高齢期の投資戦略(その3)…ポートフォリオ理論に基づく資産形成を考える

 日本では、1990年にバブル崩壊が起こりますが、そのバブル崩壊直前に相当する時期には、株式は高騰し空前の好景気に沸く中で、「財テク」と呼ばれる投資ブームが熱を帯びていました。

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 確か、当時の財テクは、自分が保有する資金を3つに配分し、それぞれを「株式」「預貯金」「不動産」に分散投資して儲けなさいというものでした。これはまさに財テクにおけるポートフォリオを意味します。


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 当時、金融工学という言葉がはやっていました。また、私自身工学系の技術者ということもあり、これに大きな関心を持ちました。金融工学という概念は1990年頃から頻繁に登場してきました。吉本佳生著「金融工学の悪魔」という本の中でポートフォリオ理論が上手く説明されているので、今回はこの本を参考にしつつ、ポートフォリオ理論とはどの様なものか、また、具体的にどの様にこの理論を活用するのかについて紹介します。



 下図に金融工学に関する年表を示しますのでみて下さい。金融工学の基礎となっている理論の1つに、ポートフォリオ理論(資産選択理論)と呼ばれるものがあります。ポートフォリオ理論は、ハリー・マーコヴィッツがこの基礎を築き、ウィリアム・シャープらが発展させた理論ですが、マーコヴィッツとシャープはその業績によって1990年のノーベル経済学賞を受賞しています。

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 ポートフォリオとは書類カバンのことで、色々な企業の株式や債券などを書類カバンに詰め込むというイメージを表したものです。資産を運用する場合に、複数の資産を組合せて持つことで、できるだけ効率的に資産を運用することを考え、そのためには、各種の資産の保有比率をどのように決めれば良いのか、といったことを分析するのです。

 ポートフォリオ理論の重要な示唆の1つは、リスクのある資産を持つ場合であっても、資産をひとつに集中させずに運用先を分散して、いろいろと異なるパターンがある資産を組合せて持つと、リスクを小さくすることができるということです。 

 以下、このポートフォリオ理論を噛み砕いて説明してみます。

Step1. 資産の組合せ

 下図には、幾つかの資産の収益率とリスクの組合せが描かれています。例えば図中のAの資産はBの資産に比べて収益率が低いものの、リスクは小さいことが分ります。また、Cの資産は、Bの資産と同じリスクの大きさを持つにも拘わらず、Bの資産より収益率の高さで劣るため、一見するとあまり魅力的な資産ではありません。そこでまずは、Cのような資産は選択からは外すことにし、ここではAとBの資産の組合せを考えます。

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Step2. 変動させる要因の選択

 下図において、AとBの資産の収益率を変動させる要因には、色々なものがあります。その関係によって適当な組合せを考えることでその点はD点になり、リスクを減らす効果が期待できます。なお、リスクとは、収益率のばらつきの大きさで表わされます。2つの資産を半々で持つとしますと、収益率の高さが両資産の収益率の中間になりますが、分散運用の効果で、リスクの方はどちらかの資産だけを持つ場合より小さくなるのです。

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 AとBの2つの資産を色々な比率で組合せて持つと、AとDとBを結んで描かれている線上での収益率とリスクの組合せを達成することができます。また、現金のように、収益率は小さいものの、ほとんどリスクがない資産も運用対象に入れるとすると、例えば預金の収益率とリスクの関係は、図中ではEのように示すことができます。ここでは、預金のリスクはゼロとしています。

 預金を考慮に入れることによって、AとBの資産と預金の組合せ比率を変えながら資産を保有すれば、EからDを通ってBまでを結ぶ線上の収益線とリスクの組合せが選択できます。後は、資産運用する人が、どれだけのリスクを受入れて、どれだけの収益率を目指すかに応じて、EとDあるいはDとBの間の点を選択し、それを実現するようにAとBの資産と預金を保有すれば良いのです。

