脱炭素社会の実現(その10)…日本における水素バリューチェーンの構築

グレーからグリーンへ水素バリューチェーン構築

 脱炭素の取組みを進める中で、特にポテンシャルのあるエネルギーとして水素が注目されています。日本は先進国のなかでも早いタイミングで水素に着目し、水素技術で世界をリードするという強い意欲を見せています。日本が今後目指す脱炭素社会の中で、水素が重要な役割を果たすのは間違いありません。欧州では再エネばかりを重視する傾向がありますが、日本ではもう少し幅広く、製造コストが安価な化石燃料由来の水素と二酸化炭素の貯留(CCS)を組合せながら水素社会を実現していくという、より現実的なアプローチを取っています。

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 CCUS(Carbon dioxide Capture Utilization and Storage)とは、二酸化炭素(CO2)を回収し、有効利用(CCU)または貯留(CCS)することです。CO2を再資源化して脱炭素社会を実現する技術と期待されています。工場の排出ガスに含まれる高濃度CO2を取り除いて地中深くに貯留したり、ドライアイスの原料に利用したり、CCUSの技術はすでに実用化されています。最近ではCO2をコンクリートや化学品の原料として再利用する研究開発も進められています。

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 地球上に無尽蔵に存在する水素は、燃焼させてもCO2が発生せず、燃焼させずに酸素と化学反応させると燃料電池となり、これから電力を得ることができる有望なエネルギー資源です。水素は、水、化石燃料、アンモニアなど様々な資源から取り出せます。化石燃料を改質し水素を得る場合、CO2を排出する場合はグレー水素、CO2を回収する場合はブルー水素と呼ばれ、再エネ由来の電力で水分解したCO2フリーのものをグリーン水素と呼びます。

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 二酸化炭素の排出源としては、我々の生活に欠かせない電気を供給する発電所からの排出が、約半分の41%を、次いでガソリンや軽油を多く使う輸送関係で21%で、3番目が製造業や建設業で17%となっています。これら3つを合計しますと80%に達します。

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 往々にして脱炭素化というと電力だけを思い浮かべがちですが、水素技術であれば電力以外の輸送や製造領域の脱炭素化にも有効に活用できます。2020年に制定されたグリーン成長戦略でも水素は非常に重要な位置付けになっており、日本は将来、水素技術を輸出することも目指しています。

 三菱商事の天然ガスグループでも、水素を導入する取り組みを進めています。日本にはすでにLNGインフラが整備されており、これを活用しLNGを原料として水素を製造しようと考えています。将来的にはCO2を排出しないグリーン水素ということになるでしょう。まずはグレー水素から始めて、水素のインフラをしつかり整備しながらブルー水素、さらにグリーン水素へと移行していくことを目指しています。

 グレー水素からブルー水素への移行にはCCUS(CO2の回収・利用・貯留)が必須です。LNGから水素をつくる際に排出されたCO2を回収・貯留し、最終的には「LNGから水素をつくり、さらにCCS等によりカーボンニュートラル化」という水素のバリューチェーンを構築して、脱炭素社会に貢献して行きます。

 再生エネは変動性が高いため、受給バランスを見ながら計画値同時同量が求められる電力システムに組み込むことが難しいという課題があります。地理的な条件から、日本は海外に比べて再エネの設備利用率が低く、電力コストが高いので、再エネ比率が高まるにつれて電力価格が上昇する恐れもあります。つまり目標引き上げのための再エネ比率向上で、国民負担が大幅に高まる懸念もあるのです。まさに現在の日本は、これらの難題をどうするかという知恵を絞らなければならせない状況にあるのです。

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 そのような状況の下、日本では燃やしても二酸化炭素(CO2)を排出しない水素(H2)が脱炭素社会の中核エネルギーとして注目されています。発電や自動車などに本格利用するには安定したサプライチェーンが欠かせません。大手各社は技術の革新や連携でその整備に乗り出しています。2050年までに温暖化ガスの排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルの実現に向けて、産業界が総合力を発揮し始めています。

「運ぶ」「貯める」で企業連携

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 「水素の実用化に向けた大きな一歩です」と、2022年1月21日、羽生田光一経済産業相はオーストラリアでの式典に日本から祝辞を贈りました。川崎重工業が建造した世界初の液化水素運搬船「すいそふろんてぃあ」が2021年12月に神戸港を出航し、この日、豪ビクトリア州へイスティングス港に到着し、日豪関係者が祝ったのです。

