未来を担う技術革新(その12)…世界で争奪戦を繰り広げる航空燃料「SAF」

航空燃料「SAF」とは

 次世代の航空燃料と呼ばれる「SAF」(サフ)は、二酸化炭素の排出量を大幅に削減できるとして、今注目を集めています。実は食用油からも作れるという、この「SAF」を国産化しようという動きが始まっています。

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 「SAF」はSustainable(持続可能な)Aviation(航空)Fuel(燃料)の頭文字からとられています。植物や廃油などから作ったバイオ燃料で、従来の原油からつくる燃料と比べて二酸化炭素の排出量を80%程度減らせるとされています。航空機はほかの交通機関に比べて二酸化炭素の排出が多いとされ、航空機に乗るのは恥ずかしいという意味の「飛び恥」ということばも生まれているほどです。SAFは、そんな航空分野の脱炭素に向けた切り札として注目されています。今までの燃料は原油からつくっているから原料は輸入するしかなかったけど、バイオ燃料だったら国産も夢じゃないということです。

 先日の2023年3月2日、語呂合わせで「サ(3)フ(2)の日」に合わせて、この燃料を国産化するための新たな団体が立ち上がりました。団体の名前は「ACT FOR SKY」です。全日空や日本航空、プラント建設の日揮ホールディングスのほか、原料となる廃油を提供する日清食品ホールディングスなど16社が参加しています。

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 国は、2030年までに国内の航空会社が使う航空燃料の10%をSAFに置き換える目標を掲げています。今、日本はすべて輸入に頼っていますが、脱炭素を目指すのは世界各国、どこの航空会社も同じことです。各国の航空会社の間ではSAFが争奪戦となっています。目標の達成に向けて、SAFを安定的に調達するには、国産化が不可欠です。さらにヨーロッパなどでは、航空会社に燃料の一定割合をSAFにするよう義務づける動きも出ています。参加した企業は「国産化が実現できなければ、日本の航空機を海外で飛ばせなくなるのではないか」という強い危機感も持っています。

 新しい団体では、業界の垣根を越えて協力し、国産化に向けた課題をクリアしようとしています。最も大きな課題が「安定的な原料の調達」です。SAFは古着や家庭ゴミ、それに使用済みの食用油といったさまざまなバイオマス原料からつくることができます。団体に参加している京都市の燃料メーカー「レボインターナショナル」では、全国の飲食店などおよそ2万5000か所から引き取った廃油などを原料にSAFを作ることを目指しています。

 SAFの研究を行っている運輸総合研究所の試算では、国内にある使用済み食用油や家庭ごみなどをすべて生産に利用できれば、国内での航空機燃料のほぼ全量をSAFに置き換えられるとしています。ところが、すでに本格的に生産を始めている海外の企業などが、使用済み食用油を高値で買い取るケースが増えていて、ここでも「争奪戦」が始まりそうな気配になっています。

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 飛行機やヘリコプターのような航空機で使われている燃料はジェット燃料か航空ガソリンですが、これらはほとんど石油から作られています。石油は油田から掘り出され、燃料として使ったら二酸化炭素(CO2)と水蒸気になってしまい、もうもとに戻すことはできません。一方で、SAFの原料は主に植物であり、使えば同じくCO2と水蒸気になりますが、それらは再び植物に取り込まれてしまいます。エネルギー源として実質、永続的に使える航空機用燃料、特にジェット燃料の代替となる燃料がSAFと言えます。

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SAFの原料と製造方法

 SAFは、いま世界中で研究開発が進められています。しかし、まだ決定的な製造技術はありません。現在のところは、さまざまな原料や製造方法が提案されている段階です。ところで、現在使われているジェット燃料とは灯油なのです。ガソリンスタンドで売られているあの灯油と同じものだというと驚きです。しかし実際に、民間航空機用のジェット燃料は灯油そのもの、あるいは灯油に酸化防止剤や帯電防止剤のような添加剤を少量加えたものが使われています。

