未来を担う技術革新(その5)…脱ガソリンに挑む日本の自動車産業

 古くからEV車(電気自動車)とFCV車(燃料電池車)の技術開発は10年サイクルでその立ち位置が入れ替わり、それが交互に変化して現在に至っています。私がD大学でFCV車のNEDO国家プロジェクトをマネージングしていた時期は2004~2008年です。この時はFCV車の技術開発がEV車を凌駕していました。そして現在2020年はEV車の方がFCV車を先行しています。

画像の説明

 現在、純粋なZEV車(排ガスゼロ)は2種しかありません。その2種とはEV車(電気自動車)とFCV車(燃料電池自動車)です。EV車は充電して走るクルマを指し、FCV車はいわゆる水素カーで、水素を燃料とし、排出するのはCO2ではなく水です。どちらもモーターで走行しますが、肝心の走行能力は、EV車が1回の充電で走行距離300km程度ですが、FCV車は1回の水素充填で倍以上の650km程度走行可能です。ところがFCV車はEV車とちがい、水素は貯蔵が難しく、しかも引火しやすい、という問題を抱えています。またガソリンスタンドの代わりの水素ステーションの設置が必要となりますが、現状ではかなりのコスト高となります。一方、EV車では充電をどうするかですが、家庭で時間をかけてやる方法と充電ステーションで短時間でおこなう方法があります。

画像の説明

 1990年に導入されたZEV規制とは、カリフォルニア州で従来のクルマを販売する場合、その台数に応じて決められた割合(14%)以上のZEV車、つまり排ガスゼロのクルマも売らなければならない、とのルールです。世界に先駆けて本格化した米国カリフォルニア州のZEV(排ガスゼロ)規制は今後、極めてシビアなものとなります。ちなみに現状では、クルマを10,000台販売するには、その14%の1,400台はZEV車でなければならない、ということになります。

画像の説明

 現在のところ、ZEV車そのものを生産していないメーカーもありますので、純粋なZEV車だけでそれを達成するのは難しいと言えます。そこでハイブリッドカーやプラグイン・ハイブリッドカー(家庭用電源などからプラグで充電可能なハイブリッドカー)もある程度繰り入れることができことになっています。また、超過達成しているメーカーからクレジットと呼ばれる販売権を買うこともできます。つまり、CO2排出権を購入する京都メカニズム(京都議定書の温室効果ガス排出量削減目標を国際間協力で達成する仕組み)のようなものです。それでも無理なら、州当局に罰金を払わなければならなりません。

画像の説明

 このZEV規制が近い将来、かなり強化されるといいます。するとトヨタはこのままではあと20年もたないことになります。日本ではエコカーの代名詞のハイブリッドカー「プリウス」も、カリフォルニア州ではエコカーと見做されていません。エコカーはZEV車のみ、つまり排ガスゼロ車だけです。現在、トヨタはハイブリッドでぶっちぎりの世界トップを行っています。年間販売台数は200万台に迫る勢いで。堂々たる大黒柱となっています。

画像の説明

画像の説明

 18年前(1997年)、トヨタが世界で初めてハイブリッドカーの量産化に成功後、他社も続々と参入しました。ヒット車も生まれました。しかし、いまだにハイブリッド・イコール・トヨタであり、エコカー・イコール・トヨタということで、パイオニアの威光はまったく衰えていません。

画像の説明

 ところで、トヨタはZEV車としてEV車ではなくFCV車を選択しました。みごと、FCV車の量産化にも成功しました。2014年末、世界初の量産型FCV「ミライ」を発売しています。ここまではおおむね順調で戦略は間違っていません。ところがハイブリッドと違い、いっこうに火が付きません。このままでは世間から忘れ去られ、フェイドアウトしていくんじゃないか、と心配です。「ミライ」発売直後、トヨタはFCVの基本特許を無償で解放。“水素カー仲間”を集めるべく、大々的に宣伝しました。堅実なトヨタらしからぬこの大盤振る舞いは「プリウス」発売時、ハイブリッド技術を独占したがために多くの敵をつくり、結果的に普及が想定より遅れたことへの反省ともいわれています。しかし、ライバル各社は慎重な態度を崩さず、水素カーの普及はいまだ足踏み状態です。価格は1台800万円程度と超高級車並み、燃料を補給する水素ステーションも危険、コスト高の2重苦が祟り、日本国内では大都市圏に30カ所程度が設置されたのみです。これではインフラと成り得ず、実際、「ミライ」の年間販売台数は1,000台程度にとどまっています。5年後には年間50,000台を目指すといいますが、絵に描いた餅、計画倒れとの声がもっぱらです。

