日本外交の目指す方向(その9)…米中貿易戦争に振り回される日本

1. 米中貿易摩擦とは

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 米中貿易摩擦とは、主にアメリカと中国の間で生じている貿易を巡る摩擦全般のことです。近年、中国への輸出量に比べて中国からの輸入量が上回り、アメリカの対中国貿易赤字は膨らんできています。中国からの輸入量が増加するということは、中国からアメリカに良い製品がどんどん入ってくることになり、アメリカ製品の国内の売り上げ減少につながります。

 アメリカ製品の売り上げ減少は、最終的にはアメリカ国内の雇用減少につながりうるため、これを危惧したトランプ前大統領は、中国の輸入品に関税をかける決定をしました。これを受けて中国側も、アメリカからの輸入品の一部に関税をかけることを表明し、それに対してアメリカはさらに関税対象を広げ…というように、お互いの報復合戦が以後繰り返されています。いつしか、米中の貿易を巡る関税の報復合戦全般を総称して米中貿易摩擦と呼ぶようになりました。

2. 米中貿易摩擦が起こったきっかけ

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 2016年11月にアメリカ大統領に選ばれたトランプ大統領は、アメリカファーストを掲げ、「対中貿易赤字の解消」「貿易の不均衡の解消」を公約にしました。その第1弾の具体策として、2018年には中国からの輸入品818品目(340億ドル相当)に対して25%の関税率をかけると宣言しました。それを受けた中国は直ちにアメリカからの輸入品545品目、340億ドルに対して25%の報復関税を課しました。 その後も第2弾、第3弾、第4弾と両国の対立は続き、関税の引き上げ合戦の様相を引き起こしています。特に、通信インフラ整備の分野では、安全保障を理由にアメリカが中国ファーウェイ社の製品を排除しました。もはや米中対立は貿易摩擦を超えて、世界経済やハイテク分野の覇権争いにまで発展しています。

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3. 米中貿易戦争第一段合意の中身

 2019年12月13日に制裁と報復のエスカレーションの渦中にあった米中両国は、「第1段階の合意」に到達したと発表しました。世界第1位と2位の経済大国間の貿易戦争のこの合意をどう評価すべきでしょうか。東京大学の小原教授が2020年1月15日の日経新聞「Analysis」欄への投稿していますので、そのポイントを紹介します。

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 まず、小原教授は「貿易戦争に勝者はありません。関税の応酬は両国経済を傷つけ、世界経済を減速させます。米国の対中貿易赤字はなお高止まりしており、コストと時間をかけたことを考えれば、合意は成果に乏しいと言わざるを得ません。」と切り捨てます。

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 今回の第1段合意の内容ですが、
(1) 第4弾延期分の追加関税の発動は見送られましたが、一部の関税引き下げを除き、大部分は維持されたままです。
(2) また、米国農産品輸入の大幅拡大では合意したものの、中国の産業政策や国有企業への過剰な補助金といった構造的問題は先送りされました。

 トランプ氏を動かしたのは2020年11月に向けた大統領選挙で、中国による米国農産物輸入の大幅拡大をアピールしたことに表れています。農業州での勝利はトランプ大統領の再選に欠かせませんが、中国は農業州を狙い撃ちする形で、大豆・綿・乳製品などに報復関税をかけ、輸入先をブラジル、アルゼンチン、オーストラリアなどに切り替えて抵抗しています。

 現在、米国の対中農産物輸出は激減しており、前回2016年の選挙でトランプ氏が僅差の勝利を得たウィスコンシン州やペンシルバニア州では、農業者の倒産が相次いでいます。このことは世界的生産増による農産物価格下落と自然災害で低迷する米国農業に追い打ちをかけました。政府補助金による支援だけでは経営が立ち行かず、農業者のトランプ支持に綻びが見え始めています。

 一方、ウィスコンシン州とペンシルベニア州の両州は前回選挙でトランプ氏を支持したラストベルト(さびた工業地帯)でもありますが、保護政策にも関わらず製造業は苦境が続き、雇用も減少に転じています。この点も貿易戦争に勝つのは簡単だと豪語したトランプ氏には大きな誤算でした。

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 一方、習主席にとっても今回の合意は必要でした。なぜならば、経済減速や香港の政情混乱など難題山積の中で、一息つける展開が必要だったからです。現在中国では経済の下振れ圧力が強く、2020年の6%成長を危ぶむ声もあります。雇用確保など社会安定のため成長率を下げ続けるわけには行かない状況に置かれています。