 灯油は原油を蒸留して、沸点が170度から250度の範囲を持つ成分を取り出したあと、精製したものです。化学的には炭素と水素からできた炭化水素といわれるもので、炭素の数は10個から15個程度。その炭素原子が鎖のようにつながった骨格の周りに、水素が結合したパラフィンとよばれる化学構造をしています。SAFは、このような灯油と同じ炭素数のパラフィン炭化水素を、石油ではなく、主に植物などの有機物を原料として人工的に作り出したものです。

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 ではどうやって、有機物からSAFを作り出すかですが、化学者ならいろいろな方法が思い浮かぶはずで、実際にさまざまなSAFの製造方法が提案されています。アメリカの規格協会ASTMインターナショナルは、そのSAFの作り方を七つのカテゴリーに分けていますが、主要なもの3つを紹介します。

(1) FT-SPK(FT合成油)

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 原料は廃木材や林地残材、農業廃棄物、紙ごみなどバイオマス全般が想定されています。これらの原料を蒸し焼きにしてガスにしたあと、フィッシャー・トロプシュ法(FT合成法)という方法でガス分子を結合させて、灯油と同じパラフィン構造の液体燃料にする方法です。この方法は炭素や水素をいっぱい含んで複雑な構造をしたバイオマスを、炭素1個の分子と水素分子にいったんばらばらにしたうえで、再びつなぎ合わせて液体の燃料とするものです。一度ガスに分解して、再び合成するのですから手間がかかりますが、非常に幅の広い原料に適用することができます。FT合成法はすでに石炭や天然ガスから液体燃料を作る技術として確立しています。FT-SPKは、この方法をバイオマスに適用しようというわけです。

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(2) Bio-SPK HEFA(水素化植物油)

 原料として使われるのは、ナタネ油や大豆油、パーム油のような植物油やラードのような動物性の油脂です。植物油や動物油の分子は灯油の3倍くらいの大きさがあるので、高温高圧の水素を使ってジェット燃料に適した分子の大きさに分解します。油脂類を使った燃料はすでにバイオディーゼルとして世界中で製造販売されていますが、変質しやすいという問題がありました。油脂類を水素を使って分解すると、変質しにくい安定した品質のSAFにすることができます。

 HC-HEFAは、原料として微細藻類から採取される油脂を使いますが、製造方法はほぼ同じです。ユーグレナは、同社が開発を手掛けていたミドリムシ由来のバイオジェット燃料を初めて飛行機に導入しました。これまで車や船舶などにバイオディーゼル燃料を導入していましたが、飛行機にバイオジェット燃料を導入したのは初めてです。同社は2025年までにバイオ燃料の商用プラント稼働を計画しています。プラント稼働に先駆け、バイオ燃料の導入実績を増やし、対外的にアピールしたい考えです。

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(3) ATJ-SPK(アルコール合成パラフィン)

 メタノールやエタノール、ブタノールのようなアルコール類を原料としてジェット燃料と同じ性質・状態の燃料とする方法です。アルコール類の炭素数は1個から4個と小さく、さらに酸素原子が含まれています。ですから、まず酸素を取り除き、さらに分子同士をつなぎ合わせて、ジェット燃料に適した大きさの液体燃料にします。例えばエタノールを原料とした場合、酸素を取り除いてエチレンという物質に転換し、これをポリエチレンを作るときと同じ方法でつなぎ合わせれば、ジェット燃料と同じ程度の分子にすることができます。原料となるエタノールは穀物や糖類を発酵させて、お酒と同じ方法で製造することができ、すでに世界中で自動車用の燃料として使われています。原料として、穀物や糖類ではなく、樹木や草本類、農業廃棄物などを使う研究も進められています。

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SAFが注目される理由

SAFが注目されているのには、次のような理由があります。

(1) 大気中のCO2を増やさない

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 SAFが注目される一番の理由は何と言っても、空気中のCO2を増やさないということでしょう。SAFも燃料として燃やしてしまえばCO2を排出しますが、排出されるCO2は原料となる植物が成長するときに大気から吸収していたものです。石油のように地下にあったものを掘り出しているわけではないので、原理的に空気中のCO2を増やしません。この点から、SDGs(持続可能な開発目標)の目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」や目標13「気候変動に具体的な対策を」に寄与する燃料といえるでしょう。

