インフレについて考える(その5)…40年ぶりの債券投資地獄の到来

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 世界の債券・株式の価値が急減しています。2022年4月~9月には合計44兆ドル(約6300兆円)消失し、半期ベースで過去最大となりました。歴史的な金利の急上昇を震源とした証券価値の減少が、英国の年金基金など思わぬところに危機の芽を生み出しています。

 インフレの勢いが衰えず、米連邦準備理事会(FRB)など各国中銀は夏場にかけて一段と金融引き締めの姿勢を強めました。米10年債利回りが2022年9月28日に2010年以来12年ぶりに4%を突破し、利回りと反対に動く債券価格は急落しました。世界の債券残高は2022年4~9月に20兆ドル減り125兆ドルとなりました。英国では国債急落で年金基金の金利スワップ取引などに評価損や担保不足が生じ、国債売りの連鎖が起きました。年金破綻につながりかねず、イングランド銀行(中央銀行)は国債の買い支えに動きました。

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 今回は、年金基金を中心として運用が行われている国債市場の混乱振りを、さわかみ投信会長澤上篤人氏の著書「金融バブル崩壊」2021年日経BP刊行から引用して紹介します。イギリスでの年金基金のニュースを聞くと、日本のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も他人事として放っておくことができないように思います。


40年ぶりの債券投資地獄

 世界的に見て、長期金利は1983年以降ずっと下がり続けてきました(下図)。この37年間というもの、世界の債券市場がひたすら高値追いしてきたことを意味します。ということは、世界中の債券運用者の大半が、37年越しの上昇相場しか知らないわけです。1970年代から80年代前半にかけての債券市場の暴落など、ほとんどの人は未経験ということになります。ちょうど、この期間に世界の年金運用が急拡大しました。年金の巨額資金によるすさまじい債券買いが、世界の債券市場を大きく押し上げました。それが、1983年からの世界的な長期金利の低下傾向を促進させた、最大の要因と言ってもいいと思います。

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 主として先進国の間ですが、世界の年金制度は1960年代後半から70年代前半にかけて整備されました。それにともなって年金の積立額が急増して行き、年金資金は世界の債券市場や株式市場で最大手の買い主体に躍り出ました。世界の年金資金はどんどん積み上がって行きます。その資金が債券や株式を片っ端から買っていくのです。年金資金によるすさまじい買いで、世界の債券価格も株価も上昇に次ぐ上昇となっていったのです。それはそのまま、債券の流通利回りを低下させ続けることになりました。世界の長期金利の趨勢的な下落トレンドを、強力に下支えしていったわけです。

 世界の株価も同様です。たとえば米国株式市場を代表する、ダウ工業30種平均株価で見るとすさまじい上昇を示しています。すなわち、1982年8月から2000年はじめにかけての17年半で、なんと15倍にもなっているのです。おもしろいのは、米国経済が2度の石油ショックの後遺症で低迷を続けていた1992年の8月までの10年間でも、ダウ工業30種平均株価は5.5倍となっていることです。不況で金利が低下していったこともありますが、年金資金のコンスタントな買い増しが株価上昇に大きく寄与していたわけです。

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 かくして、世界の債券市場も株式市場も、1983年ごろから今日までずっと上昇トレンドを追い続けることになりました。それが、債券投資は安全であるという神話となり、株式投資は目安となる指数(インデックス)に連動したインデックス運用の花盛りといった現象をもたらしました。1980年代に入ってからというもの、世界の運用ビジネスは巨大な産業に成長しました。その中心的役割を果たしたのが、年金基金の増加に次ぐ増加だったのです。

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 その年金買いですが、もうそう長くは続かないだろうと思います。そして、先進国はどこも高齢化現象が進んでいます。その結果、最近は毎年の年金積立額よりも給付額の方が大きくなってきています。年金のキャッシュアウトは7~8年前からはじまっており、日本は9年前からです。これまで積み上げた膨大な年金資金のプールがあるから、まだ年金資産が純減するまでには至っていません。しかし、よほど運用で好成績を残さない限り、いずれは年金資金による債券や株式の売り越しが現実の問題となります。ということは、まだ先の話ですが、年金の売り越しによる債券価格の下落もあり得ます。

 ともあれ、世界の債券市場はこの37年間ずっと上昇相場を続けています。そして、いつしか債券投資は安全という思い込みが定着してしまっています。しかし、債券投資は安全どころか、ひとたび債券相場が崩れると、一方通行の激しい下げとなります。そんな修羅場など、世界中のほとんどの債券投資家は未体験です。債券市場の一方通行的な棒下げに直面し、パニック状態に陥ります。長期金利が急上昇し世界の債券市場が総崩れとなるや、各国とも国債の増発による財政赤字の穴埋めは、ほぼ不可能となります。同時に、先進各国は現行のゼロ金利政策を放棄させられることになります。となると、各国の財政運営は一体どうなるのでしょうか。

