営者の資金は限られているため、投資ファンドと組んだり、金融機関から融資を受けたりするケースが多くなっています。MBOで非上場化すれば、経営者は株価に左右されず、自由度の高い経営を行なうことができるとされています。長期的な視野で大胆な構造改革に踏み込みやすいと言えます。敵対的買収を避ける狙いで使われることもあります。

 過去の主なMBOの事例には、アパレル大手のワールド、外食のすかいらーく、カルチュア・コンビニエンス・クラブなどがあります。すかいらーくやワールドは上場廃止後、経営の合理化などを進め再上場しました。

 これまで事業家として手腕を発揮してきた孫氏が、事業の不振の穴埋めとして、リスクの大きい投資活動へと軸足を移していますが、皆さんはどう思われますか。



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