インフレについて考える(その2)…スタグフレーションに陥る危険性

 スタグフレーションとは、景気が後退しているにも関わらず、インフレが同時進行してしまう現象です。「不況下のインフレ」ともいえます。インフレで物価が上がり続けているのに、景気は低迷してお金の価値も下がってしまうという極めて厳しい経済状況です。通常、景気の停滞によって需要が落ち込めばデフレとなりますが、例えば原油価格の高騰など、原材料などの価格上昇などをきっかけに、不景気なのに物価は上昇してしまうということがあります。1970年代のオイルショックがまさにそれで、デフレよりも厄介です。

 景気悪化でデフレ必至に思えるポストコロナにおいても、輸入価格の高騰や物流コスト増大など、多くのインフレ要因が存在しています。そのため、今回のコロナ禍による物流停滞の影響で航空貨物運賃が急騰した時には、このスタグフレーションが発生してしまうのではないかと懸念する声もあります。

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 今回は、2022年6月3日日経新聞で紹介されたFinancial Times のチーフ・エコノミクス・コメンテーター、マーティン・ウルフ氏のスタグフレーションに関する見解を紹介します。

 『物価上昇と景気低迷が同時に起きた1970年代のスタグフレーションの時には、米国の株や国債による運用は苦戦しました。仏運用大手アムンディの資料によると72年末~81年末の物価変動調整後後の資産別騰落率(年率換算)は金と不動産がプラス、株や国債はマイナスでした。(下図参照)

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 現在の状況が50年前とよく似ているのは明らかです。当時も同じく戦争がありました。1973年の第4次中東戦争と1980年のイラクによるイラン侵攻です。どちらの戦争もやはり原油価格の高騰を招き、その結果実質所得は目減りしました。米国も他の高所得国も10年にわたり高インフレ、不安定な経済成長、株価の低迷に苦しめられました。その結果、米連邦準備理事会(FRB)の当時のボルカー議長が大胆な金融引き締めを断行し、米レーガン政権と英サッチャー政権が大胆な自由市場政策に舵をきったわけです。自由市場とは、すべての取引が政府や権力による強制で行われるのではなく、望む者が自発的に取引を行う市場を言います。計画経済の対極に位置付けられます。

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 70年代と同様、今回のインフレも、予想外の出来事が重なって引き起こされた供給ショックが一因です。ただ、供給ショックでインフレが始まると、給与は上がっていないのに物価が上昇することから、人々は実質所得を維持しにくくなります。一方で、中央銀行は景気を喚起し賃金を上げ実質需要を維持しようとするため、過剰な需要が生まれます。そのため、一時的な供給ショックが継続的なインフレに変質してしまうのです。そして安定した低インフレが維持されるという人々の信頼が損なわれていく中、中銀がその信頼回復に必要な勇気を持ち合わせていないとスタグフレーションに陥ることになります。

 現在、米国では超完全雇用状態の下で供給が頭打ちになるなか、名目需要はハイペースで伸びています。2年平均(新型コロナウィルスの感染拡大が始まった20年を含む)で見た名目需要の伸びは年6%を上回っています。しかも22年第一四半期までの1年間では年12%以上の伸びを記録しています。名目国内需要の伸びは、実物財・サービスの需要増とその価格上昇との算術積で求められます。名目需要が急拡大して実物財・サービスの供給が追い付かなくなれば、インフレは避けられません。

 因みに、名目値とは実際に市場で取引きされている価格に基づいて推計された値であり、実質値はある年からの物価の上昇・下落分を取り除いた値です。名目値ではインフレ・デフレによる物価変動の影響を受けるため、経済成長率を見る時は、これらの要因を取り除いた実績値を見ることが多いと言えます。また、潜在成長率とは、景気循環の影響を除いた経済成長率を言います。そして、名目需要、潜在成長率、インフレ目標値の間には、次の関係があります。
  
        名目需要 = 潜在成長率 + インフレ目標値

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 米国のように経済規模が大きい場合、名目需要の急増は国外から供給される財の価格にも影響します。加えて各国も似た政策を実行しているため、その影響は増幅されます。新型コロナ禍が深刻な供給の逼迫を引き起こしたのは事実ですが、ここまでではなかったと考えられます。ロシアのウクライナ侵攻に伴う供給ショックで事態は一段と悪化しているのです。

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 名目需要のハイペースな伸び(6%以上)が、潜在成長率(年2%)とインフレ目標値(年2%)に見合う4%前後に落ち着くとは思えません。名目需要の伸びは金利を大幅に上回り、1970年代以来の水準に達しているうえ、10年物国債金利(4%)との差は当時より大きくなっています。超完全雇用下で名目賃金が急上昇している状況で、人々が低利での借り入れをためらう理由はありません。新型コロナに伴う各種の支援で家計の収支が好転しているのだからなおさらです。だが貸し出しひいては名目需要がいつまでも高水準で伸び続ける可能性は低いといえます。ただ、名目需要の伸びが年6%に落ち込んだとしてもインフレ率は4%ほどにしか下がらず、2%にはなりません。

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 だが供給制約による物価高が長引くようなら、70~80年代のスタグレーションに近い状況になるリスクは残ります。当時は2度のオイルショックに見舞われ、米国の失業率と物価上昇率を合計した「悲惨指数」は2割に達しました。仏運用大手アムンディによると、この時期に米国の株式や長期国債の実質収益率はマイナス4%前後に沈み、住宅や金など実物資産は実質横ばいかプラスでした。

 足元、米国の悲惨指数は1割と70年代の半分にすぎません。当時の米連邦準備理事会(FRB)は景気悪化をいとわない引き締めでインフレ鎮静化を図りましたが、「今の中銀は過度な(金融引き締め志向の)タカ派政策によるデフレリスクを意識している」という違いもあります。

 それでも「物価高が長引けば家計の実質所得が目減りして消費も弱まり結局はスタグフレーションに陥る」との懸念は根強いものがあります。インフレ発の相場の波乱には引き続き警戒が必要です。

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 インフレに火をつけたのは2020年と21年に実行された財政政策と金融政策の組み合わせです。小幅の利上げだけで燃えさかる炎が消え、失業率の上昇も招かないと考えるのは、あまりにも楽観的すぎます。

 インフレ率は下がってもせいぜい4%前後にとどまり、これがニューノーマル(新常態)となります。その時、FRBは再びインフレ退治に乗り出す必要に迫られます。でなければインフレ誘導目標(2%)自体を放棄し、将来見通しの不安定化と信頼の喪失を招くことになります。これがまさにスタグフレーションに陥るサイクルなのです。経済へのショックと財政・金融政策当局のそのショックへの対応の過ちが互いに影響し、このサイクルを引き起こします。

 今は頭がおかしいポピュリスト(大衆迎合的)の政治家が多いわけですが、そのためスタグフレーションに陥った場合、彼らが政治に及ぼす影響を考えると恐ろしいというしかありません。それでも取るべき政策ははっきりしています。1970年代から学ぶべき教訓があるとすれば、それは、引き締めに転じるタイミングはインフレが始まった初期段階で、ということです。その段階なら人々の政策当局への信頼も期待もまだあります。つまり、FRBは、潜在成長率とインフレ目標値に見合う水準まで需要の伸びを押し下げるという決意を繰返し表明する必要があります。もちろん、口だけではだめで、何が何でもそれを実現させなければならないのは言うまでもありません。』

 スタグフレーションが起きないようにFRBがどのような金融政策を行うのか、目が離せませんが皆さんはどう思われますか。



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