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 債券市場が崩れ長期金利が上昇に転じると、債務国の財政運営は塗炭の苦しみを味わうことになります。なにしろ、新しく発行する国債の金利が上がるのです。それだけ財政運営の負担が重くなります。現状のゼロ金利政策が続く間は、新発国債の発行金利はなきに等しい、つまり、金利コストをほとんど意識することなく、新規の国債を発行できます。ところが、長期金利が上昇に転じるや、新発国債の金利コストはズッシリトと重くなります。それだけではありません、満期償還を迎える国債の借り換え分も、発行金利上昇の荒波をもろにかぶることになります。

 実のところ、満期国債の借り換え分は意外と大きな額となっています。日本で見ると、2020年度は新規国債が当初予算の32兆5500億円が、二次補正後では90兆1500億円に増加しましたが、借換債は107兆9800億円のままです。合計すると、198兆1400億円の国債発行となります。いまはゼロ同然の金利水準だから、金利負担はないに等しいわけです。しかし、金利がたとえば2%に上がると、年間の金利コストは3兆9600億円となります。実に巨額の財政負担となります。

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 ということは、長期金利の上昇がはじまるや、債務国の金利負担は新規発行分と借り替え分を合わせると、あっという間に重いものになります。財政当局からすると、その事態はなにがなんでも避けたいところです。裏を返すと、日銀がしゃにむに国債を買い取っているのも、政策当局の強い意向を汲み取ってのこととも言えます。長期金利の上昇はなんとしても回避したいという意向です。

 10年債を発行すれば、10年後には満期償還となければならないのですが、その資金の98.4%は借換債を発行して償還しているのですから、元本の返済は1.6%しか行わないということです。なぜ1.6%しか元本を変換しないのかというと、通常建設国債を発行して何か公共事業で道路や建物などの公的な施設を建設すると、この建設した施設は60年ぐらいもつから、1年÷60年=1.66%なので、1.6%ルールというものができたそうです。

 では、あくまでもゼロ金利政策を維持するのでしょうか?そのためには、中央銀行に大量増発する国債を引き受けさせることになります。それは、どこの国でも法律で禁じられている財政ファイナンスに手をつけることを意味します。日銀は、かなり前から民間金融機関が引き受ける国債を買い取る形で、事実上の財政ファイナンスに踏み切っています。米国のパウエルFRB議長も、2020年の夏ごろから財政ファイナンスに言及しだしています。

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 各国は財政赤字急拡大で、それを賄うには財政ファイナンスもやむを得ないといった方向へ傾斜しつつあります。この流れは、どうやら世界中へ伝播していくのでしょう。そして、ブレーキのかからない暴走となってしまうでしょう。どういうことか。もともと国債を発行することは、将来にツケをまわす国の借金です。そのツケは、発行された国債が満期償還を迎えるまで支払い続ける金利と償還元本の合計です。では、ツケを支払うための原資はどこから調達するのでしょうか?主として税収入から賄うことになります。そう、将来の税収入を当て込んで、国は国債発行という借金をするわけです。
 
 そういった国の借金である国債を、民間の金融機関が運用対象として喜んで購入している間は、なんの問題もありません。なぜなら、民間の金融機関が国債の満期償還は当然として、国の財政運営状況なども安心できると計算した上で、資金運用の一環として国債を購入するからです。もちろん、その計算の中には国債を保有している間に得られる金利収入も考慮してのことです。それが国債投資の利回り計算であり、市場金利の上昇に対しては敏感な反応を示すことになります。

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 従って、長期金利が急騰し、国債はじめ債券価格が一直線の下落をしだすや、状況は一転します。民間の金融機関は国債購入どころか、損失回避の売りを急ぐことになります。これから、さらに多額の国債を発行せざるを得ない各国にとっては、そのような事態は避けたいと考えます。国債相場の急落すなわち長期金利の上昇を招くことなく、大量の国債発行で財政赤字の穴埋めをしたいが、どうすれば良いのでしょうか?最後の手段として、中央銀行に国債の新規発行を引き受けてみもらうしかありません。つまり、財政ファイナンスという道へ踏み込んでいくことになります。一度、財政ファイナンスの方向へ舵を切ってしまったが最後、恐ろしい悪循環が始まります。

 国債は運用規模が大きいので、個人投資家はほとんど見向きもしませんが、金利の変動に敏感な商品です。特に現在(2022.11)のように金利が大きく上昇している時には、維持コストが膨らみ、他の金融商品にも影響を及ぼします。従って目が離せませんが皆さんは如何ですか。



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