貿易事業と為替問題(その6)…英国を襲う「しっぺ返しインフレ」の実情

英国で通貨・金利独歩高

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 2023年9月現在、英国を「しっぺ返しインフレ」が襲っています。英イングランド銀行(中央銀行)は物価上昇率の大幅な上振れを予測できなかったと釈明し、賃上げと企業の値上げの応酬が繰り返される悪循環が原因との分析を示しました。インフレが落ち着きつつある米国やユーロ圏との違いは鮮明で、金融引き締めは長期化が避けられそうにありません。英通貨と金利の独歩高が当面続きそうです。

 「なぜ英中銀の予測は外れたのでしょうか?」。イングランド銀行は8月の金融政策報告書で「反省文を公開しました。ベイリー総裁は会見で「ロシアのウクライナ侵略は前例のない世界経済へのショックをもたらし、予測モデルにゆがみが生じた。教訓を学ぶ必要がある」と弁明しています。米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ元議長を招いて、予測のプロセスを見直す方針を示しました。

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 英国の物価上昇率は先進国で突出しています。2022年2月時点では2022年前半に前年同月比で約7%をつけてピークに達すると予測していましたが、実際は2022年後半に11%を超えました。2023年7月でも6.8%と、直近のユーロ圏(5.3%)や米国(3.7%)を上回る水準です。

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 インフレの犯人は誰なのでしょうか。英中銀は労働者と企業の駈け引きが「しっぺ返し(tit-for-tat)インフレ」につながっているとみています。ロシアのウクライナ侵攻を受けたエネルギー価格の上昇による実質所得の目減り分を賃上げですべて補うとすると、企業は人件費の増加で減った利益を補うため、値上げをせざるを得なくなります。さらに企業は将来の賃上げを見越して先行して値上げに動くため、再び労働者の実質所得が減ります。賃上げを求めた労働者はコストを企業に払わせたつもりが、値上げという形でしっぺ返しを受けている、と英中銀は分析しています。

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 実際、欧州中央銀行(ECB)のエコノミストは3月に「しっぺ返しインフレはいかにすべての人を貧しくするか」と題した論考で「労働者と企業の」双方が一方的に実質所得の損失を相殺しようとすると、賃金と物価の連続的な上昇を引き起こし、誰もが貧しくなる」と警鐘を鳴らしていました。一方、ユーロ圏では、コスト増を口実にした企業の便乗値上げを物価上昇の主犯とする「強欲インフレ」の見方が広がっています。

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 英国では企業と労働者の双方に原因があると言えます。企業が過剰な値上げをやめるだけではインフレが沈静化しないため、より事態は深刻です。英国の賃金上昇率は6月に過去最高の7.8%となりました。7月も7.8%と高止まりし、物価上昇率を上回り続けています。欧州連合(EU)離脱に伴ない、ユーロ圏の労働者が帰国したことによる人手不足で労働需給がひっ迫し、労働者の交渉力が強まっているためです。

 シンクタンクの欧州改革センターによると離脱によって労働者が母国に帰国したため2023年1月時点で33万人の労働者が減少しました。物流業で8%、小売・卸売業では3%にあたる労働力が消失しました。EU域内から英国への移民の流入数と英国からの流出数の差は2022年でマイナス5万1000人と、離脱後の2020年から3年連続で純減となっています。

 さらに新型コロナウイルス禍による早期退職の増加が拍車をかけ、公共サービスを提供する医師や教師でさえストライキが頻発しています。失業率は直近で4.3%と、ユーロ圏の6.4%を下回っています。

 金融市場では英通貨と金利の独歩高が止まりません。英中銀は6月に利上げ幅を0.5%へ再拡大するなど、後手に回ったインフレ退治を進めるべく想定以上の金融引き締めを急いだためです。通貨の総合的な実力を示す「日経通貨インデックス」で英ポンドは4月~9月上旬に3.3%高と、ユーロを含む主要7ケ国(G7)の通貨で最大の上昇となりました。10年物の長期金利も0.94%高の4.43%と、上昇幅と水準のいずれもG7で最高となりました。

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 リフィニティブの市場予想によりますと、英中銀は最後の利上げとして9月会合で政策金利を5.5%まで引き上げる見通しです。ただ、インフレを抑えるための引き締め継続は不可避で、市場では少なくとも2024年いっぱいは利下げに転じないとの見方が出ています。

 英キャピタル・エコノミクスのポール・デールズ・チーフ英国エコノミストは1970~90年代の過去6回の英国のインフレを分析し、「賃金上昇率の大幅かつ持続的な緩和がなければインフレ抑制は難しく、早すぎる利下げは危険だ」と警鐘を鳴らしています。

 賃金上昇率が大きく下落しない限り、しっぺ返しインフレの構図は崩れそうにありません。金融引き締め継続による英国の通貨・金利の独歩高はしばらく続きそうですが、皆さんはどう思われますか。



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