地政学リスクの高まり(その16)…パレスチナ問題放置したつけの後始末

再び高まる憎悪

 中東パレスチナで再燃した衝突は、世界で最も不安定な地域に封じられていた憎悪を呼び覚ましました。ウクライナの戦争に長期化観測が強まるなか、世界はもうひとつの大きな戦火を抱かえ込みました。深まる分断と対立で、秩序の行方はさらに混沌となっています。

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 イスラエルの空爆を受けたガザの一般市民の痛ましい映像はパレスチナ人やアラブ人のなかに眠っていた憎悪を呼び覚ましつつあります。イスラエルとサウジアラビアの関係正常化交渉など雪解けの動きは逆回転しかねません。過激派によるテロ、関連組織や敵対国家を巻き込んだ偶発的な衝突の恐れもあります。

 あらわになった現実は、最大級の地政学リスクであるパレスチナ問題を放置したまま、中東の和平を進めようとする戦略が破綻を迎えたということになります。

周辺和解を優先

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 パレスチナとイスラエルが隣り合って平和裏に共存する「2国家解決」のためには、国境の画定や聖地エルサレムの取り扱い、難民の帰還などの難題が横たわります。その解決に何度も挑み失敗した米国や欧州の政策当局者のあいだには、ひとまずこれを棚上げにして周辺アラブ諸国とイスラエルの和解を先行させようという発想が古くからありました。





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 これは、中東の多くの指導者にとっても都合のいい考え方でした。交渉の必要性を封じ込めたいと考えたイスラエルのネタニヤフ首相は極右政党を連立に招き入れ、入植活動を加速させました。湾岸アラブ産油国は、経済利益や対立するイラン包囲を優先してイスラエルとの和解に動きました。中国との覇権争いやウクライナ支援で手いっぱいの民主主義陣営のリーダーたちも、パレスチナの難題に手をつける余裕はありませんでした。

 世界は見落としたのか、見て見ぬふりをしたのか、しわ寄せはイスラエルとエジプトが築いたフェンスに囲まれた「天井なき監獄」に集中しました。2022年のガザの1人当たり所得は1257ドル(18万8000円)とイスラエルの40分の1以下です。絶望、貧困、怒りが育む過激主義は、いつか見た光景です。中東ではイラクやシリアなど内戦と圧政と混乱がアルカイダや「イスラム国」(IS)などの過激派を育んできました。

内向く米国、重い代償

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 シェール革命によってエネルギーの自立を強めた米国にとり、中東の戦略的重要性は下がったと見られていました。中国との覇権争いを繰り広げ、中東に振り向けていた政治資源を減らそうと試みてきました。だが、エネルギー転換期における中東の地政学上の重要性とリスクは高まるばかりです。問題の先送りはもう許されません。

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 そんな中、2023年10月7日にハマスが突如イスラエルに攻撃を仕掛けました。10月16日、西部コロラド州への遊説を急遽延期したバイデン大統領は、朝からホワイトハウスで国家安全保障チームの報告を受け、夜までかけて決断を下しました。翌日に米国をたち、10月18日にイスラエルを訪問しました。「今、中東は過去20年で最も静かだ」、と米国の安保戦略を仕切るサリバン大統領補佐官が断言したのは、イスラム組織ハマスがイスラエルに大規模攻撃を仕掛けるほんの8日前でした。

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 今回のハマスの攻撃は、イスラエルとサウジアラビアの関係正常化の仲介をバイデン政権が急ぐさなかでした。中東に新たな力の均衡をつくり、敵対するイランとの緊張を緩めつつ米国の力の低下を補う土台を固め、隙間に入ろうとする中国を阻む堤を築く狙いでした。2024年11月の米大統領選挙を控え、歴史的成果を上げたい思惑も働いていました。

中国「弱者の正義」前面に出す

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 「イスラエルの行為は自衛の範囲を超えている」と中国の王毅(ワン・イー)外相は2023年10月14日、サウジアラビアのファイサル外相との電話協議で、パレスチナ自治区ガザを報復攻撃するイスラエルを非難しました。中国はイスラム組織ハマスがイスラエルを攻撃した当初、慎重姿勢だったが、方針は変化しました。王毅氏は10月15日、イランやトルコの外相とも立て続けに電話協議し「人道」を前面に出しつつ積極関与に乗り出しました。

 中国とパレスチナの関りは深いと言えます。1965年にパレスチナ解放機構(PLO)の地位を認め1988年にPLOが国家独立を宣言すると5日後に承認しました。1992年にはイスラエルと国交を樹立して関係を深めましたが、パレスチナの独立運動や国連加盟は一貫して支持してきました。こうした外交方針は米中対立が先鋭化するにつれ、米一極体制への対抗軸の1つに浮上しました。

 パレスチナ問題は今、中国外交で2つの使命を担います。1つは習近平(シー・ジンピン)国家主席による「中国の特色ある大国外交」の実践です。「国際社会・地域の火種となる問題の平和解決推進」の柱として中立を強調しパレスチナ和平仲介にも意欲を示してきました。

 現実には中国が役割を果たすのは難しいと言えます。サウジなどアラブ諸国は米国の安全保障に依存しています。アフガニスタン撤退で対米不信を強めた後も構図は変わらず中国には複雑な問題を扱うだけの地域へのコミットメントはありません。2023年3月にサウ
ジとイランの国交正常化を仲介しましたがそれも両国が接近していた背景があった故です。

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共感と結束訴え

 もう一つの使命は、中国が世界秩序を作り変えていくうえでの「ナラティブ(物語)」としての役割です。「米国はパレスチナのイスラム教徒の命も大事なのだと気づくべきだ」と、2021年にイスラエルとパレスチナが衝突した際、中国は「米国こそが世界に混乱と分断をもたらした」と訴え、長く弱者の立場にあった「グローバルサウス」の国々に共感と結束を呼び掛けています。米国を後ろ盾とするイスラエルが今、圧倒的に非対象な武力でパレスチナ市民をガザから追いやれば「力による現状変更をしているのは米国だ」との中国の攻勢は勢いを増すでしょう。

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 もちろん中国の主張は矛盾に満ちています。国内では統制が激化し、台湾には武力行使を辞さない方針です。多極主義で強調する内政不干渉は圧政下の個人から救済の道を奪いかねません。その一方で貧困や紛争に苦しんできたグローバルサウスの国々が西側の「正義と公平」が抱かえる矛盾を感じているのも事実です。

 以上、米国と中国を中心にパレスチナ問題を見てきました。パレスチナ問題を一朝一夕に解決するのは困難です。それでもせめて「報復と悲劇の連鎖」を断ち切る努力を最優先とするべきです。それができなければ世界も民主主義陣営も中国の戦略にからめとられる恐れがあります。皆さんはどう思われますか。



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