FRBの金融政策(その6)…FRBと日銀の金融政策の違い

 2022年7月時点では、世界中で中央銀行が政策金利を急速に引き上げています。2021年初めからのインフレ率上昇を当初は一時的と破断した結果、引き締めが遅れ、インフレが広範囲かつかなり持続的なものとなったからです。対照的に日本銀行は長短の政策金利を据え置いたままです。

 共立女子大学の植田和男教授が2022年7月6日の日経新聞「Analysis」欄に「日本、拙速な引き締め避けよ」と題して投稿しています。金融緩和政策を取る日銀の黒田総裁を支持する興味ある内容ですので紹介します。ポイントは、下記3点です。
(1) 2%インフレの持続的な達成には程遠い状況にあるので利上げはまだ早い
(2) 円安回避のための利上げは景気悪化招くことになるので止める
(3) 世界経済の減速が金融政策変更の重荷になるので注意が必要

画像の説明

(1) 2%インフレの持続的な達成には程遠い状況にあるので利上げはまだ早い

画像の説明

 日本でもインフレ率はようやく2%を超えてきましたので、日銀はどうして外国のように直ちに金利を引き上げないのかという声が一部に聞かれます。しかし問われるべきはこの問いではなく、今回の世界的なインフレ率上昇の波が続くうちに日銀が金利を引き上げるチャンスが訪れるだろうかという点です。答えは、可能性はゼロではないがそう高くもないというところだと思います。世界的には、金利引き上げに対する強い抵抗が政治サイドからは出ていませんので、曲折を経つつそう遠くない将来、インフレ率は2%に向けて大きく低下していくと見ています。その過程で世界経済は減速、あるいは不況入りの可能性があります。これは日本経済や日銀にとっては逆風となります。

画像の説明

 図は代表的な国・地域について、現時点でのインフレ率、食料・エネルギーを除くインフレ率、および2022年6月末時点で市場関係者が予想する2022年12月の短期政策金利の2021年12月からの引き上げ幅を示しています。日本以外では1%以上の金利引き上げが実行されたか予想されています。インフレ率も目標の2%を大幅に超えています。さらには食料・エネルギーを除くインフレ率、これは金融政策にとってより重要な中長期的なインフレ率の姿と相関が高いものですが、2%を大幅に超えています。急激かつ大幅な金融引き締めが進められているゆえんです。

 一方、日本ではようやく2022年4月からインフレ率が2%を超えたばかりです。食料・エネルギーを除く基調的なインフレ率は5月時点で0.2%とほとんど上がっておらず、2%のインフレ率を持続的に実現するという目標には程遠いといえます。要するに食料・エネルギー価格の上昇は、現状では一般物価指数全体を持続的に押し上げるには至っていません。追加緩和手段が極めて限定的な日銀にとっては、日本の物価を上げるようなショック(今回は食料・エネルギー価格上昇や海外の利上げによる円安)が生じたときに、政策金利を上げないことにより物価上昇を加速させ、インフレ率を目標に近づけることが可能となります。したがって、6月の金融政策決定会合での政策金利据え置きの判断は至極当然だったといえます。

 だがこうした判断にあたっては再認識や注意を要する点がいくつも存在します。そもそもなぜ持続的な2%のインフレ率を目指すのでしょうか。それが実現すれば、金融政策も正常化され、政策金利水準は平均的に高くなります。すると何らかの理由で一時的に景気が悪化し、インフレ率が低下したときに金融緩和余地が生まれます。日本経済は過去25年間、こうした余地が極めて限定的だったことで、中長期的な成長についても足を引っ張られた可能性が高いといえます。

 この見方からすると、インフレ率の一時的な2%超えで金利引き上げを急ぐことは、経済やインフレ率にマイナスの影響を及ぼし、中長期的に十分な幅の金利引き上げを実現するという目標の実現を阻害します。2000年、2006年の金利引き上げが長続きしなかったことが思い起こされます。

