金利操作テクニック(その11)…国債先物市場での裁定取引損失問題

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 2023年2月1日日経新聞掲載の記事に、国債に関連する裁定取引に関するものが出ていましたので、少し追いかけてみました。記事としては、「日銀の大規模買い入れで市場の国債が枯渇するなか、もう1つの「ゆがみ」への懸念が強まっているとあります。国債先物取引の現物決済で使う銘柄まで買い占めてしまったため、決済用の銘柄が「主役交代」しかねないという問題です。仮に主役交代が起きますと、現物債と先物の連動性を生かした裁定取引で損失が発生し、市場の流動性がさらに細りかねない状況が発生します。」と言う内容です。

裁定取引とは

 裁定取引(アービトラージ)とは、同じ価値を持つ2つのものの「価格」や「金利」の差を利用して利益を得ることを目的とした取引のことです。例えば、同じ銘柄の商品を東京取引所で200円、名古屋取引所で190円で取引価格が設定されている場合を考えます。この時、東京取引所で「売り」を入れて、名古屋取引所で「買い」を入れ、その価格差10円が利益となる手法です。このように、市場の「価格の歪み」を見つけ、ローリスクで利ざやを稼ぐ手法を裁定取引といいます。裁定取引の大原則は「割高なものを売り、割安なものを買う」が基本的な考え方です。

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裁定取引の実例

 2つの具体例から、裁定取引のイメージを掴んでいきます。

1. マーケットの歪みを見つける具体例

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 6758ソニーは、日本の東京証券取引所(6758:JP)と、アメリカのニューヨーク証券取引所(SNE:UD)の両方に上場しています。例えばマーケットが大暴落しているときに、ニューヨーク証券取引所で売買されている株価と、東京証券取引所の株価に一時的な価格のズレが発生した場合に裁定取引のチャンスがあります。東証の6%の暴落に対して、ニューヨーク証券取引所の価格が理論値よりも4%しか下がらないと割り出されたときに、「東証のソニーを買って、ニューヨークのソニーを売ります」。このように価格差を利用して、ローリスクに利益を上げようとすると裁定取引となります。

2. 需給の不均衡による「歪み」を見つける

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 金価格に連動するETFというのは、世界的に見てもたくさんの商品があります。例えば、以下の商品です。
• GLD(SPDR ゴールド・シェア)
• IAU(iシェアーズ ゴールド・トラスト)
• 1540(純金上場信託)
• 1328(金価格連動型上場投資信託)

 金商品市場は需要と供給がぶつかり合い金価格が決定されます。そこに一時的な需要の不均衡により、同一の商品にも関わらず価格が離れることがあります。例えば、GLDが1.63%上昇しているのに対して、1540が2.68%上昇している場合、金価格は理論値に収束すると仮定した場合、「GLDを買い、1540を売る」ことにより、市場の歪みからローリスクで利益を得られるチャンスが生まれるのです。

 裁定取引のメリットは以下となります。

(1) 裁定取引の1番のメリットは、価格変動リスクを負わずにローリスクで利ざやを稼ぐことです。上記の例であれば、ソニーに突発的な悪いニュースがあった場合でも、売り買い両方のポジションがあるため株価が変動しても、その影響は相殺されます。

(2) ボラティリティの低い相場でも利益を狙えます。裁定取引は「価格差」を見つけることが、利益の源泉です。現物取引で株を購入する場合、利益を得られるには株価が上がる必要があります。しかしながら裁定取引では、株価の変動が小さい相場でも「価格差」さえ見つけることができれば、利益を生み出すことができるのです。いつどんな相場でも市場の歪みを見つけて、利益を狙うことができる取引手法であると言えます。

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 また、裁定取引のデメリットは以下となります。

(1) 潤沢な資金が必要です。複数のマーケットに、いつでも売り買いできる資金を入れておかなければならないので、それなりに潤沢な資金が必要です。上記の例に沿って言えば、「GLDを買う資金」と、「1540を売る資金」の両方を準備しなければなりません。裁定取引は基本的に、短期・中期の投資戦略です。いつチャンスが訪れても対応できるように、事前に資金を準備しなければならないため、資金効率が悪くなることもあります。

