日本外交の目指す方向(その8)…中国のTPP申請への対抗手段

 アジア地域における広域経済連携の枠組みとして、最も規模の大きいFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)があり、それに将来的には集約される形でTPP(環太平洋パートナーシップ協定)とRCEP(東アジア地域包括的経済連携)が進められています。

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 ここ数年はアジア太平洋地域の広範囲な経済連携と言えば、TPPということで注目されてきました。しかし、2017年のトランプ政権がTPPからの離脱を宣言したことで、TPPの影響力と注目度が減少しました。一方で注目を集めているのがアジアの自由貿易協定であるRCEPです。

 「アメリカのTPP離脱」は、アメリカにとって他国に仕事や技術、そして製品が移って行くことがデメリットとトランプ大統領は判断しました。この移動する雇用をアメリカ国内で増やすためには、「アメリカのTPP離脱」が最も解決に繋がるということ、すなわち、TPPに加盟することはアメリカにとって雇用にデメリットがあるという事でした。

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 そんな中、2021年10月12日の日経新聞に「中国のTPP加盟申請」が掲載されました。9月、中国と台湾が相次いで環太平洋経済連携協定(TPP)に加盟を申請したというものです。とりわけ中国への対応はアジア太平洋にとどまらず、世界の秩序に極めて大きな影響を及ぼすことになります。TPPは、ただの経済枠組みではありません。日米などが主導し、極めて透明で公正な通商やデータ流通のルールをつくり、中国に受け入れを促すためのものでした。いわば、「対中ルール同盟」のようなものです。

 しかし、構図は一変しました。肝心のアメリカはトランプ時代に離脱し、TPPは米国抜きの11ケ国で署名、2018年末に発効しました。バイデン政権も復帰には慎重です。中国は米国の不在を絶好の機会とみて、TPPに名乗りを上げました。関与を深め、むしろ中国主導の経済圏にしたいと望んでいるのです。

 TPPメンバーはどう対処すべきなのでしょうか。主要国の当局者や識者の意見は相反する2つに分かれました。

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 1つは、中国の加入を積極的に後押しすべきだという意見です。中国がTPPに入るには、外国とのデータ流通規制を大きく緩めるほか、政府調達や補助金による国有企業への優遇、強制労働をやめなければなりません。TPP加盟はこうした改革を中国に迫り、異質な体制を変えていく絶好の機会だという発想です。

 この積極論グループには、米南カリフォルニア大教授の片田さおり氏やシンガポール経営大准教授のヘンリー・ガオ氏おられます。片田氏は米国不在の時こそ日本が主導権を取るべきだと主張し、ガオ氏は「大魚」中国を逃さず自由化を推進すべきと主張されています。

 もう1つの意見である慎重論は、中国の加盟には慎重に対応すべきだというものです。加盟交渉に進むには、中国はTPPの義務を履行することにまず同意しなければなりません。だが、完全に条件を満たすことは難しいため、一部の例外扱いを求めるかもしれません。もし認めたら、TPPが「中国基準」に変質してしまう、これが理由の一つです。

 だが、慎重論にはもっと大きな根拠があります。TPPへの新規加盟は、全メンバー国の同意が必要です。中国が先に入ったら、台湾は言うに及ばす、米国の加盟にも「拒否権」を振るうことができます。そうなれば、米国は恒久的に排除され、中国主導のTPPがアジア太平洋に値を張ることになります。サプライチェーンはさらに中国に組み込まれ、経済秩序は紅色に染まっていくでしょう。実際、中国はこれに近い国家戦略を描いています。

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 安全保障への影響も計り知れません。2015年春、カーター米国防長官(当時)は米国のTPP加盟について、アジア配備の空母機動部隊を倍増するのに匹敵するくらい大切だ、という趣旨の発言をしました。逆に、TPPを中国に牛耳られたら、米国の損失は同部隊の1つを失うどころでは済まなくなります。

 この慎重論グループには、豪戦略政策研究所長のピーター・ジェニング氏や元TPP主席交渉官の鶴岡公二氏がおられます。ジェニング氏は中国が威圧を続けるのであれば拒絶すべきと主張し、鶴岡氏は中国がきちんと改革を実行することが必須と主張されています。

 中国はすでに、TPPに外から影響力を強め始めています。2021年9月16日の加盟申請後、習近平国家主席、王毅国務委員兼外相、商務省高官が手分けし、TPPメンバー5ケ国に電話攻勢をかけています。報道によると、中国は一連の電話協議でブルネイ、メキシコ、ニュージーランドから申請への歓迎や支持を取り付けました。さらに働きかけを強め、加盟交渉の開始にも賛同を集めていく構えです。「中国の加盟受け入れに慎重な日豪、カナダなどが外堀を埋められるのは、時間の問題だ」TPP内からはこんな声も漏れています。

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 正式な交渉開始には全メンバー国の同意が必要であり、中国がすぐに漕ぎつけられるとは思えません。それでも、中国の初期の目標がTPP内を分断し、「対中国色」を薄めることにあるとすれば、すでに目標を果たしつつあります。この流れに歯止めをかけ、ルール同盟としてのTPPを保つには、何をすべきか。そんな問題意識から、中国の加盟交渉を急ぐより、米国に復帰を促すのが先決だとの考えもあります。確かに、バイデン大統領がその気になったとしても、復帰への道のりは険しいものがあります。米政府筋によると、共和党のトランプ支持者だけでなく、労働組合に近い民主党左派にも、TPPへの拒否反応が根強く残っています。自由貿易を失業を増やす元凶とみなす見方が多いためです。

 だが、まったく変化の兆しがないわけではありません。2021年9月24日の日米豪印による首脳会談では、菅義偉首相(当時)が米国のTPP復帰を求めました。日本政府筋によると、バイデン氏は言質こそ与えなかったが、中国申請がもたらす影響について「考えてみる」と応じた模様です。

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 2021年9月22日の日米外相会談でも、プリンケン国務長官はTPP問題で似た回答を示したといいます。米国の国際経済政策に詳しい米戦略国際問題研究所(CSIS)のマシュー・グッドマン上級副所長は、「米国がTPPに復帰する可能性はまだある。中国の申請はバイデン氏がTPP問題に真剣に向き合い、復帰の選択肢を再検討する契機になるからだ。たとえば、11月のアジア太平洋経済協力会議などの演説でTPPへの関心を示し、復帰条件に言及することはあり得る」と述べています。

 もっとも、バイデン氏が復帰に動くとしても、米労働者の理解を得やすい条項を入れるよう、再交渉を求めると思われます。協議には長い時間がかかりそうです。だとすれば、TPP基準からほど遠い中国との交渉を急ぐことは、なおさら望ましくありません。アジア太平洋に自由で透明、公正なルールを広げる目標を堅持し、中国加盟に慎重に対応すべきだと思いますが、みなさんどう思われますか。



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