FRBの金融政策(その7)…日銀の異次元緩和10年の功罪
アベノミクス
2012年末に発足した第二次安倍政権は、「三本の矢」と呼ばれる3つの基本政策を掲げました。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略です。これはアベノミクスと呼ばれ、景気は回復しました。このまま回復が続いてバブル崩壊後の長期低迷から抜け出せるかもしれないと考えられていました。3本の矢の1つ成長戦略にもさまざまな項目がありましたが、いずれも「供給力強化策」でした。
アベノミクス以前から金利はゼロでしたし、異例の大規模金融緩和も行われていました。しかし、安倍首相は、従来の金融緩和では不十分だとして、より大胆な金融緩和を打ち出したのです。そこで黒田総裁が登場し、消費者物価上昇率2%の目標を2年で実現するため、マネタリーベースを2年間で2倍にする政策に踏み切りました。巨額の国債を銀行から購入することで、日銀から銀行に出て行く資金の量を猛烈に増やそうという政策でした。
これに対しては、ゼロ金利の時に金融を緩和しても効かない、という論者も多かったのですが、「効かないとしても、副作用もそれほどないから、とくに反対する必要もない」という人が多かったのが実情です。結果としては、物価はアベノミクス開始後4年半が経過してもほとんど上昇せず、目標の2%に達する目途も立っていませんでした。しかし、金融緩和のおかげでドルや株が値上がりし、景気の回復に寄与したのですから、金融政策に効果があったことは間違いありません。
2022年時点では、歴史的な物価高が世界を覆っています。日米欧30ケ国の2022年4月の生活費は1年前と比べ9.5%上がりました。上昇ベースは新型コロナウィルス禍前の7倍に達し、経済のみならず政治も揺らすことになりました。ウクライナ危機に中国のゼロコロナ政策が加わり、資源高と供給制約が連鎖してコストを押し上げています。ヒト・モノ・カネの自由な動きが支えてきた低インフレの時代が変わりつつあります。
世界中で中央銀行が政策金利を急速に引き上げています。2021年初めからのインフレ率上昇を当初は一時的と破断した結果、引き締めが遅れ、インフレが広範囲かつかなり持続的なものとなったからです。対照的に日本銀行は長短の政策金利を据え置いたままです。
日銀次期総裁に重圧
長短の政策金利を据え置いたままを堅持する日銀の黒田東彦総裁の任期満了まで半年、岸田文雄政権は後任人事の検討に入っています。有力候補として日銀の雨宮正佳副総裁、中曽宏前副総裁(現大和総研理事長)の名前が挙がっています。10年目の異次元緩和は円安や財政規(律財政運営の健全性を保つため、歳出と歳入の均衡を図ること)の緩みなどのゆがみが目立ちます。金利のない状態になれきった日本経済を波乱なく正常化できるのか、次期総裁には政府と渡り合い、揺れる市場とも向き合う胆力が求められます。
「当面、金利を引き上げるようなことはない」と日銀の黒田総裁は2022年9月22日の記者会見で言い切りました。その直後に円安が勢いづくと、政府はすかさず24年ぶりの円買い介入を実施しました。首相周辺は「いまは金利が上がる方が、円安進行よりも経済に打撃を与える」と黒田氏を擁護しました。
浮かび上がるのは、超低金利の維持を大前提に、不測の事態には為替介入で対応するという政府・日銀の「あうんの呼吸」です。黒田氏が2013年3月に総裁に就任してから10年目、凶弾に倒れた安倍晋三元首相らの下で異次元緩和を進めてきた日銀と政府の足並みは乱れていません。黒田氏の任期は2023年4月8日までです。77歳と高齢なため「3期目は難しい」との声が多いなか、岸田政権は遅くとも来年3月までに次期総裁人事を固める予定です。
異次元緩和には「デフレ脱却に一定の成果があった」との評価があります。政府では中長期的に出口を考える必要性を認める一方、影響が大きい急激な政策変更は望まないとの意見が多くなっています。政府・日銀には動けぬ事情もあります。マイナス金利の下、政府債務は国内総生産(GDP)の2.5倍に拡大し、国債の半分を日銀が保有する異常事態になっているからです。さらに金利という規律を失って新陳代謝が進まなくなった日本経済は成長力が低下しました。潜在成長率は日銀推計で黒田氏就任時の0.8%から0.2%に落ち、利上げへの耐性も下がりました。
物価上昇率は5ケ月連続で目標の2%を上回り、岸田首相も緩和の副作用である円安に神経をとがらせています。緩和修正のタイミングは近づいていますが、手順をひとつ間違えれば、現在0.25%以下に抑えている長期金利が跳ね上がりかねない危うさがあります。いわば膨らみきつた風船から少しずつ空気を抜いていくことが時期総裁の役割となります。政府と協調し、市場をなだめ、金融政策と日本経済を徐々に正常化していくバランス感覚と忍耐力が必要条件となります。ためらう政府を押し切る強引さが求められる局面もあり得ます。
有力候補となるのが、日銀副総裁の雨宮氏とその前任の中曽氏です。雨宮氏は理事や副総裁として異次元緩和を主導してきました。デフレ下の金融政策のほとんどを取り仕切ってきた日銀の「プリンス」です。中曽氏は金融市場や国際金融に精通し、危機対応の経験も豊富です。2013年から5年間、黒田氏の下で副総裁を務めました。国際決済銀行(BIS)市場委員会で議長を務め、海外での知名度も高いものがあります。
首相官邸が求めるのは、物価2%目標を柱とする政府・日銀のアコード(政策協定)を重視し、二人三脚で金融政策を進められる人物です。首相周辺からは「いま名前が取り沙汰されているような人なら問題ない」との声が上がっています。「この10年、日銀が何をしてきたか知っている人が望ましい」と黒田氏の出身母体の財務省でも、日銀出身者の総裁就任を容認する空気が強まっています。
財務省OBでは黒田氏と同じ元財務官でアジア開発銀行総裁の浅川雅嗣氏らが総裁候補に挙がっていますが、副総裁狙いが基本線との見方があります。副総裁候補では元事務次官の岡本薫明氏らの名前が挙がっています。もっとも、黒田氏の下で副総裁を務めた雨宮氏と中曽氏では、アベノミクス継承の印象が強まり過ぎてしまう恐れもあると、「サプライズ感」に欠けるとの声が政府内にあります。
円安や物価高で異次元緩和への風当たりが強まるなか、岸田政権が変化を打ち出すなら第3の候補もあり得ます。元日銀の翁百合日本総合研究所理事長を女性初の総裁に推す声があります。政府高官は「様々な観点を考慮して岸田首相が最終判断する」と話しています。
マイナス金利の下、政府債務は国内総生産(GDP)の2.5倍に拡大し、国債の半分を日銀が保有する異常事態になっています。膨らみきつた風船から少しずつ空気を抜いていくことが時期総裁の役割となりますが、非常に難しいものがあると感じますが、皆さんは如何ですか。