金利操作テクニック(その4)…FRBのインフレ判断の是非

パウエルFRB議長のインフレ判断の誤り…2021年後半

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 2021年8月末の「ジャクソンホール会議」の講演で、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は高インフレが「一時的」との説明に時間を費やしました。しかし、その想定は狂い、10月の米個人消費支出(PCE)物価指数は前年同月比の上昇率が5.0%と約31年ぶりに5%台に達しました。

 3ケ月経過した2021年11月30日には、パウエル議長は高インフレを「一時的」とする表現を事実上撤回しました。粘り強い金融緩和を続ける根拠としてきた認識を改め、11月に始めたばかりの量的緩和縮小(テーパリング)の終了を急ぐ意向を表明しました。同時に早期利上げも視野に、インフレ対応の自由度を高めることをめざすことも示唆しました。新型コロナウィルスの変異型「オミクロン型」の影響が政策の軌道修正の行方を左右することも付け加えました。

 2021年12月14, 15日の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、物価高はバイデン政権の支持率低下の主因にもなっており、パウエル議長は11月に決めたテーパリングのペースを速める処方箋を示し、「2、3ケ月」終了前倒しに言及しました。テーパリング前の購入額は月1200億ドルで、2022年6月に購入額がゼロとなる想定でした。資産購入の削減額を月300億ドルに倍増して、2022年3月のテーパリング終了を前倒しし、利上げに踏み切る時期の自由度を高める構えも示しました。

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タカ派とハト派の攻防…2022年前半

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 以下は、2022年2月3日版日経新聞に掲載された伊藤隆敏コロンビア大学教授の論評から抜粋した内容です。

 米国のインフレ率が急上昇しています。2021年12月の消費者物価指数(CPI、総合)の前年同月日上昇率は7.0%に達しました。1982年以来の高い水準です。実態経済は好調で、2021年10~12月期の経済成長率(前期比年率換算)は6.9%となりました。失業率も12月には3.9%と、ほぼコロナ前の水準に近付いています。インフレ率の急上昇や実体経済の過熱感に対応し、金融の引き締めを急ぐ必要があると指摘する政策担当者や専門家も増えてきました。
 
 インフレ率の上昇を受けて専門家の間では、金融引き締めを急ぐべきだというタカ派と、金融引き締めはゆっくりでよいというハト派が盛んに意見を戦わせています。次第にタカ派の説得力が増していますが、利上げのペースを巡っては意見の対立がありました。

 2021年夏時点では、インフレ率の上昇は一時的なものだという見解が、政策担当者やエコノミストの間で主流でした。だがその後、総需要が急速に回復する一方で、総供給は労働者不足とサプライチェーン(供給網)の問題から停滞し、インフレ率が上昇してきました。

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 ハト派は2021年夏ごろ、新型コロナ対策の失業保険の上乗せ措置が終了する9月以降、労働者は職場に戻り、労働者不足は解消に向かうとみていました。サプライチェーン問題は、中国やベトナムのコロナ対策により製品や部品の製造が遅れ気味ではありますが、近い将来解消するとみていました。上昇を続けるエネルギー価格についても、いずれは頭打ちになり、インフレ率への寄与は小さくなると考えていました。だがこうした見立ては大きく外れました。失業率が急速に下がってきても、失業保険の上乗せ措置が終わっても、なかなか労働力不足解消しません。新型コロナで大打撃を受けた業種で解雇された労働者が、早期退職をして悠々自適な生活に入ったとする見解もあります。全国の労働参加率がコロナ前の水準に戻りそうにないことも明らかになっています。

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 今後の利上げと量的引き締めのシナリオはいくつかありますが、どれになるかは今後のデータ次第で。タカ派は、市場が想定する利上げのスビードが遅すぎるとして次のように主張しています。

