地政学リスクの高まり(その6)…ロシアに対する金融封鎖は抑止力になるか

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 2022年2月に起きたロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、超大国の「武力による現状変更」として21世紀の歴史に刻まれるでしょう。米欧は「金融封鎖」をてこに撤兵を迫りますが、ロシアの対応は読めません。中国はロシアの動きを黙認しており、日本は台湾海峡をめぐる情勢も注視する必要があります。

 ロシアはウクライナの首都キエフに侵攻し、ゼレンスキー政権の転覆を狙いました。市民の犠牲者も増えていますが、領内に米国や欧州各国の軍隊はいません。ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)に未加盟で防衛義務がないからです。

 ロシアにどう抑止力を効かせるか。さみだれ式に発表した経済制裁は即効性に欠けています。モスクワも含めた世界各地でロシア非難のデモも広がり、米欧は一気に態勢を立て直すと、米欧カナダと欧州委員会が発表しました、ロシアの金融封鎖を目指す共同声明です。

 世界の銀行が参加する決済網の国債銀行間通信協会(SWIFT)からロシアの主要銀行を締め出し、ドルやユーロ決済をできなくする。ロシア中央銀行の外貨準備の活用も制限し、ルーブルの買い支えをできなくする。英紙フィナンシャル・タイムズは米政府高官の「ルーブルは大暴落する」という話を引用しました。

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 SWIFTからの排除は経済制裁の「最終兵器」といわれます。北朝鮮とイランに発動したことはありますが、ロシアのような大国を対象にしたことはありません。締め出す銀行が広範囲になるほど、輸出入の停止が大規模になり、ロシア経済への打撃は大きくなると考えられます。

 共同声明がロシアの軍事侵攻から3日かかったのにはそれなりの訳があります。

 1つは、自由貿易を支える金融プラットフォームが総力戦の道具に変質することに問題があるからです。日銀の元決済機構局長でフューチャー取締役の山岡浩巳氏は「SWIFTは政治的中立に努めてグローバルな資金決済の利便性を高めてきました。国際世論の一致したものがあれば別ですが、制裁に使うのはなじまない」と話しています。だが、その国際世論が今は一致しているわけです。

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 1つは、ロシアからの資源輸入への依存度が高いドイツの抵抗もありまた。今回そのドイツも賛同したことは「返り血」を覚悟したという意味があります。ドイツはロシアからの天然ガスに依存しつつ、再生可能エネルギーへのシフトを進めてきました。原子力発電所を年内にすべて止め、石炭火力の廃止も大幅に前倒しするはずでした。しかし今後、そうした工程表の見直しも避けられません。

 イラン制裁では原油輸出が3分の1に減りました。影響が大きければ、世界は貿易が大幅縮小する「戦時経済」に突入する可能性があります。天然ガスや原油価格の急騰は避けられず、株式相場も水準訂正は必至です。欧州の返り血を抑えるためにロシアのSWIFT制裁から下位銀行を外すという観測もあります。それでも貿易代金の決済に多大な手間がかかり、大幅に遅れることとは避けられません。

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 日本も影響から逃れることはできません。原油や天然ガス輸入でロシアのシェアはそれぞれ全体の4.8%、8.3%あります。国際決済銀行によると邦銀のロシア向け債権は2021年9月末の連結ベースで92億ドル。今後、エネルギー開発のプロジェクト停止や取引先の経営破綻に繋がれば打撃は小さくないと考えられます。

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 ロシアのSWIFTからの遮断は、実戦以外のサイバー戦なども含めた「21世紀型ハイブリッド戦」の一側面と言えます。今回はSNS(交流サイト)などを使った情報戦の攻防も激しさを増しています。キエフの高層アパートにミサイルが命中する衝撃的な映像は、キエフ市長によるとされる投稿が初報でした。ロシア側は偽造を疑わせる動画を拡散しています。親ロシア派武装勢力が投稿した、戦闘で足を失ったとされる住民は、砲撃前から義足だった動画を加工したとみられています。親ロ派指導者がロシアへの退避を発表した18日の動画について、メタデータ(属性情報)の編集履歴を分析すると、映像の作成日は16日でした。周到に準備された軍事作戦の一環とみることができます。

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 バイデン政権も早くからロシア軍の動向などの機微情報を大々的に公開し、偽情報への警戒を呼び掛けてきました。「事実対フェイク」米国務省はホームページにそう題したQ&Aを載せています。ロシアの「米国がウクライナで化学兵器による攻撃を計画」という主張に対し、ロシアこそ過去に化学兵器を使ったと批判しています。

 西側の一致した金融封鎖などの行動が、力を信奉するプーチン大統領の自制を促せるかどうかはやや疑問です。ロシアは外貨準備をドルから金やユーロに移し替えるなど備えを固めてきていました。金融封鎖も、中国が独自に築く決済網にシフトして一部は逃れるという指摘があります。

 米政権は欧州に大きな軍事力を割けません。中国への対抗を最優先し、戦力の東アジア・シフトを進めています。日本は中国の軍事力が高まる台湾海峡や、北朝鮮の新型ミサイルの脅威に直面しています。外務省の元高官は「バイデン政権が早々と軍事介入のオプションを放棄したことが、ロシアの増長を招いたことは否定できない」と話しています。

 岸田文雄首相は「力による現状変更を許すとアジアにも影響が及ぶ」と繰り返しています。ロシアのさらなる暴挙をどう止めるのでしょうか。欧米との結束を固め、痛みも覚悟であらゆる対抗策を用意する以外にないようです。皆さんどう思われますか。



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