地政学リスクの高まり(その2)…ウクライナ侵攻がもたらす地政学リスク

ロシアによるウクライナ侵攻前の状況

画像の説明

 2022年2月4日から2月20日までの17日間開催された北京オリンピックの最中にきな臭い出来事が2件起こっていました。




画像の説明

 1つ目の出来事は、2022年2月17日、オーストラリア軍哨戒機が中国軍の艦船からレーダー照射を受けた出来事です。場所は豪州とインドネシア東部ニューギニア島の間のアラフラ海です。豪国防省は2月19日、その事実を公表しました。深刻な安全に関する事故で命に危険を及ぼしかねないと豪州側は強く抗議しました。中国側は否定しましたが、豪州側の言う通りなら、折しも北京では冬季五輪開催中の出来事となります。中国が平和の祭典を開く国にふさわしいのだろうかという疑問が沸き起こります。

画像の説明

 2つ目の出来事は、ロシアが2022年2月21日に親ロ派地域の「独立」を承認、兵を進めることにしたと発表したことです。ただ、ウクライナへの侵攻については五輪閉会を待つとの構えでした。ロシアに向けて主要7ケ国(G7)の外相は2月19日、軍事進攻の際は経済・金融制裁を加えると宣言しています。「ロシア経済に厳しく前例のないコストを課す」とG7外相は言いました。問題はそのロシアに中国という頼もしい後ろ盾がいることです。五輪開会式に出たロシアのプーチン大統領は2月4日、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席と2年ぶりに対面で会談し、両国は共同声明を発表しました。

 2人の会談は2013年以来38回目です。首脳同士のウマが合っているばかりでなく、両国間の関係は東西冷戦下の中ソよりも親密です。ウクライナ問題で中国はロシアの立場に深い理解を示す一方、米国やその同盟国と対峙する中国をロシアは後押ししています。

画像の説明

 天然ガスの実利が中ロを固く結び付けています。ロシアは中国に対し新たに100億立法メートルのガスを毎年供給することを約束しました。ロシア国営のガスプロムが、中国国有の中国石油天然気集団と30年契約を結んだのです。中国はすでにロシアから380億立法メートルの年間供給を受けていますが、追加供給を得られるのは中国にとって朗報となります。ロシアとしてもドイツと結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム2」が遮断されても、中国という買い手が確保できるのです。

 ハリス元駐韓大使(元米太平洋軍司令官)は2022年2月17日、「ロシアがウクライナに侵攻した場合の米三区の対応が中国の台湾に対する行動を左右する」と警告しました。ここでもウクライナ情勢とアジア情勢は連動しています。世界の市場を覆う地政学リスクの暗雲は晴れそうにもありません。地政学リスクが影を落とすなか、金相場が一時1トロイオンス1900ドル台に跳ね上がりました。緊迫するウクライナに世界の注目が集まりますが、リスクはグローバルに連動しています。

石油取引の自由度狭まる

画像の説明

 ロシアのウクライナ侵攻に揺さぶられたエネルギー市場ですが、2023年はどこに向かうのでしょうか。エネルギー分析の権威、ダニエル・ヤーギン氏は「石油市場は分断した」と述べ、予期せぬ事態に原油相場が急変動する可能性を指摘しました。経済的な利益よりも安全保障上の問題が優位に置かれる時代を踏まえ「市場の効率悪化は避けらない」との見方も示しました。

 ダニエル・ヤーギン氏は2023年の石油相場について、基本シナリオでは北海ブレンドが1バレル90ドル前後で推移するとみています。一方、OPECプラス(石油輸出国機構と非加盟のロシアなどで構成)は財政面から80ドルを下回るのを防ごうとするだろうと予測ています。ただ予期せぬ状況変化から価格が上下に大きく変動する可能性は残るとのことです。そして、「注目点は利上げを続ける中央銀行がいつインフレを抑えるのに十分になったと判断するかどうかにある」としています。インフレは世界経済を下押しし、エネルギー市場にも影響を及ぼしているからです。

ウクライナ危機の世界石油市場への影響度

 イランなどの一部の例外を除きこれまでグローバルに自由に行き交ってきた石油市場は今や分断しました。ロシアは最大需要地の欧州を失い、大幅な割引価格で売っています。このような状況はロシアが世界経済に統合されてきた過去22年間を台無しにするものです。分断により市場の効率は悪化します。これはロシアの石油を価格上限以下で購入するのに細心の注意を払わねばならず、市場に複雑さが加わるからです。

画像の説明

 主要7ケ国(G7)が導入したロシア産石油への価格上限規制は今のところ機能しています。ロシア原油価格は上限の1バレル60ドルを下回り、ロシアの戦費調達に充当される石油収入を減らす目的を果たしています。しかしながら、ロシア産石油への価格法令は非常に曖昧で中長期的には大きな効果はなさそうです。ロシア産の海上原油の輸出先の7割はインドと中国だと推定されますが、両国は価格上限を認めていません。ロシアも政治的・経済的理由からインドと中国への販売を削減するつもりはありません。

エネルギー安定供給に関する重要性の高まり

 気候変動への関心が高まるなか欧米などの主要国はエネルギー安全保障の重要性を忘れかけていました。多くの銀行はエネルギー開発に融資しないと言っていましたが、過少投資に陥ればエネルギー不足や価格高騰など深刻な問題を引き起こします。特に発展途上国への打撃が大きいと言えます。発展途上国は対応する課題の優先順位が異なるのにも関わらず、先進国が気候変動問題を押し付けていると感じています。この「南北落差」は非常に明確です。現実的な議論を主導できる日本がアジアのエネルギー移行を支援することは非常に有効です。

画像の説明

 再生可能エネルギーへの移行には必要な鉱物資源の不足や、中国へのサプライチェーン集中の問題があります。このリスクは過小評価されています。必要な銅の量を賄うには、今後15年間で銅の生産量を2倍にする必要があります。新規の鉱山開発には16~25年など長い時間がかかるため実現は無理だと考えられます。グローバル化の恩恵を受けられた時代は懸念は小さかったのですが、今は大国間で競争する時代となりました。風力発電や太陽光発電に熱心な人は多いのですが背後にあるサプライチェーンをよく理解していないように思えます。

画像の説明

 中国の軍事的脅威が高まるなか台湾有事のリスクも無視できません。顕在化すれば石油価格が高騰する恐れもあります。ウクライナ危機の教訓の1つは、制裁は非常に難しいということです。中国は世界経済と密接につながっており、制裁する側も痛みを被ることは間違いありません。皆さんはどう思われますか。



コーディネーター's BLOG 目次