金利操作テクニック(その1)…戦後米国の金利動向の特徴

戦後米国政策金利の推移

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 アメリカの政策金利は米国連邦準備委員会(FRB)が決めています。「フェデラルファンド金利(FF金利)」と同一視されますが、そもそもフェデラルファンドとは米国民間銀行が連邦準備銀行にあずける準備金を指します。その準備金を維持するために銀行間で資金を融通する場合の短期金利をFF金利といいます。このFF金利が政策金利と同じになる様に連邦準備銀行が市場を操作しています。政策金利の戦後の推移は下図のとおりです。

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 1990年代初めには8%あった金利も、経済が後退するたびに低下しています。リーマンショック前には5%を超えましたが、リーマンショック後はFRBがゼロ金利政策を継続したため超低金利が続きました。その後は順調な経済状況を背景に2015年12月、2016年12月、2017年3月に利上げが行われました。

1970~1990年時代の低金利・低インフレ・低失業率

 以上のような米国の安定した経済成長の背景には、低金利、低インフレ、低失業率が並存したことも見逃せません。見かけの金利(名目金利)から物価変動の影響(予想物価上昇率)を差し引いた実質金利は、1980年代末にかけて低下した後も低水準で安定的に推移し、物価上昇率も1990年代初頭に大幅に低下した後、安定して推移しています。このような金利の低位安定の背景には、1990年代に財政赤字が改善し、1998会計年度には29年ぶりに黒字に転じたことのほか、資本の国際的移動が高まる中で、経済成長率が相対的に低い日本や欧州などから資本が流入したことなどがあげられます。

 また、物価の下落や安定の要因には、国内面では、連邦準備制度(FED:Federal Reserve System)の予防的な金融政策の効果や、1970年代以降の規制緩和や市場開放の効果、軍需産業から民需産業への転換に伴う民生市場への供給力の拡大などがありました。一方、対外面では、世界的な物価の安定などがあります。このように、低金利、低インフレは、安定成長の要因であるとともに、結果でもあり、相互に関連し合っていました。

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 さらに、失業率が持続的に低下し、2021年現在も30年ぶりの低失業率で推移しています。通常、失業率が6%を下回ると物価上昇率が加速すると考えられていましたが、6%を下回った1993年以降においても物価上昇率は加速していません。この要因として、1991~93年以降にかけて、労働市場の柔軟化を背景にNAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment:インフレを加速させない失業率)が低下している可能性があります。この結果、物価上昇率と失業率の和で定義される悲惨指数は98年5月には5.7と1965年12月以来33年振りの低水準となりました。

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 新型コロナウィルス対応で保有資産を膨らませた「大きな中央銀行」は半永久的に続くと言われています。米連邦準備理事会(FRB)の金融緩和政策の転換が近づくなかでも債券高(低金利)・株高が併存する米国市場の動きは、そんな未来図を映している可能性があります。潤沢な緩和マネーの供給を維持し、財政や市場に優しい金融政策運営がもたらす規律の緩みは新たな危機の芽を育むことを念頭に置く必要がありそうです。

1987~2006年グリーンスパンFRB議長時代:「コナンドラムとフロス」の出現

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 一昔前に「謎」と呼ばれた現象が2021年時点で米国債市場で起きています。金融緩和の修正が意識されているのに、長期金利が上がりづらくなっているのです。金利を抑えているのは海外マネーで、0%前後の利回りで停滞する日欧の国債を避け、米国市場へ流入しています。そのため、米国債価格は高くなり、利回りを抑えます。金融政策の正常化を進めても、資産価格高騰への懸念を解消できない可能性があります。

 似た現象は2000年代半ばにも起きていました。米連邦準備理事会(FRB)が利上げを進めても長期金利は上がらず、2006年には政策金利と10年債金利が5%台で並びました。当時FRB議長だったグリーンスパン氏はこの現象を「コナンドラム(謎)と呼びました。当時は中国など新興国の貯蓄が米国債に向かい国債価格が上昇し米長期債の金利上昇を抑えました。今は先進国も含めた世界がカネ余りです。新型コロナウィルス後の経済回復でリードする米国に資金は集まりやすくなっています。

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 グリーンスパン氏が発した言葉で、もう1つ最近話題なのが「フロス」です。非常に細かい泡で、バブルにはいたらない過熱を指し示す言葉で、グリーンスパン氏は2000年代の住宅市場の活況をこう呼びました。パウエル現議長は4月、ゲームストップ株などの乱降下を「フロス」とし、相場の過熱に警戒感を示しました。フロスのはずだった住宅市場の活況はのちに金融危機をもたらした。グリーンスパン氏の利上げが遅れたことや、海外マネーの流入で長期金利の上昇が抑えられたことが要因とも評されました。

