為替問題と貿易事業(その4)…ドル高の下「仁義なき通貨選別」

 2022年10月現在、FRBの引き締めは世界の市場の過剰流動性を干上がらせています。最近のドル高は危険を察知したマネーがドルに戻っている証でもあります。余裕を失ったマネーは単なるドルとの金利差だけではなく、シビアな理由で通貨を選別し始めています。ドル高が一段と進んだ2022年8月以降の主な通貨のドルに対する騰落率をみると、韓国ウォン、英ポンド、資源国通貨、そして円の下落が目立ちます。

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実質金利・名目金利・インフレ率の関係

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 私たちが日常生活で目にしているのは「名目金利」と呼ばれるものです。言い換えるならば「表面的な金利」です。しかし、私たちの世界には「インフレ(物価上昇)」「デフレ(物価下落)」という仕組みがあり、金利とは別にものの価格変動があります。この名目金利からインフレ率を差し引いたものが「実質金利」であり、実質金利が大きい程インフレが進んでいると判断でき政策金利を上げて、インフレ率の上昇を抑えるアクションが必要となります。

 各国のインフレ率と政策金利の関係をみると、それぞれの「インフレの深刻度」が推し量れます。具体的には政策金利からインフレ率を差し引けば値が小さいほどインフレへの対応が遅れていることを示唆します。これは現実のインフレ率で計算した「実質政策金利」といえます。大幅な実質マイナス金利のままなら、インフレに対して利上げが足りないことになります。

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 その数値は米国がマイナス4.8%でなお利上げは止められません。英国はマイナス6.8%ともっと大幅なマイナスです。ノルウェー、韓国、ニュージーランドはマイナス2%台にとどまります。おおむねインフレの深刻度が大きいほど通貨が売られやすい傾向が読み取れそうです。ただし英ポンドは深刻度の割に下げが小さいようです。これは中銀の国債購入で急激なポンド安がいったん和らいだためです。中銀のインフレ対応の必要性が高いことと政策の混乱を踏まえれば、ポンド安の余地はなお残るかも知れません。

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 バブル経済崩壊後の最安値を更新する円はどうでしょうか。インフレ圧力は小さく利上げ競争には参戦していませんが、インフレの深刻度はマイナス2.5%とノルウェーや韓国と大差ありません。政策金利が主要国で唯一「名目マイナス」だからです。ゼロ%に戻せば計算上、インフレの深刻度は改善します。日銀は景気下支えのために金融緩和を貫き円安を進みやすくしています。そして円安は輸入インフレに拍車をかけ、所得の海外流出を通じて景気を下押ししています。景気のための金融緩和が円安を通じて景気を冷やす構図となっています。しかも政府の物価高対策と為替政策は、金融緩和が一因でもある円安への対応に振り回されています。

 止まらない円安は市場が政策のジレンマを突いた結果だともいえます。米インフレのピークアウトをただ待つのではなく、金融緩和の効果を確保しつつ金利変動を柔軟にするといった政策面の不断の工夫が必要と考えられます。暴力的なまでの通貨選別に走る市場を前に矛盾を放置したままでは危ういと言えます

日米金利差とドル円相場の関係

 ドル円の相場をみる場合、最も注目されるのが日米金利差です。例えば、日本がゼロ金利の時に、米国の政策金利が引き上げられた場合、日米金利差は拡大します。これが意味するのは、日本は金利が取れないぐらい経済状況が悪いのに米国は金利が取れるぐらい経済状況が良いことを示しますので、円安ドル高の要因となります。

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 逆に、日本がゼロ金利から転換して政策金利が引き上げられたとして、米国の政策金利が据え置きの状態となった場合、日本は金利が取れるぐらい経済状況が改善してきており、米国の経済状況は横ばいということを示しますので、円高ドル安の要因となります。よって、金利差の縮小は円高ドル安要因となります。

日銀の円買い介入

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 財務省が発表した2022年9月29日~10月27日の為替介入実績は6兆3499億円で、単月の円買い・ドル売り介入として過去最大を更新しました。未曽有の円安・ドル高圧力は日米金利差や貿易赤字などの構造要因が背景にあります。介入の効果がどこまで続くかは見通せません。

 かつてない円安圧力を生む構造的な要因は変わっていません。介入の効果が持続するかは不透明で、安住できる状況とは到底いえません。利上げを急ぐ米連邦準備理事会(FRB)に対し、日銀は金融緩和を続けています。黒田東彦総裁は28日の記者会見で「今すぐ金利引き上げとか、(緩和策の)出口が来るとは考えていない」と明言しました。日米金利差は当面続く見通しです。
 
 資源高と円安による貿易赤字の拡大も円安圧力を強めます。輸入決済のための円売り・ドル買い需要を増やすためです。日本経済研究センターが9月下旬~10月上旬に民間エコノミスト予測を集計したEPSフォーキャスト調査では、22年度の貿易赤字の予測平均は過去最大の16兆1300億円。23年度も12兆8000億円と巨額の赤字が続くとしています。

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 放漫財政や潜在成長率の低さといった経済構造の弱さを放置したまま、円買い介入で対抗するのは一時しのぎにしかなりません。これまでで最も長期間の円買い介入は1922年1月~8月の8ケ月間です。構造要因が解消しなければ、今回も長期戦となる可能性があります。

 海外からの風当たりが強まる恐れもあります。米財務省は為替操作国の認定にあたり、①対米貿易、②経常黒字、③持続的で一方的な為替介入、の3条件を示しています。為替介入は外貨の純購入が過去12ケ月のうち8ケ月以上に及び、介入額がGDP比2%以上となれば抵触します。日本の場合、11兆円ほどになります。

 自国通貨売り・ドル買い介入による通貨安競争を想定した条件ですが、円買い・ドル売り介入の1つの目安になるとの見方も市場にはあります。個人投資家が低成長と低金利が続く日本を見切る動きが出てきました。海外の株や債券で運用する投資信託は22年4~9月に2兆4000億円近い流入超過となっています。世界的な株安・債券安のなかでも、米国など相対的に成長力の高い企業や国に投資しようという投資家が増えています。海外投資のために円をドルに替える需要の拡大も円安を助長しています。

 個人の海外為替証拠金取引(FX)も活発です。金融先物取引業協会の店頭FX49社の売買動向によりますと、9月の円・ドル取引は1098兆ドルと初めて1000兆円を超えました。他の通貨ぺアを含めた9月の全体の売買高も、1398兆円と過去最大になっています。円安材料に着目した個人の円売りがかさみ、円安方向への値動きを増幅していいます。

 以上円安ドル高の状況を見てきましたが皆さんはどう思われますか。



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