未来を担う技術革新(その11)…脱炭素エネルギーの伏兵アンモニア発電

 再生可能エネルギーや原子力に続く二酸化炭素(CO2)を排出しないエネルギー源として、アンモニアが脚光を浴びています(2023年6月時点)。アンモニアは脱炭素の切り札とされる水素よりも保管や輸送が容易で、現実的な実用化を見込める「伏兵」として見直されています。2030年ごろには生産から燃焼に至る一連の技術が出揃う見通しで、普及期に向け着々と技術を磨いています。石炭や天然ガスを燃やす火力発電の一部を置き換えそうです。

画像の説明

アンモニア利用による発電技術

画像の説明

 温暖化ガスをほとんど出さない世界初のアンモニアガスタービンの試験運転がIHIの横浜事業所(横浜市)で進んでいます。3千~4千世帯の電力をつくる2000Kw級の規模です。A主幹は「技術は確立済み。クリーンとされる天然ガスと比べても温暖化ガスの排出は100分の1以下だ」と胸を張ります。2025年に工場やビルの自家発電用などに実用化する計画です。実現のカギはIHI社が70年磨いた燃焼技術です。アンモニアを2段階で効率よく燃やすなどして、亜酸化窒素の発生を抑えました。亜酸化窒素は温暖化への影響がCO2の約300倍大きく、対処が課題でした。

 アンモニアは水素のキャリアとして検討が始まりました。水素には運搬するためのコストやリスクが高く、発電するにはエネルギー効率が低いなどの課題があります。また、化石燃料から水素を製造する場合はCO₂を排出してしまいます。このようなデメリットをカバーするべく、水素を一時的にアンモニアに変換して使用することが検討されるようになりました。アンモニアは、貯蔵や運搬が水素と比較して簡単で、コストも抑えられるのです。

 アンモニア発電の基本原理は火力発電と同じで、アンモニアを燃焼させることによって熱エネルギーを得て、タービンを回すことで発電をします。よって、日本のエネルギー構成の主軸となっている火力発電の燃料としてアンモニアが燃料として使用できるようになることが期待されています。

画像の説明

 国内大手電力会社保有の石炭火力発電所ですべてアンモニア混焼・専焼に転換した際のCO₂排出削減量の試算結果を下表に示します。仮に、国内の大手電力会社が保有するすべての石炭火力発電所で、20%アンモニア混焼が実現できれば、CO₂の排出削減量は約4,000万トン、アンモニア専焼ができれば約2億トンと試算されています。発電コストについても、アンモニアの利用は水素を利用するよりも抑えることができます。アンモニアを利用した発電の導入は、日本におけるエネルギー事情に大きく影響を与えます。

画像の説明

 アンモニア発電では発電所の大型化も狙えます。2023年1月にIHIは米ゼネラル・エレクトリック(GE)と数10万キロワット級の開発で提携しました。数基分で大型原発に匹敵する発電能力で、2030年に発売を目指しています。A主幹は「2030年にはアンモニア発電の利用が本格化する。脱炭素社会の実現に役立つ」と話しています。

 三菱重工業も4万Kw級の開発を目指し、2022年夏に中核部品の燃焼器の試験を始めました。2025年にも実用化する計画です。排熱を使い発電効率を高めるなどして、シンガポールの発電所への納入も検討しています。T聡技監は「化石燃料や再エネの資源が乏しい国ではアンモニア発電は重要になる」と話しています。

 燃料のアンモニアは現在、北米や中東で産出する天然ガスなどを現地で改質してつくられます。今後普及が見込まれる、再エネの電力で水を分解する「グリーンアンモニア」も安くつくれる南米などが供給源となります。日本政府は発電用途の拡大に伴い、アンモニアの需要が2030年に2021年比で3倍の300万トンに、2050年に同30倍の3千万トンに増えるとみています。

