インフレについて考える(その8)…金融政策正常化への楽観的理論MMT

 2019年5月の時点では、世界は低インフレ状態で、ほとんどの先進国は、金融緩和の名のもとに財政支出を控える必要はないと考えている状態でした。日本も、今や借金大国となり、GDP(520兆円)の2倍以上の1,200兆円の借金を抱かえています。これは世界でトップクラスです。しかも、日銀がその日本国債を40%以上買い占めており、その金融政策が注目を浴びています。

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 最近、通貨の増発による財政出動に理論的根拠を与えるとして、現代貨幣理論(MMT)が頻繁に登場しています。日経新聞2019年5月17日版の「大機・小機」に、面白い記事が出たので、まずそれを紹介します。以下、抜粋です。

「財政赤字容認論と長寿の否決」

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 『難しい病気と戦っていると、画期的な新薬への期待が膨らむものだ。深刻な病であればあるほど、医学の常識を超える薬であっても、わらにもすがる気持ちになる。経済学の世界で、異端とされる現代貨幣理論(MMT)が注目を集めているのも「伝統的な政策では低インフレを抜け出せない」という閉塞感が背景にあるのだろう。

 MMTの提唱者らは「インフレにならない限り政府は自国通貨建てで借金し、財政赤字を膨らませてもよい」と主張する。政府債務が国内総生産(GDP)の2倍を超えているのに物価が上昇しない日本がよい例なのだそうだ。この理論が正しいなら、政府与党にとっては朗報だ。消費税率の引き上げで大騒ぎをすることも、年金や医療の改革で高齢者のひんしゅくを買う心配もない。だが、永田町や霞が関の経験則でいえば、うまくいくとは思えない。』

 更に、2019年5月31日版の日経新聞の経済教室には、現代貨幣理論MMTを問うと題して、専門家の見解も発表されています。ここではかなり詳細にMMTに関して以下の内容で説明されていました。

現代貨幣理論MMTを問う

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 現代貨幣理論(MMT)はマクロ経済理論の1つで、歴史的にはジョン・メイナード・ケインズ、アバ・ラーナー、ハイマン・ミンスキーといった経済学者にルーツを持つとされています。

 MMTの基本的な前提は、

(1) 独自の不換通貨を持つこと。不換通貨とは、銀行券の保有者は発行者(中央銀行)に金(Gold)などとの交換を要求できない、すなわち兌換不能な通貨を指します。
(2) 公的債務(国債)の大半が自国通貨建てであること。
(3) 為替が変動相場制であること。

です。これらの前提を満たす主権国家は、決して破綻しないというものです。この3つの条件を満足する国は、公的部門のすべての赤字を通貨増発で手当て(財政ファイナンス)できるため、公的債務がどんなに膨張しても心配には及ばないというものです。

 どうしてこの様なことが言えるのかですが、まず、流動性の罠に陥った国は、金融政策が動かなくなっていることは明白です(図参照)。マイナス金利政策で金融緩和しているのに、物価が動かず2%の目標に達していません。

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 流動性の罠が生じるのは、債券金利がゼロ(もしくはマイナス)になると、債券よりも貨幣の方が選好されるためです。よって、流動性の罠は、長短期に限らず、債券がすべて貨幣と代替されるとき初めて起きます。政策金利がゼロ制約にあったとしても、長期債の買い入れなど金融政策にはまだ余地がある場合は、流動性の罠とは言いません。流動性の罠とは、金融緩和により、利子率が一定水準に低下した場合、投機的動機に基づく貨幣需要が無限大となり、通常の金融政策が効力を失うことです。図の右端の状況が該当していて、インフレ率は低く、近い将来、高インフレになる危険性も、財政支出や財政ファイナンスを打ち止めにすべき水準には程遠いものといえます。

 この様に、流動性の罠に陥った状況であれば、通貨増発による財政出動を実施したとしても、これは景気変動抑制効果を持つのでその観点からは望ましいといえます。だが、ひとたび流動性の罠を脱したら、インフレを引き起こしてしまうので、インフレを誘発せず、通貨発行益を最大化することに細心の注意を払わなければなりません。日本銀行の利益の大部分は、銀行券(日本銀行にとっては無利子の負債)の発行と引き換えに保有する有利子の資産(国債、貸出金等)から発生する利息収入で、こうした利益は、通貨発行益と呼ばれます。

