金利操作テクニック(その8)…物価上昇局面で求められる日銀の金融政策

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 物価上昇局面の金融政策と題して日経新聞2022年7月8日版に掲載された、同志社大学-北坂真一教授の「物価上昇局面で求められる日銀の金融政策」についての見解を紹介します。


 米国や欧州は2021年から高インフレに直面し、2022年に入り米連邦準備理事会(FRB)は3会合連続で政策金利を上げ、欧州中央銀行(ECB)も11年ぶりの利上げを予告しました。日本でも2023年に入り食品やガソリン価格、電気料金などが上昇し、インフレの兆しが見えます。

 日銀は2%の物価安定目標に向けて2つの政策を掲げています。

1) 金融政策の大枠としてのオーバーシュート型コミットメント
2) 日々の金融調節に関わる超短期金利操作(イールドカーブ・コントロール=YCC)

です。オーバーシュート型コミットメントはマネタリーベース(資金供給量)という金融の量で、イールドカーブ・コントロールは国債の売買で決まる金利を操作目標とするものです。

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オーバーシュート型コミットメント

 日銀はマネタリーベースの拡大を、消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合=コアCPI)が安定的に2%を超える(オーバーシュート)まで継続すると約束(コミットメント)しています。コアCPIはエネルギー価格の影響を強く受けますが、これとは別に日銀は生鮮食品・エネルギーを除く総合(コアコアCPI)も参考にしており、こちらはマクロ受給ギャップや賃金上昇率を反映しやすい指数となっています。

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 コアCPIの伸び率は2ケ月連続で2.1%と目標値に達しましたが、コアコアCPIは2ケ月連続で0.8%にとどまります。日銀は2022年6月の金融政策決定会合で、物価の目標値達成は原油価格上昇による一時的なものでデフレ脱却は不十分と判断し、大規模緩和を継続することを決めました。

 原油や穀物など海外発の物価高への抜本的対応は代替エネルギーや他からの供給を増やすことですが、急な対応は難しいと言えます。値上げがエネルギーや食品などに限られる現状では、的を絞った支援が適切です。物価高の対策で消費税減税のような大規模な財政支出を行えば、需要が刺激されて値上げが広がり状況は悪化するだけです。

 特に原油価格の上昇は、輸送コストや電気料金などを通じて物価全体に大きな影響を及ぼします。長期にわたる超金融緩和で国内にマネーはあふれており、企業物価も2021年から高い伸びを示していることもあり、日本もインフレになる下地は十分にあります。

 賃金よりも雇用の継続を重視し生産性が伸び悩む日本では、物価だけが上昇して実質賃金が低迷する可能性が高いと言えます。実際1992年以降、名目賃金上昇率が2%を超えた年は一度もありません(下図参照)。2022年に入りコロナ禍からの回復で名目賃金は上昇傾向にありますが、インフレ率がそれを上回り、足元で実質賃金は低下しています。名目賃金が伸びなければ、国民にはむしろデフレが好ましくみえます。

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 デフレ脱却を最優先しインフレのない程度の水準まで物価を引き上げようとするものにリフレ政策があります。しかし、リフレ政策を行っても生産性が伸びなければ、名目賃金がインフレ率と同じ程度伸びるだけで実質賃金は伸びません。従って、実質賃金上昇には生産性向上につながる労働市場を含む構造改革が急務となります。改革が進まず成長率も賃金上昇率も低い日本は、名目賃金が低率あってもインフレに弱いと言えます。物価目標2%超のオーバーシュートは、名目賃金が伸びない限り国民の不満を高めるので、容認できても半年から1年までと考えられます。

イールドカーブコントロール

 「イールドカーブ・コントロール(YCC)」とは、日銀が短期金利と長期金利の両方を、目標とする水準に誘導する金融政策の仕組みのことで、2016年9月に導入されました。伝統的な金融緩和では短期金利のみ利下げするのに対し、長短金利操作では残存年限(満期までの期間)ごとの金利をつなげた利回り曲線(イールドカーブ)全体を押し下げます。

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 長期金利は固定金利の住宅ローンへの影響が大きいと言われます。また、企業が返済期間の長いローンや社債で資金調達する際の金利の参考ともなり、設備投資をも左右します。長期金利を低位に維持すると金融緩和効果は大きいものの、基本的には国債市場での売買で金利が決まるため短期金利と異なり誘導に難しさがあります。

 我が日本は、1990年に入って土地と株式投機のバブルが崩壊してから今日に至るまでの30年間、日本政府はこれでもかこれでもかと景気対策の予算を計上してきました。コロナ問題が発生してからというもの、それが一気に加速しました。そのかたわらで、日銀は超低金利政策からゼロ金利政策へと踏み込み、国債買い入れなどで巨額の資金供給を続けてきています。とりわけ、2013年に黒田東彦総裁となってからの金融緩和政策はすさまじいものがあります。日本では政府も日銀も、マネタリズム理論を完璧なまでに政策へ落とし込んできたわけです。それだけでは収まらず、主として米国の経済学者などが唱える新しい(MMT理論)理論の実験場とも化してきました。

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 しかしながら、さっぱり効果は現れてきません。バブル崩壊して30年が過ぎます。その間、日本経済はずっとジリ貧と長期低迷に喘いでいます。一方、景気対策などの財政支出拡大で、国の借金は1,159兆円にまで膨れ上がりました(財務省、2020年6月末現在)。アベノミクスでこれだけ大量に資金をばら撒けば、さすがにデフレ現象の進行は食い止められました。しかし、いまだ日本経済に活力が蘇っていません、それが現実です。もちろん、世界最速のスピードで少子高齢化が進んでいるといった、経済外のマイナス要因もあります。

 金利はゼロ同然で、いくらでも資金が借りられる、そういった事業環境では経営が鍛えられるはずもありません。現に、生産性の低さなど日本企業の国際競争力は、見る影もなく落ちてきています。国の予算バラ撒きに甘えるゾンビ企業が増えるなど、企業が果たすべき役割である社会に富を生み出す力を弱めてしまっています。このままでは、経済もジリ貧をたどるしかありません。この現実を皆さんはどう思われますか。



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