(2) 従来の燃料と同じように使える

 SAFが注目されるもうひとつの主な理由は、従来のジェット燃料とほとんど同じ使い方ができるという点です。SAFなら、従来のジェット燃料と同じパラフィン構造の液体燃料のため、今までのジェット燃料と同じ取り扱いが可能となり、現在運用されている航空機の燃料タンクにそのまま入れて使うことができます。このような燃料は、そのまま燃料タンクに投げ込んで使うことができるという意味で、ドロップイン燃料といわれます。また、SAFならエンジンや機体を新しく開発する必要がなく、燃料の貯蔵や流通インフラも現在と同じものがそのまま使えるというのも魅力です。

(3) 安定したエネルギー源になる可能性がある

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 SAFの原料は農作物や農林業廃棄物などで、石油のように限られた地域から産出されるものではありません。このため、原料は国産あるいは、限られた地域からの輸入に頼らない、安定したエネルギー源になる可能性があります。ちなみに、下水汚泥(おでい)を原料とするのもひとつの手ではないかと考えられます。下水汚泥を発酵させてメタンを作り、このメタンを使ってFT合成法でSAFを作ることは技術的に可能です。都市の人口密度が高く、下水道が発達した日本にはこの方法が向いているのではないでしょうか。この技術が完成すれば、私たちの屎尿でジェット機が空を飛ぶことになり、屎尿が重要な国産エネルギー源ということになるかもしれません。

日本の取り組み

 国土交通省は2030年時点において、日本のエアラインによる燃料使用量の10%をSAFに置き換えるという目標を設定しています。しかし、その具体的な進め方は決まっていません。政府内に「持続可能な航空燃料(SAF)の導入促進に向けた官民協議会」が作られ、審議されているところです。

 日本でもさまざまな企業がSAFの開発に取り組んでいますが、実際にフライトまで進んだのはユーグレナ(廃食用油、藻類油)、IHI(藻類油)および三菱パワー・JERA・東洋エンジニアリングの企業連合(木質バイオマス)です。そのほか、石油会社ではENEOSがATJとFT合成を用いた方法、出光興産はATJ技術を使った方法を開発中。ベンチャー企業ではレボインターナショナル(廃食用油)やMOIL社(カメリナ油)なども開発に取り組んでいます。

 日本の航空会社の動きですが、2022年7月現在、日本においてSAFを使用した例はそれほど多くはありません。全日本空輸(ANA)はネステ社から購入したSAFを使い、2020年11月から定期便の運航を開始しています。日本航空(JAL)はアメリカのフルクラム・バイオエナジー社から一般廃棄物を原料として製造したSAFを購入して、2023年から定期便に導入する計画にしています。

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 また、ANAとJALは2022年3月に日揮、レボインターナショナルとともに「ACT FOR SKY」という有志団体を設立し、国産のSAFの普及を目指しています。ACT FOR SKYにはこの4社以外に、石油会社や商社、エンジニアリング会社などの12社も参加しています。

 また、SAFを普及させるには大量に製造する必要がありますが、その原料調達の問題もあります。今のところ実際にフライト実績があるSAFの原料として最も多く使われたのは廃食用油ですが、もともと存在する量が少なく、市場では奪い合いになっているともいわれます。それ以外では、カメリナ油やジャトロファ油などの植物油を原料とした例もあり、一般廃棄物(都市ごみなど)を使う方法の開発も進んでいます。

 今まで自動車用のガソリンやその他の燃料を作ってきた製油所は、今後生産量が減っていくと予想されていますが、そのような遊休製油所を使ってSAFやバイオプラスチックをはじめ、さまざまなバイオ製品が作られるようになるかもしれません。皆さんどう思われますか。



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