(2) 円安回避のための利上げは景気悪化招くことになるので止める

画像の説明

 通常は好ましいと言われている円安の負の側面が現在は前面に出ています。国内金利は維持されており、現在の緩和効果は円安を通じるものが出発点になっています。円安は好調な企業決算が示しますように、日本経済にプラスの影響を与えていると考えられます。だがプラス効果が少ない層にとっては、ドル建ての食料・エネルギー価格の上昇による悪影響を増幅します。だからと言って、利上げで円安にブレーキをかけようとすれば、金利・為替両面から景気を悪化させ、インフレ目標達成も一段と遠のくことになります。ことは分配問題であり、財政による低所得層への所得支援を中心とする対応が適切です。インフレ目標達成の中長期的なメリットと合わせて、引き続き政府と日銀の十分な意思相通が重要だと思われます。

画像の説明

(3) 世界経済の減速が金融政策変更の重荷になるので注意が必要

画像の説明

 市場による日銀の利上げを先読みした債権市場での投機も注意する必要がありま。6月半ばには金利引き上げが近いとみた外国人投資家の大量の長期国債売りにより、10年物国債金利は日銀が設定した上限の0.25%を超える動きを示しました。日銀が7.5兆円もの長期国債を指し値オペで購入したことなどで、混乱は一旦収まりました。しかし今後、持続的な2%インフレの可能性が一段と高まってくれば、今回のような投機はより大規模に何度も発生すると予想されます。難しいのは、長期金利コントロールは微調整に向かない仕組みだという点です。金利上限を小幅に引き上げれば、次の引き上げが予想されて一段と大量の国債売りを招く可能性があります。10年物金利コントロールを7年、5年と短期方向へ動かしていく案も同様の問題を抱かえています。

 日銀は出口に向けた戦略を立てておく必要があります。これまで1950年代に米連邦準備理事会(FRB)、2021年にオーストラリア中銀が中長期金利コントロールから抜け出した例がありますが、いずれも1回限りの調整で済ませています。より一般的には、現在の異例の金融緩和が微調整に向かない枠組みになっている点にも留意が必要です。異例の金融緩和を2%のインフレが持続的に見込まれるまで継続すると宣言していることが緩和効果を発揮しています。従ってインフレ率の少しばかりの上昇に対し政策を正常化方向へ微修正すると、一種の約束やぶりになってしまいます。そのコストは、見通しが外れて緩和方向へ再修正した場合、中銀に対する信頼低下のため緩和効果も大きく低下してしまうという点にあります。

画像の説明

 いずれにしても、多くの人の予想を超えて長期化した異例の金融緩和枠組みの今後については、どこかで真剣な検討が必要でしょう。近い将来、自然な形で金融政策の正常化が可能となるような持続的な2%インフレに到達するのでしょうか。足元では家計や企業、さらには債券投資家の期待インフレ率はかなりはっきりと上昇しています。持続的なインフレに必須の賃金上昇もここ数カ月間は期待感を持たせる動きとなっています。しかし、エコノミストなど専門家の予想するインフレ率は2023年後半にかけてせいぜい1%程度です。その理由は図からも分かるように、現在の日本のインフレ率上昇が、世界的な食料・エネルギー価格の上昇という負の供給ショックに起因する部分が大きいからでしょう。米国などにみられるような需要サイドの強い動きによるインフレは、日本では今のところ発生していません。今後、コロナ禍からの経済活動再開伴い、円安の需要刺激効果も強まることが期待される一方、冒頭で指摘したように世界的にはインフレ率の低下、経済の減速が予測されます。日本における持続的な2%インフレ達成への道のりはまだ遠いとみておくべきでしょう。

画像の説明

 植田教授は黒田日銀総裁の考えを支持する立場で考えています。金融緩和政策になぜ日本は固執するのかを上手く説明していると思いますが、皆さんはどう思われますか。



コーディネーター's BLOG 目次