Step3. 具体的な活用計算例

 ここで、具体的に「ポートフォリオ理論に基づく分散運用」を計算してみたいと思います。全体で資産3億円を運用する場合を考えます。今後数年間、現金と不動産と年金商品をどの様な割合で保有するのが、ポートフォリオ的に有利かを考えます。

 これら現金と不動産と年金商品の共通の変動要因ですが、私は金利と景気の2つを選びました。そして金利と景気の組合せは下記の様になります。

(1) 金利高・景気上昇局面…金利上昇で、景気は引き締められているが、まだ好調。
(2) 金利高・景気下降局面…金利は高いが、景気引き締めが効きすぎて景気は下降中。
(3) 金利低・景気上昇局面…金利は充分に低く、投資が盛んに行われ、景気はインフレ状態。
(4) 金利低・景気下降局面…金利は低いが、デフレ状態で景気もどん底。

 次に、この様な4つの局面で、現金、不動産、年金商品の3つの資産の運用変動率がどの程度かを想定します。

(1) 金利高・景気上昇局面…この状況の下では、金利は高い状況にはありますが、大きな政策的金利誘導もないと思います。その結果、現金、不動産、年金商品のいずれも、運用量・価格ともに少しは上昇します、従って、現金+10%、不動産+15%、年金商品+5%に設定しました。
(2) 金利高・景気下降局面…この状況下では、金利はまだ高い状況にありますが、すでに景気は下降して来ています。その結果、現金、不動産、年金商品の運用量・価格は下がりますが、動きは少ないと考えられます。従って、現金△8%、不動産△5%、年金商品△10%と設定しました。
(3) 金利低・景気上昇局面…この状況下では、金利は低いので投資家は銀行から融資を受けて投資が盛んに行います。景気も上昇局面を迎えており、それ行けドンドンとなります。現金、不動産、年金商品のいずれも運用量・価格は大きく上昇します。従って、現金+40%、不動産は+50%、年金商品は+35%と設定しました。
(4) 金利低・景気下降局面…この状況下では、デフレ状態に陥っているとみなされます。デフレ時には、現金、不動産、年金商品いずれも運用量・価格ともに大きく負の方向に振れ売れなくなります。従って、現金は△50%、不動産は△30%、年金商品も△25%と設定しました。

 これらをまとめて示すと下表の様になります。

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 次に、全資産3億円の現金、不動産、年金商品への配分割合ですが、現在は、金利は低く、投資が盛んに行われ、景気は上昇局面にあると見做されます。従って、銀行へ預けるよりも不動産に投資するのが一番得策と考えられますので、

   現金:不動産:年金商品=1:6:3

としました。従って、現金3,000万円、不動産1億8千万円、年金商品9,000万円の配分となります。

 最後に資産の配分率を意図的に

   現金:不動産:年金商品=1:6:3  ⇒  現金:不動産:年金商品=6:1:3

に組み替えた場合について、資金の有効寄与度を計算した結果も示します。

1. 現金:不動産:年金商品=1:6:3の場合

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2. 現金:不動産:年金商品=6:1:3の場合

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 これらの結果は、金利と景気の組合わせ4パターンいずれも考慮する場合に、現金、不動産、年金商品のうち、不動産を中心に運用する方が、現金(投資信託、株式)を中心に運用するよりも運用成績は安定していることを示しています。

 具体的な値で見ると、現金(投資信託、株式)への投資は不動産の15~20%程度にしておくべきことを示しています。すなわち不動産を1億円保有している人であれば、1,500万円から2,000万円という目安です。

 高齢期の投資戦略(その1)では、「60歳なら資産全体の40%を主に投資信託や株式などのリスク性資産で運用し、60%を現預金や個人向け国債といった安全資産に振り向けるのが良い」という目安を紹介しました。これは今回対象としている現金、不動産、年金商品のうちの現金だけを取り上げた時の目安を示しています。

 現在、自分が進めている資産運用が理論的に最適であるかどうかを確かめるには、ポートフォリオ理論は役に立つ様に思いますが、皆さんどう思われますか。



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