金利操作テクニック(その10)…日銀のバランスシートに影を落とす巨大債務

日銀のバランスシート上の巨大債務

 2013年に始まった黒田東彦総裁による量的緩和は、最初の2年間については高く評価できるものでした。強いアナウンスメント効果による円安と株価上昇により、デフレの進行を止め景気回復の基礎を作ったといえます。しかし、物価上昇率2%の目標は達成できず、その後8年もの緩和はいかにも長すぎましたし、国債や上場投資信託(ETF)の買い入れは過大でした。また、日銀は大量の買いオペで巨額のゼロ金利国債を持ってしまいました。

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 因みに、買いオペ は、「買いオペレーション」の略で、国の 中央銀行 がマーケット(金融市場)から債券やCP、手形などの 有価証券 を購入することにより、市場の通貨量を増加させることをいいます。 通貨の市場流通量を調整する「 公開市場操作 」の手法の一つで、景気や物価などをコントロールする効果があり、日本では 日本銀行 が実施します。 通常、市場に資金が不足ぎみの時や、金融機関の調達支援、景気の浮揚、デフレ期の量的緩和などを目的に行われることが多いと言えます。 一般に買いオペは、市場の通貨量を増加させることで、市中にお金が出まわることになりますので、 金融を緩和し、 金利を引き下げる効果があります。

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 2022年末の日銀総資産704兆円のうち、長期国債は556兆円で、黒田緩和が始まる直前の2012年末の残高、89兆円の6倍強に上ります。しかも、大部分が満期10年前後のゼロ金利長期国債です。これに対し、負債は銀行券125兆円と民間金融機関が持つ当座預金502兆円で大部分を占め、引当金を加算しても自己資本は11兆円ほどしかありません。

 一方、日銀は、銀行券と資本を除けば、実質的に変動金利になっている日銀当座預金で調達した資金で、ゼロ金利に固定された巨額の長期国債を保有しています。長短金利が上昇すれば、国債価格の下落で巨額の損失を被ることになります。日銀保有国債の平均満期期間は8.4年前後とみられるため、1%の金利上昇で、国債残高の約8%、44兆円もの含み損を抱かえることになります。

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政府のプライマリーバランスの改善による借金縮小の可能性

 政府のプライマリーバランスの黒字化は、新規国債の発行を縮小しますので、日銀の国債残高の減少に寄与するはずです。しかし、政府が2025年度のプライマリーバランス(PB)黒字化目標を事実上先送りしたことが債券市場に影を落としています。PB黒字化を明記しないということは、しばらく日銀による国債の買い取りが続くことを意味します。

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 今後も更なる財政懸念が持たれるなか、超長期債の利回り上昇に拍車がかかり、中期債と超長期債のスプレッド(利回り差)は6年ぶりの大きさになりました。日銀が大規模買い入れで抑圧する債券市場で、金利上昇のマグマがたまり続けています。

 金利が上昇する局面では国債の価格は下がります。国債を売る投資家からみると、日銀が買い取ってくれる価格より安く売る理由はありません。そのため日銀が買い取る価格が国債価格の下限となります。つまり金利は上がらなくなるのです。しかし、日銀が必ず買い取ってくれるので、海外勢はさらに売りにでます。そうなれば、価格はさらに下がり利回りは上昇します。これによって、中期債と超長期債のスプレッドはますます開くことになります。海外勢が売りをしかける理由の1つがこのスプレッドの開きを狙うという思惑です。

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 「PB黒字化目標の先送りで、今後はさらにスティープ化圧力が増す」とみられています。理由の1つが超長期債における日銀の支配力の弱さです。新発債より1つ前の銘柄に関して日銀の国債保有比率をみると、10年債では47%、5年債では46%を日銀が保有しています。一方で、20年債、30年債、40年債はいずれも1%未満です。日銀の国債買い入れによる金利低下効果の蓄積を示す「ストック効果」は超長期債ほど弱く、財政リスクの高まりに長期債より敏感に反応する可能性もあります。因みにストック効果とは、金利低下時に行う社会資本の整備などで生産性を向上させる効果を指します。

 「PB黒字化を明記しなかったことで、近いうちの財政拡張や財源としての国債増発が意識されやすくなり、金利に上昇圧力がかかる」と読めます。日銀の指し値オペで長期金利が低位に抑え込まれ、財政リスクに警鐘が鳴らず、静かに金利上昇のマグマは溜まりつつあります。急速な円安進行・物価上昇で日銀への批判が高まりつつありますが、超長期債からにじみ出る財政懸念は金融鉄輪の出口で迎える難路を示している可能性があります。

