地政学リスクの高まり(その4)…ロシアの暴走と中国の誤算

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 2022年2月にウクライナに侵攻したロシア軍は一時首都キエフに迫り、戦争は重大な局面を迎えました。この暴挙を止められなかった西側諸国が外交・安全保障上、こうむる影響は計り知れません。しかし、ロシアと結束を深め、準同盟の仲を誇ってきた中国も、決して無傷ではありません。プーチン大統領との連帯は、習近平(シー・ジンピン)国家主席を苦しめる重荷になると予想されます。

 2021年秋以降、ロシア軍がウクライナ国境に集結し始めてから、中国指導部は一貫してプーチン氏の出方を読み誤ってきました。さすがに全面侵攻はしないだろう、と高をくくっていた形跡が濃いのです。習氏は2022年2月4日、ブーチン氏を北京に招き、「両国の友情に限界はない。協力上、禁じられた分野もない」とうたった共同声明に署名しました。共同声明では、北大西洋条約機構(NATO)の拡大にも反対し、中国はロシアの安保上の立場を支持する姿勢を明確にしました。

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 この3週間後、ロシアがウクライナに全面侵攻し、世界の「悪者」になると知っていたら、習氏はロシアとの連携をここまで格上げしなかったはずです。ロシアによる侵攻リスクを、習政権はぎりぎり察知できなかつた、という見方が中国問題の専門家には多いようです。

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 中国の誤算を裏付ける根拠があります。米紙ニューヨーク・タイムズによると、米政権は過去約3ケ月にわたり、中国側と6回接触して、ロシアの侵攻準備を示す極秘情報を伝えていました。ロシアを止めるよう中国に求めるため、異例の措置に踏み切ったのです。2022年に入ってからは、プリンケン国務長官が直接、王毅(ワン・イー)国務委員兼外相に2回、最新情報を伝えましたが、中国側は最後まで真に受けなかったとのことです。中国は本気で、ロシアは全面侵攻しない、と油断していたようです。その傍証として、中国政府は侵攻直後になってから、ウクライナ在住の自国民の退避策にあわてて動き出しました。現地には約6000人の中国人が在留しているとされます。退避のチャーター機派遣を発表したのは、2月25日。全面侵攻が始まった翌日のことでした。

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 なぜ、習政権はロシアの出方を読み誤ったのでしょうか。対立する米国への対抗上、ロシアとの連帯を重視するあまり、プーチン氏を冷徹に観察し、危ない野心に気づくのが遅れてしまったのだと思われます。習氏の強権化が極まり、彼に耳の痛い情報が上がりづらくなっていることも、もう一つの原因です。中国に詳しい外交筋によると「習氏の機嫌を損ねるのを恐れ、彼の方針に逆行する情報や分析を、側近が上げたがらない」。米政権からもたらされたロシア侵攻説は、まさにこれに当たります。

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 こうした読み違いが追い打ちとなり、ロシア侵攻をめぐる中国政府の発言は整合性を欠いています。2022年2月19日、王外相はミュンヘン安全保障会議にオンラインで出席し、「各国の主権、独立、領土保全は守られるべきだ」と強調しました。ウクライナも例外ではないと言い切りました。ところが侵攻が始まった2月24日、中国はロシアをかばう姿勢を鮮明にしています。中国外務省の華春勞報道局長は記者会見で、何度聞かれても、ロシアの行為を「侵略」と認めなかったのです。そのうえで「米国は絶えず緊張を高め、戦争の危険をあおった」と批判しています。責任の一端が、米国にあるとの見解まで示しました。この発言などを境に、米政権内では中国への反発と失望が広がっています。

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 中国がロシアの攻撃を止める可能性は低かったとはいえ、米政権は他の選択肢がなかったため、中国に機密情報の提供まで試みました。しかし、中国政府は米側が中ロ分断を狙っていると解釈し、ロシアに米情報を渡してしまいました。ロシアの攻撃を「侵略」と呼ぶのも拒否し、米国を非難しました。ワシントンではこの危機をめぐる米中協力に悲観論が強まっています。

 ただ、侵攻による死傷者が増え、中国は再び、立場の微調整に追われています。習氏は2022年2月25日、プーチン氏との電話で交渉による解決をよびかけ、ウクライナの主権にも配慮するよう促しました。問題は今後、中国がどこまでロシアを制御し、公正な停戦のために尽力するのかです。ロシアをかばう態度を続けるなら、少なくとも2つの理由で中国の国益は大きく損なわれるに違いありません。

 第1に、2050年までに最強国となり、米国に代って世界のリーダーになるという国家目標は、さらに実現が遠のきます。中国は内政不干渉と主権尊重の原則を唱え、米国主導の秩序に異を唱えてきました。この原則を踏みにじるロシアに甘い対応を続けたら、各国の信用を得られるはずがありません。

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 第2に、プーチン氏への非難が強まる中、彼と距離を置かなければ、世界から中国まで「悪者」扱いされる恐れがあります。国外だけでなく、ロシア国内でも反戦デモが燃え広がっています。ロシア世論を敵に回せば、長期的な中ロ友好にも火種を残します。むろん、中国にとってロシアはエネルギーや高度な軍事技術の大切な供給元であり、対米けん制上も役に立つ仲間です。だが、ブーチン氏が侵略者になった以上、彼との蜜月は利益よりマイナスが大きいと判断するときです。

 以上、ロシアの暴走を色々な角度から眺めて、中国の誤算となったとする意見を紹介しましたが、皆さんはどう思われますか。



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