地政学リスクの高まり(その13)…中国によるロシア・ウクライナ仲裁案提示の問題点

画像の説明

 2023年3月30日の日経新聞に掲載された元欧州復興開発銀行総裁ジャック・アタリ氏の「やがて訪れる中国の衰退と混乱」と題する論文を紹介します。ここには中国によるロシア・ウクライナ仲裁案提示の問題点が明示されていました。

 中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席はロシアのウクライナ侵攻に対する仲裁案を提示しましたが、自国が直接関与しない国際的な政治問題に中国が口出しするのは異例で、中国の懸念の表れだろうと思われます。中国にとって今回の事態は自国の中期的な利益を自問する機会となりました。中国は米国に世界のリーダーは中国であることを主張するため「弱いロシア」を望んでいるかもしれません。豊富な天然資源が眠るシベリア全土を掌握するためにロシアの崩壊を願っているとの見方もあります。だが私の感覚では、中国の指導者は今後30年、政治的に強固で安定したロシアを望んでいます。米ロ対立の間に軍事力を米国と同等にまで引き上げ、対等になりたいからです。

画像の説明

 しかし、中国はいくつもの難題を抱えています。第一に台湾問題です。中国は台湾を強引に征服するのではなく、経済統合を通じた平和裏の併合を望むはずです。だが、米台の一部の政治家が台湾の独立と民主主義を強硬に主張すれば、武力行使に踏み切るかもしれません。

画像の説明

 第二は、北朝鮮の長距離弾道ミサイル開発問題です。中国は北朝鮮の核兵器開発を容認していますが、北朝鮮が小型核弾頭を搭載できる長距離弾道ミサイルを開発すると状況は一変します。韓国など隣国が核保有国になることを迫られれば、中国の利益に反します。中国の北朝鮮への態度は変化し国際社会を揺るがすことになると思われます。

画像の説明

 第三はインドとの関係です。中国はインドとの紛争に直面しています。ベトナムやタイなど中国との関係を断とうとする隣国にも目を光らせ、エネルギーや食糧の主な調達先の中東、アフリカ、ラテンアメリカなどの国々にも存在感を示さなければなりません。そして米国は中国に対し、これまで以上に敵対的な態度をとるはずです。米国は戦略的分野に素材や部品を供給している中国企業を徹底的に排除しようとするでしょう。

画像の説明

 第四は経済問題です。経済面でも大国になりつつある中国ですが、中国共産党が最近発表した経済成長率の目標値は5%であり、数十年来で最低の数値です。直面する困難は途方もなく大きく、この控えめな目標値でさえ達成できるか疑わしい状況です。

画像の説明

 第五は人口問題です。人口の急減で労働市場が逼迫しています。若い女性は経済的に自立してきていますが、子育て支援策が不十分で合計特殊出生率の上昇は期待できません。社会は豊かになる前に高齢化し、介護・医療等の急増に悩まされます。急成長してきた中国経済は失速するでしょう。

画像の説明

 第六は中国共産党の企業支配問題です。中国共産党の企業支配の姿勢が明らかになるにつれ、中国国内だけでなく外国の投資家も中国での投資に消極的になって行きます。既に多くの中国の起業家は活動拠点を外国に移し、西側諸国の多数の企業は中国から撤退して生産・販売に適した土地を探しています。この動きは今後も継続します。

画像の説明

 これらが中国が米国に代わる超大国にならないとみる根拠です。そして本質的な問いである「中国共産党の長期的な統治は可能か」、というものに行き着きます。共産党が統治を続けるには、大企業の成長を制御し、起業家の発意を抑制しなければならなりません。こうした介入は、経済成長、雇用の増加、社会的な安定を阻害します。汚職がはびこる現状では、今日の中国に一党独裁型からインド型民主主義への円滑な移行は期待できません。

 共産党の権威が失墜すれば、1990年代のロシアのように政治的な混乱を招き、似た道をたどるでしょう。中国は数多くの内戦を経験してきただけに、大混乱に陥る可能性は高いと言えます。だが、共産党の今後の方針に共通見解はありません。10年以内の米中の軍事衝突も懸念されます。両政府内には武力行使論者が大勢おり、激突の恐れは十分にあります。回避するには、双方の冷静な対応が求められます。

「極権」制御に注目

 中国の習近平国家主席が3期目入り直後にロシアを公式訪問し、プーチン大統領と会談したのは、深刻な対米関係を意識しています。サウジアラビアとイランの間を仲介し、ロシアとウクライナの間を取り持つ演出ができれば、中国の影響力を誇示できます。米国を尻目に、中東、ユーラシア大国で影響力を拡大できれば今後の最大の政治問題である台湾統一に向けた環境づくりに極めて有利になるという計算もあります。

画像の説明

 半面、習政権3期目の中国は、経済政策面で深刻な問題を抱えています。中国共産党は、「極権」を得た習氏の下、格差を是正する「共同富裕(共に豊かに)」というスローガンを再び打ち出しました。「中国共産党が統治を続けるには、大企業の成長を制御し起業家の発意を抑制しなければならない」との指摘は的を得ています。共産党による民間企業への容赦ない介入が、経済成長と雇用増加を阻害するのは明らかです。

 以上見てきましたように、中国は現在多くの問題を抱え、世界をリードする立場になるにはまだまだ時間がかかります。中国としては、米国とロシアが争っている間に力を付けるのが得策と考えています。この様な状況にある中国にロシアとウクライナの和平提案など出させるわけにはいきません。これがジャック・アタリ氏の考えの様ですが、皆さんはどう思われますか。



コーディネーター's BLOG 目次