未来を担う技術革新(その14)…人類に脅威をもたらす生成AIの急速な普及

生成AIの父ヒントン氏による警鐘

 人工知能(AI)の研究をけん引し、この分野で「ゴッドファーザー」と呼ばれたジェフリー・ヒントン氏が米グーグルを退職したことが2023年5月1日、明らかになりました。米ニューヨークタイムズのインタビューで急速に発展するAIの危険性に言及しており、世界各地で動きがでている規制の行方にも影響を与える可能性があります。

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 ヒントン氏は人間の脳の構造に着想を得たニューラルネットワークの研究を主導し、文章や画像を自動で作れる生成AIが普及する基盤を築きました。カナダのトロント大学で教え、一線で活躍する研究者の多くが同氏に師事した経緯があります。2013年からはグーグルでもフェローなどとして働いていました。ニューヨーク・タイムズのインタビューで4月にグーグルに辞職を申し出たと明かし、自身のツイッターでも1日に退職について説明しました。グーグルの広報担当者は同日、ヒントン氏が退職したと認め、「引き続き責任ある姿勢でAIに取り組んでいく」などと説明しました。

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 ヒントン氏はインタビューで「悪者がAIを悪用するのを食い止める方法がなかなか見つからない」と述べ、生成AIなどの急速な普及に警鐘を鳴らしました。具体的には偽情報の拡散や人間の仕事を奪う可能性に言及し、さらに兵器に転用することにより人類への脅威になる事態などを懸念しました。

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 生成AIをめぐっては米非営利団体が6ケ月にわたり開発を中止することを求める署名活動を3月に始め、欧米などでも規制に向けた動きが広がっています。ヒントン氏は書名活動などには参加していませんが、インタビューで世界の研究者が技術のコントロールに関して協力することを呼びかけ、それまでは「開発を加速すべきではない」と主張しました。

 ヒントン氏は2019年の日本経済新聞の取材でAIが人間を支えるようになるなどと強調していましたが、3年あまりで慎重論にかじを切った格好になります。米マイクロソフトが米オープンAIを実用化し、グーグルも追い上げています。インタビューではヒントン氏はこうした競争により安全の確保がおろそかになる事態を危惧していることをにじませました。

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 ニューヨーク・タイムズの記事は、技術の急速な発達を危惧するヒントン氏と生成AIの実用化を急ぐグーグルとの間で意見の相違があったことを示唆しました。ただ、同氏はツイッターで「グーグルを批判するために退職したのではなく、退職したことによりグーグルへの影響を気にせずAIの危険性に言及できるようになった」と釈明しました。

生成AI「チャットGPT」の規制論浮上

 高度な対話能力を備えた人工知能「ChatGPT(チャットGPT)」をはじめ、生成AIと呼ぶ技術が急速に普及し始めています。うまく使えば生産性の飛躍的な向上が見込める半面、悪用のリスクも指摘されています。いかにこの技術と向き合っていくかは、世界の行く先をも左右します。

 チャットGPTは、米サンフランシスコに拠点を置く新興企業オープンAIが2022年11月に公開したAIです。質問を投げかけるとその意味を的確に「理解」し、巧みに答えを返します。答えがはっきりしない問いにも対応し、仕事でアイデアを立案する際などに「相棒」として力を発揮します。インターネットで手軽に使えるようにしたことで瞬く間に話題となり、公開から2ケ月で世界の利用者は1億人を超えたとされます。

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 オープンAIは言語を扱う高度なAIの開発を先導してきました。20年に発表した「GPT-3」はキーワードなどから自然な文章を作成し、当時も人間と見分けがつかないブログなどを書いて驚きを呼びました。従来、文章に関わるAIは翻訳や分類、要約など目的ごとにデータを集め、学習させて開発する手法が一般的でした。近年は多様で汎用的な作業に対応できる「基礎モデル」と呼ぶ技術の進化が著しい状況でした。こうした流れの中でチャットGPTが登場し、米グーグルなども競合する技術を続々開発しています。

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生成AIは経済や仕事をどう変える

 いまのAIブームは深層学習と呼ぶ技術の革新によって10年ほど前に始まり、画像認識などの精度が高まりました。そして生成AIの進化で新たな潮流が生まれています。文章だけでなく、2022年には精巧な画像を生成するAIも数多く登場しました。これらの技術は経済や仕事にどんな影響を与えるのでしょうか。まず思い浮かぶ用途はメールや広告文、会議資料、報告書などの作成です。オープンAIと提携する米マイクロソフトは文章から「パワーポイント」の資料を瞬時につくる機能などの導入に取り組んでいます。

 米ゴールドマン・サックスは生成AIが普及すると労働生産性が向上し、世界の国内総生産(GDP)を7%押し上げると予測しています。半面、3億人の仕事が自動化される可能性があるといいます。利用の拡大に伴い、雇用への影響を巡る懸念が高まることも考えられます。

今後の可能性と課題

 生成AIは「人間よりも賢い技術」となりつつあります。チャットGPTはMBA(経営学修士)の試験に合格するレベルの回答を作成し、オープンAIが3月に発表した最先端の「GPT-4」は米司法試験の模擬試験で上位10%に入る知的水準を獲得しました。

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 すべてが完璧ではありません。生成AIは事実と異なる内容も生み出します。偽情報の拡散に悪用されるリスクは、普及に向けて対処が必要な重要課題の一つです。サイバー犯罪に用いられる懸念もあります。2023年4月末に群馬県で開かれた主要7ケ国(G7)デジタル・技術相会合ではAIの安全性や信頼性の向上への協力を打ち出しました。

 米欧では生成AIを規制する検討の動きも具体化してきています。新たなテクノロジーの利用を健全な形で進めるための知恵が問われています。皆さんはどう思われますか。



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