 2021年時点では暗号資産の乱高下や住宅価格の高騰など低金利の副作用ともいえる現象が広がっています。米金利が上がらない「謎」は資産価格を支えると同時に、バブルのリスクを蓄積している可能性もあります。長期金利をなんとか上げようと利上げ予測をさらに強めれば、財政と金融政策を総動員する「高圧経済」の力は弱まります。FRBの政策は難しさを増しています。

2006~2014年バーナンキFRB議長時代:「テーパー・タントラム」の出現

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 2008年のリーマン危機後、3度にわたる景気刺激の量的緩和(QE)を講じたバーナンキFRBは、出口戦略で、
(1)  資産購入を徐々に減らすテーパリング、
(2)  政策金利の引き上げ、
(3)  国債の再投資抑制による保有資産の縮小
という3つのステップを踏みました。

 最終段階の資産圧縮は拙速に動けば株価の急落などを招きかねず市場との慎重な対話が求められる政策です。実際、FRBが着手できたのは危機から9年もたった2017年秋でした。しかも、わずか2年後には米中対立による景気悪化を食い止めるため、正常化路線は棚上げせざるをえなくなりました。2021年時点の市場ではFRBの金融緩和縮小のコミュニケーションから相場が荒れたという点で、2013年5月に生じた市場の動揺との共通性が意識されています。

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 当時のFRB議長の名前から「バーナンキ・ショツク」、もしくは債券市場が起こした「テーパー・タントラム(緩和縮小へのかんしゃく)と呼ばれる出来事です。きっかけは2013年5月22日、バーナンキ議長が議会証言で「雇用情勢の持続的回復が確認できれば、今後数回の会合で資産購入ペースを縮小できる」と発言したことでした。リーマン・ショツク以降の世界経済を支えていた金融緩和が終わることへの警戒感が強まり、翌2013年5月23日には長期金利の急騰や新興国市場からの資金流出により通貨安など混乱が生じました。この時日経平均株価も1,143円(7.3%)下落しました。

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 2020年に始まったのコロナ禍ではリーマンをはるかにしのぐ緩和マネーが市場に供給され、出口戦略の度は一段と高まっています。2020年以降の1年半でFRBの総資産は8兆ドル(約880兆円)を超え、ほぼ2倍に拡大。欧州中央銀行(ECB)は約8兆ユーロ(約1030兆円)と7割増、コロナ前大規模緩和を進めていた日銀も720兆円程度と25%積み増しました。3中銀の資産増加額はリーマン後の1年半の3~6倍に達します。

 当時の米10年債利回りは1%台半ば以上を保ち、0%台半ばまで低下したコロナ禍の方が利回りを追って価格が下落しているリスク資産を買う動きは強まっています。世界の債務が膨らみ、金利の上昇に対し経済が脆弱になっています。

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 コモンズ投信のI氏は「早くても2021年の夏から秋ごろだと思っていたFRBの緩和縮小に向けたコミュニケーション開始が、想定より3ケ月早いこのタイミングで出たことに潮目の変化を感じ取った市場参加者も多い」と話しています。パウエル議長らFRB幹部はバーナンキ・ショックの二の舞を避けるために市場と慎重なコミュニケーションを続けてきたが改めて正常化に向けた対話の難しさを示す結果となりました。

 「FRBがバランスシートの縮小を始めるまで何年もかかるだろうし、通常のレベルに戻すには長い時間が必要だ。リーマン後の正常化への苦闘を知るニューヨーク連銀前総裁のダドリー氏は米メディアで長期戦への覚悟を説いていました。

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 時間をかけての正常化路線にはまた別の落とし穴が潜みます。低金利が続けば政府の財政出動が容易になり、債務膨張に歯止めがかかりにくくなります。実際、コロナ対応で巨額の経済対策を重ねた米政府の債務残高は国内総生産(GDP)比で130%前後に跳ね上がりました。第二次世界大戦後の1946年(約120%)を上回る規模となっています。

 米政府の金利上昇への耐性はもろく、日本と同じ様に中銀が国債の大量保有を続けて金利を抑え、実質的に財政を支える構図から抜け出せなくなる恐れがあります。「終わりのない量的緩和は危険だ」とシカゴ大のラジャン氏は警鐘を鳴らしています。

 振り返れば第2次世界大戦後、物価の安定を主な責務とした中銀は、政策金利の上げ下げを政策運営の柱にしてきました。バブル崩壊後の不況でゼロ金利まで下げた日銀が新たな政策手段として2001年に世界で初めて取り組んだのが量的緩和でした。リーマン危機後に米欧の主要中銀も相次ぎ導入し、コロナ禍でオーストラリアやカナダなども加わりましたが、過去20年間で出口戦略を完遂したケースはありません。

 量的緩和による低金利環境の継続を前提に各国政府は予算を組み、投資家はリスク資産にマネーを投じるようになりました。規律は緩み、債務危機やバブルの芽を膨らませています。まるで「無限緩和」の罠(わな)のような構図ですが、みなさんはどう思われますか。



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