 売れなければスケールメリットがもたらす販売価格の低廉化が実現せず、水素ステーションも増えません。負の連鎖です。ハイブリッドカー「プリウス」に勝るとも劣らぬ莫大な開発費と優秀なスタッフを投入しながら、ビジネスとしての将来は全く見えない今、現状では大惨敗としかいいようがありません。

画像の説明

 このままではFCV車はEV車に駆逐されてしまいます。ところで、EV車にも問題はあるはずです。現在、EV車のトップメーカーはカリフォルニアのシリコンバレーに拠点を置く「ステラモーターズ」です。世界で唯一のEV車専門メーカーでもあります。この「ステラモーターズ」は1台売るたびに5,000ドル(60万円)の赤字が出るという、なんとも凄まじい、採算を度外視した販売体制を続けています。しかも「ステラモーターズ」はEV車オンリーです。ステラモーターは投資で会社運営をまかなっています。欧米の富裕層が先行投資で莫大なカネを融通していると言われています。ステラモーターズのオーナーが口八丁手八丁のやり手で、「EVが世界の主流になれば莫大な見返りがある」とかき口説いてカネを引っ張っていますが、それももう限界です。

 日本では2020年12月に「2030年代半ばまでに国内で売る新車はハイブリッド車や電気自動車(EV)などすべて電動車にする」という目標を政府が打ち出しました。英国のように2030年代にハイブリッド車を含むすべてのエンジン搭載車の販売を禁止する国や地域もありますが、日本はハイブリッド車を容認する方向です。環境重視派からは批判も予想されますが、EVのコストの高さなどを考えれば、現実的な選択といえます。EVや燃料電池車(FCV)などのいわゆる排ガスゼロ車の技術革新の動向を見ながら、規制の強度を調整すればよいと考えられます。

画像の説明

 ただ、現在の案であっても自動車産業に課されたハードルは低くありません。2019年の国内新車販売で電動車の比率は35%に達しています。だが、小型で廉価さが売り物の軽自動車などではコストのかさむ電動化は進んでいません。国民が広く日常の足、仕事の足として使う軽自動車や商用車の環境対応をどう前進させるか、また充電スタンドやFCV用の水素供給インフラをどう整えるのか、官民で対応を急ぐ必要があります。

 自動車産業の競争力維持も課題です。日本車はエンジン技術やハイブリッド技術に優れ、世界市場をリードしてきました。だが、EVについては出遅れ気味で、商品・技術展開やブランド形成などで米テスラなどの後塵を拝しています。巻き返しに向けて、電池などの要素技術の強化やソフトウェア主導型の走行・安全性能の向上など、従来とは異なる技術や能力が必要になります。そのためには固定化された系列に縛られず、外部の人材や技術を積極的に取り込むオープンな姿勢が欠かせません。とりわけ大きな試練にさらされるのは、エンジン依存度の高い部品メーカーでしょう。生き残りに向けた業界再編や事業構成の組み替えが待ったなしの課題です。

 日本で排出される二酸化炭素の16%は自動車によるもので、車の環境性能の向上は温暖化ガスの実質ゼロ目標を達成するために避けて通れません。一方で取引の裾野が広い自動車産業は国内サプライチェーンの要であり。雇用創出力も大きいものがあります。クリーンかつ力強い自動車産業を今後も維持する必要があります。

画像の説明

 1970年にアメリカでは大気浄化改正法・いわゆるマスキー法が成立しました。特にカリフォルニア州では、自動車の排気ガスについて非常に厳しい規制をかけました。この規制を達成しない自動車は販売を認めないという内容でした。この時、ホンダのCVCCとマツダのロータリーエンジンがこの規制をクリアしたことで、日本車が大きく脚光を浴びました。今回のZEV規制も同じ様なことになると覚悟しておいた方が良い様な気がしますが皆さんどう思われますか。



コーディネーター's BLOG 目次