 また、米中の対立は貿易に留まりません。軍事や安全保障、さらには民主や人権など価値の問題にも及びます。「新冷戦(中国では禁句)」という言葉が飛び交う中で、中国の覇権を阻止したい米国と「発展する権利」は譲れない中国の攻防が続きます。そして習氏の掲げる「中華民族の偉大な復興」という中国の夢は、共産党指導と社会主義経済モデルにより実現されねばなりません。それが巨大な中国を統治する者にとっての絶対真理です。このように見て来ると、構造問題の核心部分で譲歩はできず対立は長期にわたり続きそうです。

 米中間の情報戦も激しさを増しています。債務のわな批判により広域経済圏構想「一帯一路」のイメージは傷つきました。ウィグルや香港も「戦場」となりました。中国は欧米型民主主義や人権による混乱と暴力により秩序と繁栄が損なわれるとけん伝しています。

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4. アメリカと中国の今後の関係予測

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 アメリカの大統領は トランプ氏からバイデン氏に代わりましたが、新政権も貿易不均衡解消の方針に大きな修正はしないとのことです。2021年の貿易政策の指針となる報告書で「アメリカの労働者に損害を与え続けている中国の不公正な貿易慣行に対処するため、あらゆる手段を使う」と、中国の貿易赤字の問題に対しては引き続き徹底的な措置をとることを明言しています。関税だけではなく、知的財産権の保護、ウイグル自治区問題や、台湾を巡る問題、そして何よりも、世界の覇権争いを巡って今後も摩擦は続いていくことが予想されます。なお、各課題の概要は以下の通りです。

・知的財産の保護
中国が米国企業にスパイを送り込んだり、サイバー攻撃を仕掛けたりして革新技術を盗み出しているとし、知的財産(発明や企業秘密など)の保護を目的とした動きのことです。

・ウイグル自治区問題
中国西部に位置する新疆ウイグル自治区のウイグル民族は中国からの独立を求めています。中国政府がウイグル民族を危険分子扱いし、虐待していることが国際的な注目を集めています。

・台湾問題
台湾は中国の一部であるという中国の主張と、台湾は一つの主権国家であるという台湾の主張が対立している問題。中国は武力行使によって台湾を支配する可能性を排除しておらず、台湾海峡近辺で中国の軍用艦が軍事演習を行うなど緊張が高まっています。

・米中覇権争い
現在の世界は経済・軍事ともアメリカ一強の状態です。しかし、2030年には中国がアメリカをGDPで上回ると予想されています。世界一の大国を目指す中国と、それを阻止しようとするアメリカのせめぎ合いが続いています。直近では、環境に対しての取り組みが米中覇権争いの争点として浮上しました。トランプ政権の時代に一度は離脱したパリ協定にバイデン大統領は復帰を表明。世界最大の二酸化炭素排出国となっている中国をけん制し、環境問題への取り組みを示してアメリカは国際社会のリーダーシップを改めて確固たるものにしようとしています。

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5. 米中貿易摩擦がもたらす日本への影響

 米中貿易摩擦は、日本にとっても対岸の火事ではありません。関税引き上げによる生産コスト上昇のため、中国から他国へ製造拠点を移すことを余儀なくされる日本企業も出てきています。

・関税引き上げにともなう日本企業の業績悪化
新たな関税を課された対象の中には、中国に進出した日本企業の製品もあります。巻き添えをくった企業は、自社製品が値上がりしないよう利益を削ることを余儀なくされました。やむなく値上げすれば、当然、価格競争力は低下し、顧客離れに直面することになります。

・生産拠点を中国以外の国へ移転する企業
関税の引き上げは、中国に生産工場を持つ企業の生産コスト上昇につながります。それを回避するため、第三国への工場移転を模索する企業が出てきました。主な移転先は、ベトナムやタイといった東南アジア諸国、アメリカに近いメキシコなどですが、日本に回帰する計画を進めている企業もあります。

 かつて、日本の製造業は安価な大量生産を目的にして、収益性を上げるために中国に生産拠点を構えていました。現在、米中貿易摩擦の影響で大幅な方向転換を迫られていますが、皆さんどう思われますか。



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