国債の償還をただ待つ選択肢

 今後、プラスのインフレ率が定着し量的緩和を終えて短期国債を引き上げていく場合に、日銀が売りオペで過剰流動性を吸収しようとすると、国債価格が下落して巨額の売却損が実現します。売却損の発生を防ぐために日銀が国債を満期まで保有する場合には、日銀当座預金に利息を払い、短期市場金利を引き上げる必要があります。当座預金に対して1%の利息を払うと、ゼロ金利国債との逆ざやで年間5兆円近い損失を抱かえることになります。

 制度上は、日銀はこの損失の相当部分を民間に押し付けることができます。政策委員会は平均0.8%の現在の預金準備率を上限の20%まで引き上げることで、ゼロ金利での保有を義務付ける法定準備預金額を現在の約12兆円から300兆円まで引き上げることができます。これにより、3兆円弱の逆ザヤを民間金融機関に押し付けることになります。黒田総裁の量的緩和の正常化はその負の遺産を表面化させることになります。

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永久無利子国債の発行

 先進国の金利は軒並み実質的な下限に到達しているか、限りなくゼロに近いと言えます。その上、特に日本の場合には、日銀のバランスシート拡大は既に大幅に進んでいます。それでも日銀には果たすべき重要な役割があります。財政拡大策と調和する措置を講じることです。そのための最善の策が、イールドカーブ・コントロール(長短金利操作)を実施し、国債の利率をしばらくの間、低く抑えると日銀が保証することです。

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 日銀のバランスシート拡大とは、次の事を指します。日銀のバランスシートにおいて、資産は国債であり、負債は国債を買うために使ったお金で成り立っています。国債をどんどん買って、お金を市場にばら撒くヘリコプターマネーを行なうことで、国債の買い入れ量は膨らみ、同時に負債も膨らみます。すなわちバランスシートは拡大していくことになります。

 ちなみに、政府のバランスシートと日銀のバランスシートを合算して、日本の借金をチャラにする構想があります。これは、日銀が市中銀行から買い入れた国債を、永久無利子国債として会計処理するのです。政府はこの借金を利息なし、無期限で日銀に返済して行きます。これによって政府の借金問題はなくなります。一方、国民にはインフレさえ起きなければ何の痛みも残りません。ただ、この方法をインフレなしで行けるかどうかが大問題です

国債のデフォルトや預金封鎖の可能性

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 徳政令とは、負債・債務の契約を破棄することです。国債のデフォルトも、もし起こればまさに徳政令です。国債がデフォルトすれば、投資資金(国に貸したお金)の回収は非常に困難になります。

 徳政令は、鎌倉時代から室町時代にかけて頻繁に登場しました、朝廷・幕府などが債権者・金融業者に対して、債権放棄(債務免除)を命じた法令です。江戸時代にも2代将軍秀忠や5代将軍綱吉、6代将軍家宣、11代将軍家斉も徳政令を出しています。

 預金封鎖も徳政令の一種と言えます。ある日突然、預金の引き出しや、海外送金に制限がかけられるのです。預金の引き出しに制限をかけることで、個人金融資産を把握し、その資産に対して財産税をかける訳です。預金が封鎖されている間に、ハイパーインフレにより資産価値が大幅に下落することもあります。

 日本でも、戦後間もない、1946年(昭和21年)に預金封鎖が行われました。当時の日本は、戦時中の巨額の軍事支出により通貨供給が著しく増加する一方で、生活必需品は極端に不足していたため、ハイパーインフレに陥りました。政府はインフレ対策の名目で預金封鎖を断行しました。

 預金封鎖と同時に、新円切換が行われました。1人当たり100円に限り旧円と新円の切換が許され、それ以外の旧円は強制的に預金させられました。封鎖された預金から引き出しが許されたのは、1ケ月当たり世帯主が300円で、それ以外の家族は100円だけでした。こうして銀行預金に加え、タンス預金までもが封鎖の対象になり、これに財産税がかけられました。

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 当時の財産税は、資産の額が多い程、税率が上がる超累進課税になっており、最高税率はなんと90%でした。預金封鎖は約2年半続き、その間の激しいインフレにより、封鎖が解除された時には、預金の価値は大幅に目減りしました。その結果、多くの投資家が財産を失いました。一方、政府の方は、財産税導入によって、巨額の税収を確保でき、ハイパーインフレにより実質的な債務負担が大きく低減されました。

 黒田日銀総裁の下、日銀が抱えることになった巨大債務をどう処理していくのか、後継の植田和男新総裁はその処理に苦しむことになると言われています。これから始まる出口戦略は目が離せませんが皆さんはどう思われますか。



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