 同船の役目は、日本のエネルギー需要に換算して数百年分に当たる豪州の褐炭から取り出した水素をマイナス253度に冷却し、気体に比べて体積が800分の1の液化水素にして日本に運ぶことです。ビクトリア州ラトロブバレーの褐炭水素製造プラントで褐炭をガス化・精製し、水素をヘイスティングス港に陸上輸送させるというものです。同港で水素を液化して船で9千キロ輸送し、神戸空港島で液化水素を貯める工程となります。水素の国際サプライチェーンを築く日豪実証事業です。

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 プロジェクトの中心を担うのは川重と岩谷産業、シェルジャパン、電源開発(Jパワー)の理事4社に丸紅とENEOS、川崎汽船を加えた7社の技術研究組合「CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA, ハイストラ)」です。褐炭からの水素製造と液化水素の海上輸送、神戸での荷役基地を担当します。HySTRA事務局長を務める川重のN氏は「液化水素運搬船で日本は先頭を走る」と胸を張ります。「2014年に国が水素・燃料電池戦略ロードマップをつくり、官民で資源小国の危機感を共有してきた成果だ」と言います。同船は2月に神戸港に戻りました。2030年ごろに日豪サプライチェーンの商用化を目指します。

発電利用、実用段階へ

 水素発電の整備も始まりました。液化天然ガス(LNG)と混焼してCO2排出を減らすだけでなく、水素100%専焼による排出ゼロ発電が視野に入ります。川重と大林組は2017年、神戸に世界初の水素発電プラントを建設、2018年に市街地で初の水素専焼発電に成功し、スポーツ施設や病院に熱電供給しています。

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 水素発電の大型化も進みます。三菱重工業は火力発電所の心臓部の大型ガスタービンで2025年に水素混焼30%のタイプを商用化し、2030年までに水素専焼の実用化を見込みます。「米国向けガスタービン商談では「水素燃焼も将来可能」という条件が入札時にもとめられることもある」と三菱重工業のT技監は言います。同社は火力発電用の大型ガスタービン市場で米GE、独シーメンスと競ってきました。火力発電所の燃料がLNGから水素に切り替わってもこれまでと同等以上のシェアを確保する考えです。

水素輸送時のCO2算定

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 川崎重工業は水素を運ぶ際の二酸化炭素(CO2)排出量の算定方法策定を推進しています。ノルウェーの第三者認証機関と連携し、国際的なルールにすることを目指しています。製造時の排出量評価では欧州連合(EU)が先行していますが、水素の需要が高まる中、運搬時のルール策定では主導権を握り、水素関連事業に弾みをつける戦略です。

 経済産業省は2023年5月末に水素基本戦略を改定しました。5月17日に示した案では「島国である日本では国外で製造した水素の長距離輸送などから排出されるCO2についても評価する必要がある」と記載しました。これに対応した動きになります。また、川崎重工は世界初の液化水素運搬船を2021年開発し、長距離輸送の実証も進めています。20年代半ばには大型の運搬船を実用化する計画です。

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 CO2排出量の算定方法の策定では、第三者認定機関のノルウェー・ドイツ船級協会(DNV)と連携することになっています。DNVは、製品の生産工程などで生じるCO2の総排出量を示す「カーボンフットプリント」で経産省が2023年に策定したガイドラインに協力した実績などがあります。

 川崎重工とDNVは半年程度で水素の製造拠点から使用場所まで運搬する部分を中心にCO2排出量の算定方法を検討する計画です。その後、1~2年かけて川崎重工が水素事業で蓄積したデータを使いながら算定方法を確立します。20年代半ば以降に第三者機関により国際的に認証してもらいたい考えです。

 水素を液化するには冷却する必要があり、その際にエネルギーを消費しCO2を排出します。また船での輸送中には水素が一部気化します。液化水素のサプライチェーン(供給網)はこれから新しくつくるため、液化や輸送でCO2をどれだけ排出したり、水素をロスしたりするかの算定方法が確立していません。川崎重工は水素運搬船の実証を通じて、船舶の航行中のCO2排出量や、輸送中に水素が気化している量など多くのデータを持っています。こうした知見を生かす予定です。

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 液化すれば水素を大量に輸送できるという特徴があることから、川崎重工はルール策定で先行できれば液化水素の利点を客観的に示せるようになり、運搬船の事業展開にも追い風になると見込まれます。皆さんはどう思われますか。



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