(2) リターンが少ないといえます。裁定取引とは理論上はローリスクで、利益を狙える取引ということになります。しかしながら、リスクが少ないということは、リターンも少ないということが言えます。裁定取引での利益率は0.1%~5%程度と低く考えておくべきです。数千回、数万回の取引を経て、ローリスクでリターンを狙うことを目的としている取引ゆえに、主にヘッジファンドの手法として一般的に知られています。しかし、ネット証券の時代で安い手数料により、個人投資家でもレバレッジを効かせて裁定取引を仕掛けやすい環境となっていることも確かです。

 以上、裁定取引のまとめとして以下のことが言えます。裁定取引とは、空売りを使ったローリスクで着実に利益を狙えるトレード手法です。リスクが少ないゆえに利益も少ない取引手法です。だからこそ、リスクを低く始めたい投資家にとっては検討するべき投資手法であると言えます。市場の「歪み」を見つけ出し、これに裁定取引を用いれば、安全に利益を稼げる投資となります。

 さて、冒頭の国債先物市場での裁定取引損失問題に戻ります。

 「万が一のリスクとして心配している。生じた時の影響は計り知れない」とある債券トレーダーは心配します。それは、現物決済の主役となる「最割安(チーペスト)」銘柄の意図せざる交代です。国債市場では、本来同じ価値を持つ現物と先物で価格差が生じた場合、同じ価格に戻る性質を利用した裁定取引が活発に行われています。

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 先物の売り手は満期時に「残存期間が7年より長い10年債」を買い手に渡す必要があります。対象となる10年債は複数あるものの、先物の価格は1つしかないため、どの国債と連動するか決める必要があります。通常は償還までの期間が最も短い銘柄が、現物価格と先物価格の差が最も小さい「チーペスト」銘柄となります。チーペスト以外の銘柄は価格差が大きく、取引のコストがかさむため、現物決済や裁定取引では用いられません。3月に満期を迎える現在の先物では、2020年4月に発行された358回債がチーペストです。




 先物を買った裁定業者は、満期に358回債が受け渡されることを前提に取引します。例えば「先物が割安・チーペストが割高」の場合、裁定業者は「先物買い・チーペスト売」の持ち高を構築します。その上で、現物決済で受け取った358回債で売り持ち高を解消すれば、価格差が収益になります。裁定業者は市場に流動性を与える役割も果たしています。

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 ところが足元では期中にチーペストが交代する事態が意識され始めました。日銀がチーペストも対象に、利回り0.5%で無制限に買い入れる指し値オペ(公開市場操作)を実施しているためです。チーペスト(358回債)より償還が3ケ月後の359回債は指し値オペの対象外です。今後、金利上昇圧力が高まった場合、358回債はオペで買われる一方、359回債は対象外のため利回りが大きく上昇(債券価格は下落)しかねません。
 
 裁定業者は、358回債を受け取るつもりが359回債を渡され、損失を余儀なくされる可能性があります。裁定業者が手負いになれば市場の流動性はさらに下がると予想されます。両銘柄の利回り差は現在、0.05%ほど。「0.1%を超えると危うい」と市場参加者は漏らしています。

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 市場参加者の脳裏に焼き付くのは2022年6月です。海外勢の先物売りに対抗するため、日銀は指し値オペの対象にチーペストを加えました。チーペストは極端に割高になり、「先物買い・チーペスト売り」を手掛けていた裁定業者は損失を被りました。彼らは持ち高の解消に動かざるを得ず、債券先物が2円も急落する事態が生じました。しばらく先物と現物債の連動性は崩れ国債入札など幅広い取引に悪影響を及ぼしました。

 「期中のチーペスト交代は平常時には起こるはずのない事象です。その懸念が生じるほど、市場のゆがみは強い」とJPモルガン証券のY氏は指摘します。ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に反し、金利を抑え込む金融政策の副作用は市場の随所に噴出していますが、皆さんはどう思われますか。



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