 名目金利が実効下限制約(ELB)、すなわち、事実上の下限に達している状況と、長期的な流動性の罠が併存する現状は、特異な経済環境であり、この環境に限ればMMTの中心的な主張、通貨増発による財政出動の拡大は成り立ちます。期限付き商品券を国民に配布するといったヘリコプターマネー政策も、今日の日本になら、物価を2%に上昇させるという意味では、効果があるかも知れません。

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 マンとブイター両氏は、MMTが最近注目されるのは、現在の低インフレと超低金利の組合せが、財政ファイナンスに関するMMTの主張によって理想的な環境を形成しているからであることを認識する必要があると述べています。これまでのところ、米国と英国は流動性の罠から脱していますし、ユーロ圏、いや日本でさえ、どこかの時点で金利がELBを上回って来ると考えられます。そうなった時は、巨額の財政ファイナンスが引き起こすインフレは日本にとって深刻な問題となると考えられると、注意を喚起します。

 そして、国家はいつでも通貨を増発して、債務返済に充当できますから、自国通貨建ての国債のデフォルト(返済不履行)はあり得ないという主張は、財政ファイナンスがハイパーインフレを誘発すれば、デフォルト以上に多大なコストが生じかねないことを無視していると主張します。

2022年11月時点での世界のインフレと金融政策

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 それから3年近く経過した2022年11月3日版の日経新聞「大機・小機」には「トラス政権交代と財政規律」と題してMMT理論について述べられています。今回は2019年とは正反対で、世界ではインフレが起こり、財政支出を抑える動きが加速している状況です。

 「英国のトラス政権がわずか44日で終わりました。引き金となったのは政権が打ち出した「財源なき財政出動」でした。金融市場は大減税に不信任をつきつけました。新首相となったスナク氏は「経済の安定と信頼を政府の課題の中心に据える」と述べて財政規律を重視する姿勢を打ち出してきました。

 そこで、心配になるのが、我が国の「財源なき財政出動」です。日本では、長年にわたって「財源なき財政出動」が繰り返されて公的債務が累積しています。公的債務は、その返済への信頼がある間は金融市場が動揺することはないと言われます。しかしながらそれは、これまで円が安全資産と思われてきたことが大きいと考えられます。

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 最近の円は、短期間に大きく変動するなど、もはや安全資産とは言えなくなってきています。日本も英国と同様に金融市場から突然、不信任を突きつけられる国になってしまっているのです。その状況下で金融市場の信頼をつなぎとめるためには、英国の新政権と同様に財政規律を重視する方向に早晩かじを切っていくしかないはずです。

 ところが日本では、現代貨幣理論(MMT)なる財政理論が跋扈しています。それを背景に、今国会でも29兆円を上回る補正予算案が財源の裏付けもなく打ち出されています。MMT理論の基本はインフレを心配する必要はないというもので、その元祖は米国ですが、米国でも実際にインフレに直面した今日、その主張が絵空言であることが明らかになり、もはやほとんど誰も相手にしなくなっているようです。このままでは日本はいつ、金融市場から不信任を突きつけられてもおかしくありません。

 最近、日本では「衰退途上国」ということがいわれるようになっています。他の先進国よりも生産性の伸びが低く、その結果、通貨が安くなり、その下で物価の上昇に賃金が追い付かず、国民生活が貧しくなっていくのが衰退途上国の定義です。今回の円安による物価上昇の下で生じているのは、まさにそのような事態です。現在、多くの先進国は、新型コロナウィルス対策で傷んだ財政の再建に取り組みだしています。明日の国民生活を豊かにしていくための政策といえます。それに反する政策をとろうとしたのがトラス政権だったのです。他山の石とすべきです。」

 「MMTによれば、財政支出を停止しなければならないのは、インフレが行き過ぎた場合だけで、現時点で低インフレのほとんどの先進国は、財政支出を控える必要はなさそうです。日本はまさにこの理論が当てはまります。」ということを信じている人が多い様ですが、皆さんはどう思われますか。



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