FRBの金融政策(その7)…FRBに追随する欧州各国・ECBの思惑

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 2022年9月時点で、金利の急速な上昇が世界を揺さぶっています。米国の10年物国債利回りは28日、2010年以来12年半ぶりに4%を上回り、世界の株安やドル高につながっています。金融引き締めや財政拡張を警戒した国債の売りが続けば、混乱が危機に繋がる危険性も高まります。英国の中央銀行は金利上昇を止めるための国債購入を余儀なくされました。




イタリア

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 議会選挙を控えるイタリアでは、2022年9月28日時点で長期金利の指標となる10年物国債利回りが約2ケ月半ぶりの4.9%の水準に上昇(価格は下落)しました。世論調査会社ユートレンドによると、メローニ党首率いる「イタリアの同胞(FDI)」と「同盟」、「フォルツァ・イタリア」の右派連合が最大勢力になる見通しです。減税などを公約に掲げる右派連合が勝てば、国の税収が減り財政悪化が懸念されるリスクから金利が上昇しているわけです。

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 「イタリアの財政および政治リスクに対して懸念を抱くようになった。」と英ブルーベイ・アセット・マネジメントのマーク・ダウディング最高投資責任者(CIO)は、過去1年間積み上げてきたイタリア国債の「ショートポジション(売り待ち)」を継続しています。

 財政規律を守るとしていますが、「財源は不透明であり、市場では財政悪化を懸念する声が多い」といえます。イタリアの長期金利は4%前後と6月半ば以来の高水準で推移しています。相対的に安全資産とされるドイツ債との利回り差は2.4%程度に拡大しました。米格付け会社ムーディズ・インベスターズ・サービスは8月上旬にイタリアの格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げました。「政治環境が構造改革の実施を妨げるリスクが高まっている」と指摘しています。

 また、ECBはユーロ圏内の国債利回り差の拡大を防ぐため、資産購入プログラムで国債を買い入れて利回りの上昇を抑えています。足元ではイタリア国債の買い入れを増やしていますが、イタリア国債の購入額がECBへの出資化率とかい離しすぎると他国から反発が強まる可能性があります。ECBが新たに7月に導入した「トランスミッション・プロテクション・インスツルメント(TPI)」の効果も不透明です。これは国債利回りの上昇を抑えるための買い入れ措置ですが、適用にはその国の「財政の持続可能性」などが条件になっており、ハードルは高いといえます。

 こうした状況を見透かすかのように投資家はイタリア国債に売りを浴びせています。英フィナンシャル・タイムズ(ET)は8月下旬、8月の空売りを目的とするイタリア国債の借入額が2008年以降で最大になったと伝えました。南欧諸国の財政は脆弱であり、21年末時点のイタリアの国内総生産(GDP)に対する政府債務の比率は151%にのぼります。スペイン(118%)やギリシャ(193%)、ポルトガル(127%)も高水準です。財政支出に舵をきる新政権が増えれば、インフレの長期化に陥りかねません。

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 一方、インフレの影響で8月の消費者物価指数は前年同月比で9%上昇しました。右派はインフレで苦しむ国民に対し、中小企業や低所得者向けの支援を公約に掲げます。足元の景気は悪化しており、8月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は約2年ぶりの低水準でした。経済基盤がドイツなどと比べ弱いため、欧州中央銀行(ECB)が進める利上げの影響が大きく、ポピュリズム(大衆迎合主義)を招きやすくなっています。財政悪化は欧州連合(EU)との対立につながる可能性もあります。因みに、ポピュリズムは、もともと民衆が既存体制の打破や知識人などエリートによる政治を批判する政治運動のことを指しています。

イギリス

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 選挙への警戒は同じく物価高に苦しむ英国も同様です。ジョンソン首相の後任を決める与党・保守党の党首選の結果が5日に発表されます。2022年9月1日の10年債の利回りは2.9%台と約8年ぶりの高水準を付けました。英ポンドは一時=ドル代前後と約2年半ぶりの安値、対ユーロでも1ユーロ=0.86ポンドと約2ケ月ぶりの安値を付けました。

 世論調査によると、大規模な減税を約束するトラス氏が優位に立っています。家計支援として付加価値税の5%引き下げを検討しているとされ、「減税すれば一時的に景気は好転するが、先々のインフレ懸念が加速する」との指摘があります。

 9月29日現在、英イングランド銀行(中央銀行)は9月28日、債券市場で英国債の利回りが急激に上昇(債券価格は下落)したことを受け、国債を緊急で買い入れると発表しました。残存期間20年超の国債価格を対象に10月14日まで、市場の安定に必要な分だけ金額無制限で実施されます。10月上旬に予定していた保有国債の市場での売却開始は同月末に延期されました。国債購入は市場秩序の回復を担う臨時措置ながら、金融引き締めの方向とは矛盾します。トラス政権が打ち出した大規模な減税策に対する債券市場の動揺が世界にも波及するなか、一時的とはいえ中銀自身がアクセルとブレーキを同時に踏む複雑な状況に追い込まれました。