 例えば、適切な政策から既に遅れていることを考えると、最初の利上げは0.5%にして累積利上げ幅を大きくすることが妥当だとする案です。もしくは2022年内の残り7回のFOMCで毎回利上げをすれば、累計で年末までに1.75%の利上げが可能になります。さらにインフレを抑え込むには3月の資産購入の終了後、資産残高維持の期間を経ずにすぐに残高削減を開始するのが適切だとしました。インフレ抑制に失敗すればインフレ率の高進が賃金上昇を引き起こし、それがさらに物価上昇に結び付く「物価・賃金の同時上昇」という1970年代の悪循環がよみがえるリスクがあると考えていました。

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 一方、ハト派は、利上げのペースはゆっくりとすべきだとかんがえました。急激な利上げは長期金利の急上昇や株価下落などを招き、金融市場を混乱させ実態経済を不安定にする可能性があるというものです。インフレ率についても、このままどんどん上昇を続けることはないとみていました。期待インフレ率も、2%のアンカー(いかり)が外れるような様子はまだないとしていました。

 そもそも米連邦準備理事会(FRB)が重視する物価指数はCPI(消費者物価指数)ではなく、PCE(個人消費支出物価指数)です。12月PCE上昇率は総合で5.8%、食品とエネルギーを除くコア指数で4.9%であり、同月のCPI総合の7.0%とはかなり印象が違います。

 2012年1月のFOMCで、PCE物価指数で測定したインフレ目標を2%に設定しました。当時のバーナンキ議長は、上下対照的に運用される(2%超でも2%未満でも同程度の強さで引き締めもしくは緩和する)ことを明確にしていました。その後インフレ率は2%目標を下回る状況が続いてきました。

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 8年後の2020年8月にはパウエル議長が2%のインフレ目標政策について「平均的に2%」を目標とすると修正しました。平均とは2%を下回るインフレ率が継続した後は2%を超えるインフレ率(オーパーシューティング)を許容することを意味します。まさにコロナ禍の下でインフレ率が急落したタイミングで、パウエル議長はこの点を強調して緩和維持を約束したかったのだと想像します。金融緩和効果を高めようとするフォワードガイダンス(先行き指針)といえます。

 そして2021年後半に、この約束の真価が問われることになりました。忍耐強く金融緩和を継続するのは問題ないとハト派は考えています。引き締めを急いで金融市場が混乱して成長率が低下しては元も子もないというわけです。年初来、年内の利上げ回数が増えるのではないかという憶測から株価が大きく下落しました。

 ここで平均を計算するにあたり、どれくらいの期間の平均をとることが適切なのかがポイントとなります。1つの方法は平均インフレ目標を「価格レベル目標政策」と同義と解釈することです。2%の平均インフレ目標とは、価格レベルが2%で上昇する線を描いて、その線上に載るように金融政策を運営することだと言えます。

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 図には、2%インフレ目標政策を宣言した2012年1月を基点として、年率2%で上昇するライン、CPIレベルの線(消費者物価指数)、PCEレベルの線(個人消費支出物価指数)を描いています。CPIレベルは2012年以降、2%ラインの下に位置していましたが、2021年夏以降のインフレ率の急上昇を受け、10月には2%ラインを突き抜け、平均目標から乖離して上昇を続けています。CPIレベルでみると、既に緩和は長すぎたということになります。

 タカ派はこの図を見て、引き締めは遅きに失したと言います。一方、ハト派はFRBが重視するPCEで見るべきだと主張します。確かにPCEレベルでみると2021年12月時点でまだ2%ラインには届いておりませんが、これからの引き締めでも手遅れではないと言えます。2%ラインに軟着陸させられそうです。

急速な利上げで高まる景気後退の懸念と粘着インフレ…2022年後半から2023年前半

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 米連邦準備理事会(FRB)は2022年9月21日までの米連邦公開市場委員会(FOMC)で、通常の3倍となる0.75%の利上げを決めました。0.75%幅は3会合連続で、インフレ抑制を優先する姿勢を改めて明確にしました。急速な利上げで米景気の軟着陸は難しさを増します。世界経済の行方にも注意が必要です。政策金利となるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標は3.0~3.25%としました。パウエルFRB議長は記者会見で「物価上昇率を2%に戻すため尽力する」と強調しました。8月の米消費者物価指数(CPI)の伸び率は前年同月比8.3%と高止まりしたままです。

