金利操作テクニック(その3)…FRBの金融政策と実質金利の相関

 実質金利は、物価上昇率を加味した金利です。物価上昇で貨幣価値が低下しますが、それを加味した金利が実質金利となりますので、米国の実質金利は米ドルの強弱を図る指標として見られています。すなわち、実質金利が上昇すれば、ドルへの投資で金利がより得られるため、ドルの魅力が高まり、実質金利が低下すればドルの魅力は低下するというのが基本形です。 ただ、もちろん実質金利だけでドルの強弱を説明するのは不十分な場合があります。その場合は、賃金がどこに向かっているのかを探る必要があります。

画像の説明

 実質金利は潜在成長率を反映すると言われています。景気拡大局面では実質金利は上昇しやすく、景気後退局面では低下しやすいと言えます。また、実質金利の低下は株などのリスク性資産にはプラス材料となります。さらに、FRBの金融政策によって上昇・低下しやすく、実質金利はFRBの金融緩和度合いが図れる指標でもあります。そのため市場の実質金利への注目度は非常に高いと言えます。

 予想実質金利の計算式は以下の通りです。

画像の説明

 通常「実質金利」と言う場合、「予想実質金利」のことを言っていることがほとんどです。市場参加者は将来を見ますので「予想実質金利」が特に重視され注目度が非常に高くなっています。実質金利は、経済の基礎体力を表す潜在成長率を反映します。ただ、景気が拡大・後退する「景気循環」と「潜在成長率(経済の基礎体力)」は違います。米国の経済指標で景気が良くなっているような良い数字が出たとしても、潜在成長率が高まるとは限りませんので注意が必要です。

 米国では、2022年1月から2022年9月の間で、実質金利がマイナスからプラスへと大きく変動しました。この時のFRB金融政策との関係を調べてみました。

画像の説明

 コロナ下の2020年以降、金融緩和が名目長期金利を0.7%押し下げました。エコノミストらの研究では、FRBの国債購入残高が名目国内総生産(GDP)比で10ポイント高まると米長期金利を0.5%前後押し下げるとの推計結果が平均的と言われています。金融緩和はインフレ予想を高めて名目金利を上げる方向にも働きますので、金融緩和が実質金利を押し下げる効果はもっと大きいとみられます。

 普段目にする長期金利(名目金利)はインフレ予想と実質金利に分解できます。インフレ率が名目金利を超えると実質金利はマイナスになります。実質金利がマイナスになると、債券の利息が増えるよりも物価が上がるペースが速くなり、投じたお金の「正味の価値」が目減りします。事実上、債券を持ち続けると損になるため、2020年以降のコロナ下での実質金利のマイナス定着は、株などのリスク資産へのマネーのシフトを半ば強制的に促してきました。住宅市場の過熱や国際商品市況の高騰にも影響を及ぼし、高インフレに拍車をかけてきました。

画像の説明

画像の説明

 2021年に入ると、米連邦準備理事会(FRB)が金融政策の正常化が話題に上がり始めましたが、FRBはインフレ予想が高まるなかでも長期国債の大量購入を続け、名目金利を低く維持することに努めました。これにより2021年度は過去最大に近い実質金利におけるマイナス水準が長く続いて行きました。まさに、この実質マイナス金利の状況は、コロナ禍での金融緩和の効果を端的に示していると言えます。

画像の説明

画像の説明

 2022年に入ると、FRBが利上げの加速や量的引き締め(QT)の前倒しを強く示唆したため、グローバル市場は米長期金利の急上昇に揺れました。米債券市場では名目金利から物価変動を差し引いた「実質金利」のマイナス幅が2021年末の約1%から0.7%弱に急縮小しました。これはハイテク株や新興国にとって逆風となって現れて来ました。

 実質マイナス金利が解消されるとリスク資産には逆風が吹きます。代表例は特に投機性の強いビットコインです。2022年年始には「採掘大国」のカザフスタンの政情不安も重なり、一時4万ドル割れの水準まで急落しました。

 高いPER(株価収益率)が許されてきたハイテク株にも売りがかさみました。米ナスダック100株価指数は2021年末から2022年1月14日までに4.3%下げ、下落率はダウ工業株30種平均の1.2%を超えました。

画像の説明

 基軸通貨ドルの実質マイナス金利はマネーの新興国への流入を促してきました。多くの新興国通貨は今のところ安定していますが、海外マネーに頼る資金構造のまま総債務が膨らみ、主要国をしのぐ高インフレに直面する国も多くなっています。国際通貨基金(IMF)は2022年1月に「新興国はFRBの金融引き締めに備えよ」と警鐘を鳴らしました。

画像の説明

 2022年9月8日の日経新聞にインフレの影響を加味した世界の実質金利が2年半ぶりのプラス圏に浮上していると報じられました。市場がインフレの加速以上に各国の中央銀行による金融引き締めと、それに伴う景気後退を警戒していることが表面化しました。実質金利が上昇すれば株や商品などリスク資産の割高感が強まりますので、これまで金融緩和の恩恵を受けてきたリスク資産にとって大きな逆風となります。

 実質金利を押し上げているのは、長期金利の上昇と予想インフレ率の低下の双方です。主要国の中銀がインフレ抑制を狙って政策金利を引き上げており、長期金利は上がりました。米国の長期金利は7日に3.3%台と6月中旬以来の高水準を付けました。

画像の説明

 世界の中銀が景気後退をいとわずインフレを抑え込む姿勢を示していることと、原油や金属など商品市況の伸び悩みが重なって、市場の予想インフレ率は低下しています。その結果、各国で実質金利は上昇し、米国で2022年9月6日に5年物実質金利は0.9%台前半、10年物は0.8%台後半をつけ、双方ともに19年1月以来およそ3年半ぶりの高水準となりました。「市場は利上げ後の景気鈍化を見越しており、予想インフレ率の低下を招いている」と大和証券のI氏は話しています。

 実質金利は投資に大きな影響を与えます。実質金利がマイナスの状態では国債など安全資産で運用した場合の利回りよりも、物価上昇による価値の目減りが大きくなります。実質的に損となるため、リスク資産への投資を促す効果があります。新型コロナウィルス対応で20年以降に各国が金融緩和を進めたことで、実質金利は大きくマイナスになり、ハイテク株や原油などリスク資産は高騰しました。ミーム株(はやりの株)や暗号資産(仮想通貨)といった、業績面などの裏付けの乏しい資産まで買われ、過熱感が高まりました。

画像の説明

 実質金利がプラスになれば投資家のリスク志向は抑えられ、マネーの流れは逆転します。世界の実質金利がプラス圏に向けて上昇し始めた2022年8月から9月2日時点までのリスク資産の価格推移を見ますと、ビットコイン(16%安)を筆頭に、原油(12%安)、世界の不動産投資信託(REIT、7%安)、世界株(5%安)とリスク資産が全般的に売られています。価格が上昇しているのは、米連邦準備理事会(FRB)の大幅利上げによって金利収入の拡大が見込めるドルなどに限られています。主要通貨に対するドルの総合的な実力を示すドル指数は3%上昇しました。

 インフレ対応を急ぐFRBがすぐに景気悪化に対応するのは難しく、23年の米国の景気悪化は通常の後退よりも深く長いものになるとの予想もあります。歴史的なインフレ局面に対応する各中銀が、インフレ抑制と市場の安定の両立を図るのは困難を極めつつあります。皆さんどう思われますか。

 



コーディネーター's BLOG 目次