地政学リスクの高まり(その17)…3正面対応が重荷になる米国

 米国の指導力低下で不安定な「極なき世界」に陥る懸念から国際秩序が揺れています。米政府は2024年も戦時下にあるウクライナとイスラエルへの軍事支援を余儀なくされ、財源の確保が急務となります。最大の競争相手と位置付ける中国の抑止も不可欠です。ロシア、中東、中国という「3正面」への対応を迫られる米国にとって、日本など同盟・有志国との協力が重みを増しています。

中国は経済停滞が弱み

 「米国は世界史上最強の国家だ。この2つの戦争に対処し、さらに国際的な防衛を維持できる」。バイデン米大統領は23年10月7日にイスラム組織ハマスがイスラエルを奇襲攻撃した5日後、米CBSテレビのインタビューでウクライナとイスラエルとの紛争を同時に対処できるかと問われてこう答えました。

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 中国や北朝鮮、イランといった潜在的な敵国を念頭に、日本や韓国など同盟国の防衛について米国の関与に隙はないとクギを刺す思惑が透けて見えます。2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻、2023年10月7日に始まったイスラエルとハマスの衝突は、米国にとっておおきな誤算でした。2021年にアフガニスタンから米軍を撤収させたバイデン氏の狙いは、中東からアジアに軍事戦力の軸足を移す「リバランス(再均衡)」にありました。

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 バイデン政権は2022年10月に公表した安全保障政策の指針「国家安全保障戦略」で、中国を現在の国際秩序を作り替える意思と能力を持つ「唯一の競争相手」で「世界を主導する大国になる野望を抱いている」と断定しました。中国の脅威に対抗する体制づくりに焦点を当てる目算でした。

 目下の2つの紛争は米国の対中抑止力強化に向けて重荷になります。ウクライナへの大規模な軍事支援で「弾薬などが不足している」という異例の事態に陥り、軍需品の供給制約は台湾への武器供与の遅れを招いています。バイデン氏は2021年1月の就任当初、対中シフトに舵を切る布石としてロシアとの緊張緩和を探りました。ウクライナ侵攻で状況は一変し、欧州の駐留米軍を2万人以上増やしました。反転攻勢を続けるウクライナへの軍事支援を続ける構えですが、米国内では反対論が広がっています。

 米野党・共和党は出口の見えないウクライナへの支援継続に後ろ向きです。2024年11月の大統領選をにらみ、予算をインフレ対策などに充てるべきだと主張する支持層の不満を意識せざるを得ません。バイデン氏は米国民に「テロリストと独裁者がテロや侵略の代償を払わなければ、米国や世界への脅威は増大し続ける」と理解を求めます。対ウクライナ予算が枯渇すれば、ロシアを利する結果になるとの危機感があります。そこに中東紛争が加わりました。イスラエルのガラント国防省は2023年12月14日、ハマスの壊滅に「軍事作戦が数か月以上続くと予想される」と述べました。戦闘後のガザ統治の姿はみえず混乱の長期化は必致です。

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 イスラエルの後ろ盾の米国は兵器の提供を急ぎます。イランや代理勢力の挑発行動を抑えるため空母打撃群を中東周辺に急派し、軍事関与を減らそうとした中東に再び引きずり込まれました。イスラエルの安保のため穏健アラブ諸国との国交樹立を促す外交戦略も練り直しを迫られています。米国が強く後押しした地域大国サウジアラビアとイスラエルとの正常化交渉は凍結されました。

 2023年11月の米中首脳会談を受け、関係安定を志向する米中の先行きは読みにくいと言えます。米国は2つの紛争を抱かえ、中国と軍事緊張が高まるのを避けたいのは間違いありません。中国も経済回復がもたつき、米国との衝突は避けたいのが本音です。消費の回復力が弱く、物価が上がりにくい「ディスインフレ」が定着しています。2023年11月の消費者物価指数(CPI)は10月に続き、前年同月比で下落しました。景気停滞が続けば国民の不満の矛先が習指導部に向きかねず、中国は投資を求めて米国に接近しました。

 ただ、米中が台湾や人権、貿易などで歩み寄る余地は乏しいといえます。2024年1月の台湾総統選の結果次第で中台関係が緊迫し、米中関係に波及しかねません。米国では大統領選も控え、与野党が対中強硬に傾きやすい局面に入ります。

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 米国単独のリーダーシップで世界秩序を維持する時代は過ぎ去りました。ロシア、中東、中国という「3正面」に備えるには、同盟国などの能力を総動員する「統合抑止力」が欠かせないというのがバイデン政権の立場です。米ランド研究所のジェフリー・ホーナン上級研究員はインド太平洋地域で「戦地に燃料や物資を運ぶ後方支援や、米艦船や戦闘機の護衛など有事での日本に期待する役割は大きくなる。」と話しています。

 2024年はバイデン氏が重視してきた日韓や欧州などとの同盟関係の真価が問われることになります。皆さんはどう思われますか。



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