 FOMC参加者が予想する2022年末時点の政策金利は4.4%、23年末は4.6%となりました。景気を熱しも冷ましもしない中立金利を2%ほど上回る水準で、金融面からのブレーキは強まります。足元で米労働市場は底堅さを保ちますが、金利の影響を受けやすい住宅市場は減速の兆しもあります。パウエル議長は、景気後退が起きるかは不明だとしつつ「軟着陸できる確率は減る」と認め、ある程度の痛みはやむなしと述べました。

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 世界銀行や国際通貨基金(IMF)などは、主要中央銀行の同時並行的な金融引き締めでグローバルな景気後退が起きうると警告しました。インフレとの戦いで米金利が想定外に上昇してドル高が進み、新興国政府や企業の外貨建て債務が膨らむリスクも指摘しました。


 2023年の世界経済は米国の物価動向に左右されるとの指摘があります。すなわち物価高が連鎖的に賃金を押し上げ、サービス価格の値上げが続き、1980年代以来の「粘着インフレ」に陥るというものです。そして、米連邦準備理事会(FRB)による金融引き締めが一服するのは25年以降との見方です。世界景気の悪化でインフレが早期に収まるシナリオもあり、40年ぶりの物価高は分水嶺にあるようです。

 利上げの開始から終了までの期間は過去50年の平均で580日です。FRBは22年3月に利上げを始め、約290日が経ちました。金融政策を決める米連邦公開市場委員会(FOMC)のメンバーは23年5月の利上げ停止を見込んでいますが、この通りなら約410日となり、今回は短い方となります。問題はその後です。米ゴールドマン・サックスは政策金利が23年中に5%台に高まり、25年末時点でも3.5~3.75%までしか下がらないと予測しています。引き締め的な金利水準が少なくともあと3年続くことになります。

 過去半世紀をみても大規模なインフレの早期収束は例がありません。注目すべきは「粘着インフレ指数」です。同指数はアトランタ連銀が医療費や外食費など普段は下がりにくい「粘着価格」を集めて作ったものです。上昇率は2021年1月の1.7%から11月には6.6%となり、40年ぶりの高い水準となりました。消費者物価指数(CPI)のなかでガソリンや新車など振れやすい品目を集めた物価指標「弾力インフレ指数」は上げ幅を縮めていますが、粘着指数は加速が止まりません。

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 物価の上昇が賃上げにつながり、人件費の増加から値上げが相次ぎます。新型コロナウィルス禍によって高齢層が労働市場から退出し、安定した賃金上昇に戻るにはあと200万人程度を埋める必要があるとされます。慢性的な労働力不足も賃上げの要因であり、とりわけ飲食や医療といったサービス価格を引き上げています。

 粘着指数が5%を超えたインフレ局面は過去50年で3回のみです。そのうち1970年半ばのインフレは高止まりしたままとなりました。金融引き締めの成功例とされる1980年代初頭でも、物価高騰前の水準に戻るまでには2度の景気後退を経てピークから2年かかっています。その間、失業率は10%を超える水準に跳ね上がりました。

 より早期にインフレが収まるシナリオも残ります。ニューヨーク連銀は足元のインフレ要因の40%は「供給ショックによるもの」と分析しており、エネルギー価格の下落とサプライチェーン(供給網)の回復が進めば物価が落ち着く可能性があるとしています。サプライチェーンの逼迫度合いを示すニューヨーク連銀の供給制約指数は2021年12月の4.3から直近11月には1.2と低下しました。それでも2010~19年平均のマイナス0.1を大幅に上回る水準です。インフレの沈静化には供給網の回復も焦点で、ウクライナなどの地政学的リスクが大きく影響しそうです。

 インフレが収まらず金融引き締めが長期化すると世界景気が低下するし、インフレが収まってもウクライナなどの地政学的リスクが残るわけです。2023年は試練の年となるとの予測ですが、皆さんどう思われますか。



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