孫正義の投資戦略(その12)…中国の壁に喘ぐソフトバンクG
今回のブログは2021年8月11日の日経新聞掲載記事を参考にして書いています。SBGはこの後、中国の壁の影響をもろに受け2021年7~9月期で最終赤字3979億円の決算発表(2021年11月)を行っています。
ソフトバンクグループ(SBG)が中国リスクに直面しています。中国のIT(情報技術)企業規制を受け、投資先の評価額は軒並み下げています。高値が期待しやすい米国での上場が難しくなる恐れもくすぶります。SBGは中国の他・地域への投資を増やしていますが、保有資産の半分程度は依然として中国企業で、リスク分散が急務となっています。
中国・習近平指導部は「共同富裕(ともに豊かになる)」の旗の下、IT(情報技術)や教育、ゲーム、芸能といった産業への介入や規制強化に乗り出しました。海外企業の流出に加え、区内企業の経営者心理まで委縮させてしまうと、債務削減のための売却で資産価格が下落し、新たな債務削減を招く縮小均衡の火種が膨らむ恐れがあります。実際、これを受け米銀は最近、相次いで中国の成長率見通しを引き下げました。
「中国の株式市場はハイテク株にとって受難のとき」「様々な規制が始まっており、もう少し様子を見たい」。2021年8月10日に東京都内で開いた2021年4~6月期決算会見で、孫正義会長兼社長は中国での今後の投資に慎重な姿勢をにじませました。
2021年4~6月期連結決算(国際会計基準)は、純利益が7615億円と前年同期から39%減りました。前年同期は米通信会社TモバイルUS(旧スプリント)の株売却などに伴う一時的な利益が膨らんでおり、今期はその反動が出た格好です。
全体が減益となるなか、人工知能(AI)関連の未上場企業に投資する「ビジョン・ファンド」の利益は2356億円と82%増えました。複数の投資先を売却し、中国配車アプリ大手の滴滴出行(ディディ)でも6月末時点の含み益を計上しました。健闘したようにみえますが、投資家が懸念するのは7月以降の動向です。滴滴は中国当局による審査をきっかけに株価が急落し、足元は6月末に比べ3割安くなっています。他の投資先も株価がさえない銘柄が目立ち、今後の業績の重荷になる恐れがあります。
2020年11月に中国政府は、アリババ集団傘下の金融会社アント・グループへの監督を強め、大型上場が延期になりました。2021年4月にはアリババが独占禁止法違反で巨額の罰金を科されました。アリババはSBGの主要投資先で、監視強化はSBG株が下落する一因になっています。習近平(シー・ジンピン)指導部は当初は独占禁止や金融リスクの抑制を理由に掲げていました。ただ米中対立が沈静化する兆しがみえないなか、規制対象はデータを通じた安全保障に拡大しています。それにより、滴滴やフルトラック・アライアンスなどが審査対象になっています。
当局はさらに教育関連企業も規制する方針を打ち出しており、ビジョン・ファンド投資先の中国オンライン教育会社に影響が出る懸念があります。中国企業の海外上場への審査も強化しており、新規株式公開(IPO)を通じた投資回収が滞るリスクも意識されています。
そんな中、SBGは中国からの分散を強調します。ビジョン・ファンドや並行して運用するラテンアメリカ・ファンドの投資先のうち、時価ベースで米国が34%、韓国やインドなど中国以外のアジアが25%で、中国は23%にとどまっていると、また、今年4月以降の新規投資のうち、中国企業は11%にすぎないと説明しています。だか、SBG全体では中国リスクの低減は道半ばです。SBGの保有株の時価は6月末で約31兆6000億円です。うち約12兆円がアリババ集団です。滴滴などファンドの投資先も含めると約5割に及びます。
世界の有望企業に投資する上で、中国が避けて通れない面はあります。米調査会社CBインサイツによると、世界のユニコーン(時価総額が10億ドル=約1100億円以上の未上場企業)は6月下旬時点で約730社あり、うち米国が5割ですが、中国も2割を占めています。孫氏も「世界のAIの中心は米国と中国だ」と述べています。
一方、米バイオ素材開発のザイマージェン、韓国ネット通販のクーパンなど、中国以外でも株価が下落している投資先は少なくありません。投資に全勝はあり得ませんが、失敗案件が目立てば、管理が適切か投資家から問われかねません。現時点で、SBGが財務規律で重視する、保有資産の時価に対する純負債の割合を示す「負債カバー率(LTV)」は16%と、平時で25%未満に抑える自社ルールの範囲に収まっています。財務に余裕があるうちに、リスク管理を急ぐ必要があるようです。
中国リスクの高まりを受けて、SBGは投資戦略を見直しています。2019年にスタートした「ビジョン・ファンド2号」の出資先は直近で161社に達しましたが、孫正義会長兼社長は2021年6月10日の会見で「1社あたりの投資金額を縮小し、リスク分散を進めている」と語りました。孫氏ら経営陣が2号ファンドに最大26億ドル(約2900億円)出資するとも発表し、経営陣が自らリスクをとって投資に取り組む姿勢を内外に示しました。
また、SBGは2号ファンドを通じ、中国以外への投資を拡大してきました。2021年に投資した企業ではスゥェーデンのフィンテック企業クラーナや、韓国の旅行予約サイトヤノルジャ、ノルウェーの自動倉庫システムのオートストアなどが並びます。これまでは中国や米国が中心でしたが、より地域分散を図っている証左です。
しかし、市場の懸念は残り、SBG株の2021年10月10日終値は6831円と3月中旬につけた今年の高値より約36%下げました。ビジョン・ファンドの投資小口化や地域分散には一定の時間がかかります。コムジェット・アセットマネジメントのR氏は「アリババが業績に与える影響など中国リスクは完全には拭い切れていない」と語ります。
2号ファンドは外部資金集めに苦戦したため、SBGが自己資金を投入して運用を始めたが経緯があります。6月末の投資枠は400億ドルにのぼっており、孫氏らが身銭を切ることでファンドの将来性を株主などに強調するよう努めています。
2000年にSBGはアリババに2000万ドル=約20億円を出資し、後に10兆円を超える含み益へと繋がりました。これが現在のSBGの財務を支え、「孫正義神話」のもとになっています。そのアリババへの依存が大きな壁となって現れてきましたが、皆さんどう思われますか。