地政学リスクの高まり(その9)…核兵器の使用に係る3つのシナリオ

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 2022年1月、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」と、核拡散条約(NPT)で核兵器保有が認められている中国、フランス、ロシア、英国、米国の5ケ国が核軍縮の推進に向けて共同声明を発表しました。ロシアがウクライナに侵攻したのはその翌月の2月でしたので、世界のリーダーたちは核戦争がすぐにも現実になる脅威と向き合ったことになります。

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 ロシアのプーチン大統領は初めから自国の存続を懸けた戦いだと位置付け、勝つためには核兵器の使用も辞さない構えを示してきました。2022年10月下旬、西側諸国の防衛関係者は、ウクライナが放射性物質をまき散らす「汚い爆弾」の使用を計画しているというロシア側の一方的な主張に身構えました。ロシア自身が核を使う口実にしようとしているという懸念が強まったからです。
 

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 その差し迫った危険は目先、やや後退したものの、ロシアが核兵器を使う可能性は依然高いとみられています。ロシア軍がウクライナ南部の主要都市へルソンから撤退を余儀なくされていることを受け、米政府内では顔に泥を塗られたプーチン氏が形勢の逆転を図るため、戦術核兵器を投入するのではないかとも議論されています。一方で放射性物質で自国が汚染されないよう、プーチン氏はロシアの領土の近くで核兵器を使うことはないとする考え方もあります。

 米政府高官らは、最も小型の戦術核兵器であれば死者は数百人にとどまり、放射性物質で壊滅的な被害を受ける範囲も数平方マイル(1平方マイルは約2.58平方キロ)に収まりそうだとみています。米国と同盟国は抑止と外交を取り混ぜながら、ロシアが一線を超えないよう注視しています。それだけではなく、ロシアが核兵器を使った場合の世界的な影響についても真剣に考え始めています。未知の領域だけに重圧は相当なものです。米政府高官の1人は「今回の危機への対応の仕方が今後、何十年にわたって精査されるだろう」と話しています。一方、専門家の多くは軍事的行動になるが、核兵器は使われないとみています。米中央情報局(CIA)の元長官で退役陸軍大将のデビッド・ペトレアス氏は、北大西洋条約機構(NATO)軍が通常兵器を使ってウクライナでロシア軍と戦い、ロシアの黒海艦隊の軍艦を沈没させることで終わるだろう、と述べています。

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 大まかに言えば、核使用に関して考慮すべき主なシナリオは以下の3つが考えられます。

① アルマゲドン(世界最終戦争)
② 核の常態化
③  核の威嚇

アルマゲドン(世界最終戦争)

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 ロシアによる核兵器の使用が全面的な核戦争へ発展していく場合で、バイデン大統領はこれを「アルマゲドン」と呼んでいます。米政府関係者はロシアが核兵器を使えば、ロシアに「最悪の」結果をもたらす対応をとると警告しています。米国はそれがどんな対応なのかは明らかにしていません。西側諸国の軍事的対応を正当化する根拠は、ロシアが核兵器を使用しても何ら痛い目を見ず、しかも劣勢まで挽回できれば、1945年以来守られてきた「核のタブー」の規範が破られてしまうという危惧です。そして、西側諸国の軍事介入はロシアを刺激し、さらなる行動へと走らせると考えられます。双方とも「エスカレーションラダー(危機の深刻化のはしご)」を駆け上がると予想され、全面的な核戦争の悪夢がよぎります。「事態がエスカレートするリスクをわれわれが制御できない」と、ある米政府関係者は話しています。

核の常態化

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 アルマゲドンにまで進展しかねない恐ろしさから、ロシアが核兵器を使ったとしても西側諸国は軍事的な直接介入をしないかもしれません。代わりに米国が経済と外交の両面でロシアを完全に孤立させようとするでしょう。ただ、それは「核の使用や保有の常態化」という別の憂慮すべき未来への扉を開きます。つまり核兵器が抑止力として機能するだけでなく、侵略戦争で実際に使用可能な道具だと証明されることになります。ロシアは再び一線を越えて核戦力を行使しようとし、中国も同じように考えるかも知れません。日本や韓国、ドイツをはじめとする非核保有国も自国防衛のために核兵器の入手を急ぐことになるでしょう。

核の威嚇

 ひとたび核兵器が使われれば世界的に混乱が起きても不思議ではありません。金融市場が崩壊し、世界各地でパニックが発生します。都市部からは大規模な人口流出が発生するはずです。こうした事態を憂慮し、ロシアとの和平交渉の必要性を指摘する声は高まっています。それでも西側諸国はロシアの核による「威嚇の成功」という第3のシナリオを恐れ、今は交渉には消極的です。核使用をちらつかせるだけで侵略戦争を思い通りに運べるとロシアが考えれば、それも暗い未来を招きます。ロシアの東欧に対する核攻撃の脅しが功を奏せば、台湾や朝鮮半島で将来起こり得る武力衝突について、中国や北朝鮮も同様の手法を使うことになりそうです。

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核戦争の回避

 アルマゲドン、常態化、威嚇の成功という3つの最悪シナリオが現実となる確率は、いずれも本来あるべき水準よりかなり高いと考えられます。もっとも3つのシナリオを足しても依然、核戦争の回避という4つ目のシナリオが実現する確率よりは低そうです。1945年以降に起きた核の危機では全て、大国のトップらが瀬戸際で引き返しました。一歩間違えれば何百万人を死に至らしめ、地球そのものを破壊しかねないという認識は、人間をすこぶる冷静にさせます。

 1945年の第二次世界大戦終結以降、世界は核戦争を起こさずに来ました。おそらく、今回もそうなるはずですが、皆さんはどう思われますか。



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