画像の説明

画像の説明

水素に比べ保管や輸送の面で有利なアンモニアガス

 アンモニアに先行して脱炭素の切り札とされたのは燃やすと水になる水素でした。2000年代末から家庭用燃料電池や燃料電池車(FCV)が登場しました。だが、保管や輸送に使うタンクを大気の数百倍の高圧にするか、零下253度の極低温の状態にする必要がありました。インフラ整備が難しく発電分野への普及が遅れました。その水素に代わって注目されるのがアンモニアです。数気圧が零下33度で保管でき、通常のガスタンクで扱えます。今後は発電量が天候に左右される再エネの普及が進みます。現在は補助電源として石炭や天然ガスが担う出力調整の一部をアンモニアが代替する期待が高まっています。

画像の説明

 エネルギーや運輸各社は大量輸入を見据えて動いています。JERAは2028年までに従来の約2倍の最大7万トンを積む輸送船を商業運転する計画です。米国や中東から愛知県碧南市の発電所へ運び、石炭に混ぜて燃やします。商船三井は燃料にアンモニアを使う輸送船を2026年ごろに運航する計画です。

 脱炭素の観点から中長期ではグリーンアンモニアの利用が必須ですが、生産コストが1トン約1千ドル(約13万円)と天然ガス由来の約2~4倍高くなっています。大量のエネルギーを使い高温高圧の条件でつくるためです。出光興産はこのコストを下げる技術に挑んでいます。東京大学のモリブデンの触媒を活用し、1気圧、約10度で生産します。コストは現在の4分の1の約3万4千円に下げられる見通しです。出光のSテーマリーダーは「水素を経ずに水から直接つくり、消費エネルギーを減らせる」と強調します。2025年にも試験生産を始め、2032年ごろに量産を開始する計画です。

画像の説明

発電費用、水素より安く、製造時のCO2排出課題

 水素は体積当たりのエネルギー密度が非常に低い点に特徴があります。例えばガソリン1リットル燃やした時の発熱量を得るには、約3000リットルもの水素が必要です。大量かつ効率的に貯蔵・輸送するには、気体圧縮または液化するのが前提となります。液体にすれば体積を800分の1まで圧縮できます。しかし、液化温度は常圧(1気圧)で零下253度という超低温となります。液化天然ガス(LNG)は零下162度で、水素はさらに90度も低いわけです。冷却で多くのエネルギーを使い、さらに気体になりやすく貯蔵タンクから水素が一定割合で減る「ボイルオフ」も起きます。この問題を解決するのが、水素化合物に置き換え貯蔵して運搬する手法です。アンモニアに転換すれば、常圧で零下33度、常温(20度)でも8.5気圧という比較的温和な条件で液体にできます。分解して水素を取り出し燃料電池車などに使えるほか、それ自体を燃料として発電所で燃やすこともできます

 アンモニアは水素や天然ガスと比べ燃えにくく発熱量も少ないが、燃焼の工夫で解決できる道筋は見えています。人体への有毒性も懸念されるものの、肥料などで国内需要量の内約2割を海外から輸入しており、供給網全体で安全に取り扱う知見がすでにあります。大きな障壁はアンモニア製造法です。アンモニアの生成は化学産業の中でも最もエネルギーを消費する製造工程の1つとされます。国際エネルギー機関(IEA)によりますと、アンモニアの製造には世界の最終エネルギー消費量の約2%を占める8600兆キロジュールを使います。原油換算で約2億トン分にあたります。製造・運搬に投入したエネルギー量より、アンモニア発電で得られるエネルギー量は減ることになります。

画像の説明

 アンモニア供給網の拡大には、生産設備の大規模化や高効率化を通じ、エネルギー分野での需要を高める必要があります。ウクライナ情勢などで世界のエネルギー供給が不安艇になるなか、早期に生産技術を確立できるかが普及のカギとなりそうです。皆さんはどう思われますか。



コーディネーター's BLOG 目次