地政学リスクの高まり(その7)…裸の王様となったプーチン

 2023年9月21日の日経新聞掲載された「プーチンは裸の王様」という秋田浩之コメンテーター論説を紹介します。

 ウクライナへの侵略を続けるプーチン・ロシア大統領は、依然として自分は優れた指導者だと信じているようです。西側諸国と対等に張り合おうとする言動からも、そんな思いがうかがえます。だが、プーチン政権は侵略によって、友好国からも距離を置かれつつあります。それに気付かないとすれば、裸の王様だと言わざるを得ません。

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 辛辣に聞こえるかも知れませんが、「裸の王様」は筆者の表現ではありません。対ロ政策にかかわる旧ソ連の外交ブレーンは最近、取材に次の様に語りました。「旧ソ連圏の国々がロシアに従ってきたのは、軍事力が大きいからだ。だが、ウクライナの状況から、ロシア軍は強くないと分かってしまった。ロシアは裸の王様だと我々は感じている」。

 モスクワからも冷めた声が漏れます。「ウクライナ侵攻は行き詰まっている」。欧州政府関係者によりますと、最近、ロシア政府や議会の要人とそれぞれ非公式に話した際、こんな言葉を聞いたといいます。それほど驚く発言ではありませんが、私的なやり取りとはいえ、ロシア要人が外部に本音を漏らすのは異例だと思われます。

 プーチン氏は2023年9月13日、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記をロシア極東の宇宙基地に招き、夕食も交えて5時間以上もてなしました。ロシアは太平洋艦隊などにも金正恩氏を迎え入れ、その様子がメディアに流れました。

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 ロ朝の結束を宣伝すれば、ウクライナや西側諸国を揺さぶれると思ったのでしょうか。だが、北朝鮮に頼らなければならないほど、ロシア軍の弾薬や砲弾が足りないことを印象付けました。ロシアの前身であるソ連は米ソ冷戦中、社会主義陣営を束ねる帝国でした。ところが1979年にアフガニスタンに侵攻し、約10年間の戦いに敗れました。国力をすり減らした末、ソ連は1991年12月に瓦解してしまいました。

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 プーチン氏はいま、似たような道を突き進んでいます。このままいけば、ウクライナ侵略は「ロシア帝国」の衰えを決定づけた歴史の節目として刻まれると思われます。

 侵略は、ロシアの大国としての地位を深く傷つけています。いちばんわかりやすいのがカザフスタンやウズベキスタン、キルギスなど中央アジアの5ケ国です。旧ソ連圏であるこの地域を、ロシアは裏庭とみなしていました。ところが中央アジアは今春以降、プーチン氏が怒り狂う行動に出ています。ウクライナ問題で中立を保つだけでなく、ロシアが敵対する米国と交流を深めているのです。

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 中央アジア5ケ国は2023年2月、プリンケン米国務長官をカザフスタンに迎え、外相会合を開きました。さらに5ケ国首脳とバイデン米大統領は203年9月19日、初めて会談し、定期協議の枠組み「C5プラス1」を首脳級に格上げしました。背景にあるのが、ウクライナ侵攻への反発と不安です。カザフスタンの非政府組織(NGO)が5月上旬、この戦争について国内で世論調査をしたところ、ウクライナ支持ないし「中立」の立場が約8割でした。ロシアによるカザフスタン侵略を恐れる人も15%と、前回(2022年12月)からほぼ倍増しました。

 むろん、縁が深いロシアから、中央アジアが決別するわけではありません。対独戦勝をロシアが祝う2023年5月9日、5ケ国首脳はモスクワで顔をそろえて、記念式典と軍事パレードに出席しました。だが、内情を知る中央アジアの外交専門家は明かしています。5ケ国の首脳は内心、ロシアの軍事パレードには行きたくなかったのです。侵略を支持したと誤解されかねないからです。クレムリンから個別に強く誘われ、仕方なく出席したわけです。他の地域でも、プーチン氏の外交力は弱り気味です。7月下旬、ロシア北西部サンクトペテルブルグであったロシア・アフリカの首脳会議では、首脳の参加が49ケ国中、17ケ国にとどまりました。前回(19年)の43ケ国から激減です。

 そこで気になるのが、こうした苦境がロシアの行動にもたらす影響です。ロシアの隣国ジョージアで2013年9月4~5日、地域情勢などを話し合う「トビリシ国際会議」が開かれました。西側諸国や現地の政治家や識者が集まり、ウクライナ支援の強化に加えて、国力が衰えるロシアの将来も焦点になりました。プーチン氏の後に、もっと強硬な指導者があらわれても不思議ではありません。彼の後継者争いでロシア内が混乱し、内戦リスクが生じる恐れもあります。こんな趣旨の見方が飛び交いました。

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 もはや、失うものは少ないと思えば、ロシアはより向こう見ずな対外行動に走る危険があります。軍事圧力やサイバー攻撃、情報・政治工作を強め、西側諸国をさらに攪乱しようとすると、ジョージアのテド・ジャパリゼ元外相は語っています。「ロシアは、国力が衰えることへの焦りと大国のプライドの両方を抱いています。この複雑な感情が極まれば、より発作的で危ない行動にでかねません。西側諸国はロシアに圧力を強める一方で、プーチン政権中枢との意思疎通も大事になります。

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 アンデルセンの童話「裸の王様」では、服を着ずに行進している王を見て、子供が「王様は裸だ」と叫びます。王も自分は裸だと悟りますが、引くに引けず、さらに威張ってパレードを続けました。プーチン氏は早くウクライナから退くべきです。それができなければ、本当に裸の王様として後世に記憶されるでしょう。皆さんはどう思われますか。



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