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 イングランド銀行は声明で「価格変動はここ1日で一段と著しくなり、特に長期の国債に影響が出ている」と懸念をしめしました。「市場の機能不全が続いたり悪化したりすれば英金融システムに重大なリスクになる」として、実体経済への悪影響を防ぐため金融安定を取り戻す必要があると説明しました。買い入れは9月28日から10月14日まで毎営業日に実施されます。当初は1あたり最大50億ポンド(約7700億円)をめどとするが、市場の安定回復に必要と判断すれば「どんな規模でも購入する」と強調しました。ただ「極めて時限的」としており、市場が落ち着きを取り戻せば秩序だった方法で保有を解消すると言っています。購入で損失が生じた場合は財務省から補填を受けることで合意しました。

 トラス政権の減税策で大荒れとなった英国市場では同日、英イングランド銀行(中央銀行)が国債購入を発表、前日に5%程度だった30年債利回りが4%を下回る水準に低下する場面がありました。金利上昇が実体経済にもたらす影響は強まっています。英国では住宅ローン金利の急上昇を受けてロイズ・バンキング・グループ傘下のハリファクスが手数料と引き換えに低金利で借りることができる住宅ローンの取り扱いを停止しました。

ECB

 欧州中央銀行(ECB)は8日の理事会で、政策金利を0.75%引き上げると決めました。0.75%の上げ幅はユーロが誕生した1999年以降で初めて。欧州ではウクライナ危機に伴う資源高で、インフレ率が年内に10%程度まで高まる可能性も出てきました。ECBは通常(0.25%)の3倍となる大幅利上げにより、景気後退リスクを覚悟のうえで高インフレを抑制する構えです。

 主要政策金利をプラス0.5%からプラス1.25%、銀行が中央銀行に預ける際の金利(中銀預金金利)を0%からプラス0.75%に引き上げました。新たな政策金利は14日から適用されます。ECBの政策金利の水準は欧州債務問題が深刻になった2011年ぶりに利上げを決め、マイナス金利政策の解除に踏み切りました。想定外のインフレに対処するため、今回は利上げ幅を前回の0.5%から拡大する必要があると判断しました。ラガルド総裁は記者会見で「インフレ率が高すぎるため、今後さらに利上げを続けるつもりだ」と述べました。

 世界では主要中銀が相次ぎ大幅利上げに動いています。2022年9月は米連邦準備理事会(FRB)が3会合連続となる0.75%の利上げに踏み切る可能性があり、スゥェーデンも同様の利上げ観測が浮上しています。カナダは7日に0.75%の利上げを発表しました。インフレ抑制が遅れていたECBも連続利上げで足並みをそろえました。欧州ではインフレの加速が止まりません。8月のユーロ圏の消費者物価指数は伸び率が前年同月日で9.1%と4ケ月連続で過去最高となりました。ロシアからの供給不安で天然ガスの価格が最高値を更新しました。今秋にかけて光熱費が跳ね上がる恐れがあるほか、食料品やサービスが値上がりするなどインフレの裾野も広がっています。

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 当面ECBは景気より物価の安定を優先させる構えです。ラガルド総裁はインフレ率が中期的に2%に戻るまで必要な限り利上げを続けると表明していいます。中銀の信認を確保するためにも、低所得層に影響が大きいインフレの阻止が必要になります。今回の理事会では、新しい経済・物価見直しも示しました。インフレ率は2022年に8.1%、2023年は5.5%と上方修正しました。2024年に2.3%まで鈍化する想定です。一方、成長率は2022年が3.1%としつつも、2023年には0.9%まで低下する見通しです。大幅な利上げは景気を過度に冷やす恐れもあり、インフレと景気後退が同時に進むスタグフレーションへの懸念が強まっています。

ECBの金利政策

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 欧州中央銀行(ECB)が景気や物価の安定を図るために上げ下げする金利です。欧州連合(EU)加盟国のうち、ユーロを法定通貨とする19ケ国に適用されます。ECBの首脳6人(総裁、副総裁、4人の専務理事)と、19人の各国中銀総裁で構成される理事会で6週間ごとに決定されます。中銀総裁は15人が持ち回りで投票権を持ちます。

 ECBは市場金利の上限・中心・下限となる3つの政策金利を設定しています。中心となるのは、民間銀行が国債などを担保に中銀から資金供給を受ける際に適用される「主要政策金利」です。上限は銀行が市場で資金を調達できない場合に中銀から借り入れる際の「限界貸出金利」であり、下限は銀行が余剰資金を中銀に預ける際の「中銀預金金利」となっています。政策金利の設定方法は各国によって異なります。米連邦準備理事会(FRB)は民間銀行が資金をやり取りする際に使う短期金利であるフェデラルファンド(FF)金利を足元で2.25~2.50%に誘導しています。日本は金融機関が日銀に預ける当座預金の一部にマイナス0.1%の金利を適用しており、これが現在の政策金利となっています。

 金利の急速な上昇が世界を揺さぶっています。米国の10年物国債利回りは2022年9月28日、2010年以来12年半ぶりに4%を上回り、世界の株安やドル高に繋がっています。金融引き締めや財政拡張を警戒した国債の売りが続けば、混乱が危機につながる危険性も高まりますが、皆さんはどう思われますか。



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