未来を担う技術革新(その4)…電化と水素化は両立するという考えの根拠

 2021年9月29日の日経新聞に「電化と水素化は両立する」と題した興味深い記事が掲載されましたので、紹介します。

 自動車などのモビリティーから二酸化炭素(CO2)を排出させないゼロエミッション化は、世界の潮流です。その議論の中で、電気自動車と燃料電池車がよく比較されます。EV(電気自動車:Electric Vehicle)は蓄電池に電気を貯め、貯めた電気で走る自動車のことを指します。一方、FCV(燃料電池車:Fuel Cell Vehicle)は、水素から電気を車上で作ってその電気で走る自動車のことを指します。

 蓄電池も燃料電池も電池です。いずれも電気化学デバイスですが、蓄電池は「電気を出すエネルギー物質が中に入っている電池」です。それに対し、燃料電池は「電気を出す物質が中に入っていない電池」のことです。そのため、電気を作るための水素ガスなどを、燃料電池の外部(タンクなど)から供給します。

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 では、本質的にどちらが有利なのでしょうか。蓄電池はエネルギー物質が中に入った電池なので、10倍走らせたい場合は10倍の電池を積むことになります。蓄電池の重さや体積も10倍になります。一方、燃料電池は水素から電気を作るシステムですので、燃料電池システム自体は一つのままで、10倍走りたい場合は水素を10倍積めばよいわけです。水素タンクを増やすだけでより長距離走れるモビリティになります。

 結果として電池の性質上、近距離走行が中心となる乗用車などのコンパクトなモビリティは蓄電池を動力源にしやすいと言えます。他方、負荷が重い大型車やトラックなどの商用車は軽い水素の搭載量を増やすだけで済むため、燃料電池を用いる水素自動車の方が有利になります。実際、欧州、米国、中国などでもこの「電気乗用車」と「水素商用車」の棲み分けが、政策や技術開発にも反映されています。

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 ただ、1900年ごろにすでに存在していて、エンジン車とともに100年以上の実績がある電気自動車と比べ、2014年に市販車として実用化された水素自動車は、特に量産技術などの面で大きな差があります。モデルチェンジごとに量産台数を1桁ずつ上げて行っても、世界で毎年販売される約1億台の新車の中の割合は低い状態が続くことになります。

 その結果当面は、モビリティ全体のゼロエミッション化に向けて、汎用技術になりつつある電気自動車を増やして行くことになりそうです。一方、燃料電池を搭載する水素自動車は、まずは量産技術や次世代技術を着実に磨いて将来の本格普及につなげるのが現実的です。

 また、数年前までは水素と言うと自動車の印象が強かったのですが、水素は自動車のためだけのものではなくなってきています。社会全体のカーボンニュートラル(CN)化に向けて、電力部門と非電力部門の両方の脱炭素化の手段として水素が期待されているのです。社会全体で電化を更に進めるとともに、電化しにくい産業分野などでは、水素や水素を多く含む水素キャリア(媒体)を用いて脱炭素化を進めるのが世界の潮流となってきました。

 政府のグリーンイノベーション基金事業においても、水素サプライチェーン(供給網)、再生可能エネルギー(再エネ)からの水素製造、水素キャリアである燃料アンモニア関連技術、水素発電、水素還元製鉄、水素燃料船、水素飛行機といった、10年がかりの腰を据えた技術開発と実用化が進められています。水素エンジン車も注目されています。

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 世界を見渡しますと、化石資源由来の電力よりも再エネ由来の電力の方が安い地域が増えてきました。島国である我が国は、送電線経由で海外の再エネ電力を輸入することができません。ただ、液化水素、燃料アンモニア、水素を多く含む有機化合物、合成メタンなどの化合物、合成メタンなどの化学的な媒体ならば、船で大量に海外から輸入することができます。つまり、海外の安い再エネで電気分解して製造した水素の大量輸入を可能とします。CN(Carbon Neutral)ポートが再エネ水素の輸入基地になり、CNコンビナートがCO2フリーの工業製品の生産基地になり得るわけです。

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 水素の利活用では、各業界の強みや経験が活かせます。電力業界では、石炭火力発電所で水素キャリアであるアンモニアを排ガス浄化のためにすでに使っておりますし、アンモニアをCO2フリー燃料として利用することも計画されています。火力発電で使う天然ガスと水素は燃焼速度が比較的近く、混焼や専焼に向けた技術開発も進められています。

 これらの水素発電は、火力発電電力のCO2フリー化につながります。ガス業界はCO2フリー水素からCNの合成メタンを作れば、都市ガスの供給インフラが使えます。石油業界は、有機系の水素吸蔵媒体(メチルシクロヘキサンなど)の大量輸送を得意とします。産業用ガス業界は、液体水素を含めた水素ガスの供給の実績やノウハウを有しています。

 水素は再エネの利活用促進にも寄与できます。電力系統に流せない余剰の再エネ電力を水の電気分解で水素に換え、電力部門と非電力部門のCN化に使うことで両部門に寄与できます。国内の再エネ活用は鉱物性燃料の輸入に伴う国富流出の抑制にもつながります。水素は電気と水から作れる燃料でもあり、燃料電池によって電気と熱を作れます。つまり「電気」と「水素」は対立概念ではなく、同じ2次エネルギー(エネルギー媒体)として適材適所で使い分けることで、社会全体の脱炭素化を進められるのです。

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 もちろん、水素であればよいわけではありません。化石資源由来の「グレー水素」を使う場合には、化石燃料が水素に替わっただけとの批判は避けられません。水素を作る際の排出CO2を回収した「ブルー水素」、そして将来的には再エネで作る「グリーン水素」の本格利用を目指すべきです。

 同様に、電気自動車も充電する電気を作る際のCO2排出を含めて考える必要があます。再エネ電力などとともにCO2フリー水素で発電した電気を増やすことで、電気自動車に充電する電気の脱炭素化に水素が貢献できます。電気自動車と水素自動車を対立させるような俗論を超えて、社会全体の電化と水素化を並行して進めることで、相互に補完しながら脱炭素化を進める段階に来ているのです。

 1969年に天然ガスを液化して輸入するようになってから、都市ガスとして全国の事業者や家庭に供給されるまでに数十年かかりました。安い水素を大量に全国の各需要家に供給できるようになるエネルギー構造転換までに、同程度の時間がかかると想定されます。数年では実現できませんが、海外から輸入するCO2フリー水素と国産の再エネ水素をそれぞれ増やし、低コスト化していくことで、水素がモビリティーを含めた社会全体の脱炭素化に貢献することに期待したいものです。皆さんはどう思われますか。



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