地政学リスクの高まり(その14)…インド等距離外交の実利を見る

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 インドが米国やロシアと同程度の関係を維持する外交方針で、存在感を高めています。米国や日本などとの連携拡大を進める一方、ロシアとも伝統的な友好関係を維持してエネルギー供給などでの実利を確保しようとしています。米ロの対立が激化するなかで、双方との等距離を図るインドの外交が際立っています。

 ジャワハルラール・ネール大学のコンダパリ教授は「インドにとってロシアの武器とエネルギーは必要不可欠」と説明しています。インドとカシミール地方の領有権を争うパキスタンは米国の軍事支援を受けてきました。インドはこれに対抗するため、旧ソ連時代からロシアに武器調達を頼ってきました。ロシアとの関係維持がもたらす実利を優先し、米国などの経済制裁とは一線を画す立場をとっています。

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 一方でモディ氏は日本豪印の「Quad(クアッド)」の枠組みも推進し、4ケ国間での安保・経済分野での連携拡大にも取り組んできました。米中の経済摩擦が激化するなか、インドは米国の大手IT(情報技術)勢の投資の受け皿にもなってきました。同国の代表的な財閥企業でモディ氏にも近いリライアンス・インダストリーズは2022年8月下旬、米メタ(旧フェイスブック)と電子商取引(EC)サービスでの連携を拡大すると発表しました。

 インドは日本とも外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)を2022年9月8日に開き、海洋安全保障分野の協力で一致したばかりです。クアッドなどへの関与の背景にあるのは、国境紛争などを抱かえる中国への警戒感からです。インドと中国の両軍は2020年に国境係争地で衝突により、45年ぶりに死者を出しました。インド政府は動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」など中国系のアプリを禁止しています。隣国のスリランカへの影響力拡大を巡っても中国の動向に神経をとがらせています。

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インドの外交姿勢

 以上見てきましたように、最近のインドの外交姿勢を振り返ってみますと、一見不可解ともとれる動きが相次いでいます。

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 ウクライナ侵攻をめぐってはロシアを非難する国連の決議で棄権を続けましたし、欧米の懸念をよそにロシアから原油や肥料を輸入し、ロシア寄りともとれる姿勢を崩していません。同時に、日本、アメリカ、オーストラリアとの4か国の枠組み「クアッド」に参加し軍事や安全保障などの面での協力を深めています。

 一方で、国境近くでは中国と小競り合いも起きるなど今も厳しく対じしています。こうした動きをみていますと、欧米やロシアなどとの対立構造が鮮明になるなか、いったいインドはどちらを向いているのか?という疑問がわいても不思議ではありません。

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 インドは、ことし中国を抜いて人口がおよそ14億2800万人と世界最大となる見通しで、モディ首相は自らを「世界最大の民主主義国」と称し、その意味でインドは民主主義国の側とみなされるわけです。



あらゆる国に関与「全方位外交」とは

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 一見、基軸がない、ばらばらにも見える外交姿勢ですが、インドはいずれか一方の側につかない、したたかな外交戦略をとっています。これが「戦略的自立」とよばれる考え方です。「戦略的自立」は、世界のあらゆるグループ、経路を通じてインドの国益を最大限追求していくという「リアリズム外交」とも呼ばれるものです。2000年代に入ってインドで公式に言われるようになりました。

 もともとインドは冷戦期を通じて東西どちらの陣営にも属さない「非同盟」と「外交的な自立」に重きを置く方針をとってきました。ただこうした他国への関与を下げる政策は、世界の発展に背を向けることにもつながり、経済成長の機会を逃し中国に後れを取ったことや、対立する隣国パキスタンの台頭を許すなど外交的な失敗の要因にもなったと指摘されています。そうした反省から、世界のグローバルパワーにより積極的に関与していこうという発想で出てきたのが「戦略的自立」です。

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 それを具体化するのが「戦略的パートナーシップ関係」です。これは頻繁でより親密な首脳間の交流など、単なる友好国を超えた2国間関係のことです。インドはアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本、オーストラリア、ロシア、中国、南アフリカ、インドネシア、ブラジルなどとの間で結んでいます。日本とは「特別戦略的グローバルパートナーシップ」といってさらに格上げした関係となっています。

 2国間関係以外でもインドが参加する国際的な枠組みは「クアッド」、ブラジルなど新興5か国の集まり「BRICS」、さらには中国とロシアが主導する上海協力機構もあって重層的なものになっています。いわば「全方位」で複数の大国との関係を築いていることが、一見、不可解な外交姿勢につながっているのですが、世界情勢が混とんとする中で、傍観者にならずに常にルールの決定や形成に関与し、どのような状況でも国益を損なうことがないようにするというインド特有の外交方針が表れているといえます。

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”第3極”の盟主になるか

 近年のアメリカと中国の対立、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大、ロシアによるウクライナ侵攻など国際情勢を大きく揺さぶる出来事が相次ぐ中、インドの外交姿勢に変化も見えています。

 それは「グローバル・サウス」とも呼ばれる新興国や途上国の代表格としてのふるまいです。ことし1月にインドがアジアやアフリカなどの新興国や途上国120か国以上に呼びかけてオンラインで開いた「グローバル・サウスサミット」でモディ首相は、「皆さんの声はインドの声であり、皆さんの優先事項がインドの優先事項になる」と述べ、インドがこれらの国々全体の利益を代表して国際社会に訴えていく考えを示しました。またジャイシャンカル外相は、ウクライナ侵攻に伴う燃料、食糧の価格高騰などグローバル・サウスが直面する諸問題を取り上げ、「いくつかの大国が自分たちの利益だけに焦点を当てている」と非難しました。こうした発言は、世界で権威主義的な国々と民主主義国の対立が鮮明になるなかで、インドがいずれの陣営にも属さない中間的な立場、いいわば「第3極」をけん引する姿勢を示したものとも受け止められました。

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 かつて冷戦時代にアジアやアフリカ、中南米などの新興国や途上国が「第三世界」と呼ばれたことがありましたが、そのころに比べますとインドの国際社会での存在感は、政治的にも、経済的にも増し、大国としての自信を深めていることが背景にあります。

 長年インドと友好的な関係を維持してきた日本としても手腕が問われることになると思います。皆さんはどう思われますか。



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