日本外交の目指す方向(その10)…中国「共同富裕」の恒大集団への重圧

 2021年9月に起きた中国恒大集団の債務危機が象徴する「中国の不動産バブル懸念」は「バランスシート不況」を引き起こす恐れがあると囁かれています。「バランスシート不況」とは、リチャード・クーが提唱した理論で、株式や不動産などの資産価格の下落が企業を一斉に借金返済へと走らせ、経済の縮小均衡を招くとするものです。1990年代初頭にかけての日本の経済パターンを指しています。実際に恒大集団の社債は年限に関わらず、額面の3割以下まで下落しています。債券価格が大きく下げているということは、社債の利回りが大きく上昇しています。すなわち、いつ債務超過(デフォルト)が起きるかも知れず、社債を保有することのリスクが高いことを意味しています。

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 今回は、2021年11月25日に日経新聞に掲載された、大東文化大学の内藤二郎学長の分析レポートを紹介します。 

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 中国の不動産大手、中国恒大集団の経営危機をきっかけに、中国の債務問題が世界的に注目されています。恒大集団の債務規模は約2兆元(約36兆円)にのぼり、そのうちドル建て債務は約195億ドル(約2.2兆円)と言われており、破綻すれば海外の債権者にも影響が及ぶことが予想されます。2021年9月以降の利払いについては一部が実行されていないとみられ、経営の先行きが懸念されています。

 恒大集団の経営が行き詰まった背景の一つに政府の政策転換があります。2020年に不動産関連企業に対し「三条紅線」を設定し、守れない業者は銀行からの融資の規模が制限されるなど規制の対象とされました。具体的には、①総資産に対する負債比率70%以下 ②自己資本に対する負債比率100%以下、③短期負債を上回る現金の保有 … の3条件です。

 恒大集団も対象とされたことで、融資に頼ってきた経営が危機に直面しました。また中国では不動産売買の契約段階で購入者が代金を支払う慣行があり、お金が手元にあることから不動産開発業者は実質的に無利子で資金を借り入れられます。この仕組みにより恒大集団など不動産開発業者は債務を大幅に拡大させました。さらに不動産開発事業にとどまらず投資を拡大した多角化経営のツケも問題視されています。

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 今回の問題では一定の情報が公開されており、債務の規模や所在がある程度明確になっています。また国有銀行も十分な引当金があるので、08年のリーマン・ショックのような規模の危機に発展する可能性は低いとみられています。だが万が一破綻すれば、不動産市場に大きな動揺を与えますし、同様の問題を抱かえる他の不動産企業に波及する懸念もあります。

 焦点となるのは政府の対応です。恒大集団を巡っては、規模や影響が大きすぎて破綻させられないという見方もあります。一方で、恒大集団の短期債務は中国の外貨準備の1~2%程度であり、救済は可能との楽観論もあります。ただ既に市場では住宅購入が減少しており、不動産市場への影響や動揺の広がりが懸念されています。

 他方、不動産関連の引き締め政策は、習近平政権が掲げる「共同富裕(共に豊かになる)」とも関係しています。かつて鄧小平は、改革・開放政策により富める力、条件の整っている人・地域が先に豊かになり発展し、残りの人・地域をけん引する形で国全体が発展するという「先富論」を提唱しました。その結果、小康社会(ややゆとりのある社会)の実現は一定程度達成され、今後の課題として共同富裕を目指すとされています。

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 共同富裕は、分配を重視する政策とみることもできます。習政権は、市場での分配、税制や社会保障制度通じた再配分に加え「3次分配」を掲げています。その財源は主として富裕層や企業からの寄付の拡大や経済活動などによるものとされます。これに関連して、習国家主席は高収入の合理的な調節と違法収入の取り締まりの強化に言及しています。

 実際、不動産やIT(情報技術)関連の大企業、ゲーム業界、学習塾などの教育部門や芸能界に対し、締め付けの強化ともいえる政策が打ち出されています。世界的に見ても高水準にある格差を是正するために、一部の突出した分野に対する規制を強化するものです。

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 不動産価格の高騰もこれに関連する問題です。一部の大都市の住宅価格が年収の50倍を超えるなど、中国の不動産市場はバブル状態にあるとみられ、一般の国民には手が届かないものとなっています。また富裕層の間で不動産が投機の対象となっていることに対しても、習主席は異を唱えています。こうした問題が三条紅線規制の背景にあるようです。

 恒大集団の問題には複雑な背景があり、今後の処理にもその影響がでることになると考えられます。不健全な企業には責任を取らせることを前提にしつつも、銀行に資本注入するなどして金融危機は食い止め、企業は清算するが事業自体は継続するという手法が考えられます。その際、政府や国有銀行が主導する形で実質国有化し、恒大集団の資産を厳格に査定して債券化を進めるというのが現実的な方向性だと考えられます。

 こうした措置が講じられる場合には、当然経営責任が問われます。また、債権者が一定の負担を被ることも避けられません。一方で、政府が実質的に富裕層を救済することに世論の反発が大きくなる可能性もあります。ただしこの問題への政府の対応が不十分ならば、個人向け高利回り運用商品である「理財商品」の価値が下落し、関連企業や金融機関の業績にも悪影響が及びます。

中国恒大集団の債務危機が、信用不安に発展すれば、中国経済減速の要因ともなりかねませんが、皆さんはどう思われますか。



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